実技の試験会場は、ローズを一目見ようとやってきた人でごった返していた。

「ねえねえ、剣神様がいらっしゃるって本当なの!?」
「そうよ。昨晩は、寮で女生徒をお救いになったとか!」
「まあ、なんて素敵なの!? 流石、魔王を倒したお方だわ!」
 
「申し訳ありません。アカリのところへ行きたいので、道を通してくださいませんか?」

 そしてローズは、女子生徒たちに囲まれ身動きがとれず困惑していた。
 原因は分からないが、昨日の事件の後から、明らかにアカリに避けられている。今朝だって、ローズはアカリの護衛だというのにローズより先に歩いていってしまうし、今は女性たちに囲まれて、前に進めず護衛の任が果たせない。

 今日は今学期の授業のための、実技試験の日だった。
 『実力主義』と呼ばれるこの学院では、年に2度筆記と実技の試験が行われ、個人に最も適切と思われるカリキュラムが組まれる。
 学院は幼等部、初等部、中等部、高等部に分けられており、最も適切と判断された学年から進級していく仕組みだ。
 学院に通うことができるのは、貴族の家の出の人間と、魔法を学びたいと願う、一定ライン以上の魔力を持つ平民だ。

 学院の入学の基準は、学力と魔力の総合値。
 だからこそ魔力が低い人間の場合必然的に知識も要求されることとなり、貴族であってもその線引きがかわることはないことから、『完全実力主義』の魔法学院と呼ばれている。
 逆に、平民の場合知識が貴族よりも劣ることは最初から念頭に置かれているため、その合格基準は貴族のそれよりやや低い。
 設立当初はグラナトゥム近隣諸国の貴族の令息が多かったという学院だが、今は世界各国から、これからを担う有能な若者たちが訪れる学び舎となっている。

「あの……」
「なんの騒ぎだ?」
 ローズが困っていると、よく通る声が響き渡った。

「国王陛下!」
 赤い髪と瞳の王は、今日も幼い子どもを引き連れ会場に現れた。

「実は、昨晩女子寮の窓から落ちた生徒を『剣神様』が助けられたので、人が集まってしまいまして……」
 眼鏡をかけた少女はおずおずと答えた。
 ロイは少し沈黙したあとに、ため息を一つ吐いてローズを見た。

「この騒ぎは君のせいか」
「申し訳ございません」
「……全く。『彼』の国の国民は、破天荒というか、愉快な人間ばかりだな」

 ローズが問題を起こしたという報告を受けたのに、ロイは楽しそうに笑った。
 しかし、ローズとロイ――二人が話をし始めたせいで、会場は更に騒がしくなる。

 グラナトゥムが誇る武の象徴である国王は、以前ローズに求婚している。
 ベアトリーチェが決闘によりその求婚をはねのけたとはいえ、やはり二人の結婚を望む声は、まだ一定層あるのだ。

「やはりお似合いよね。長身美男美女だわ」
「どうしてローズ様の婚約者が、ロイ様ではないのかしら! こんなにもお似合いのお二人なのに!」
「…………」
「…………」

 ロイは無言で彼らの言葉を聞いていた。
 彼の側には、いつものようにシャルルがいた。
 ローズはちらりとシャルルを見た。
 シャルルは相変わらずの無表情だ。これでシャルルが多少の動揺でも見せるならまだ救いがあるが、あまりに無反応でローズにはロイが少し不憫に感じられた。

「何を考えている? ローズ嬢」
「いいえ。何も」
 慌てて否定したローズを見て、ロイはふむと頷いた。
 そして彼は、子供がいたずらを思いついたかのように、その口端をあげた。

「……試験の前に、君の実力を知るのも良いかもしれないな」
「はい?」

 ――実力?

 ローズは目を瞬かせた。
 そんな彼女に、ロイは携えていた剣を向ける。

「俺と戦え。ローズ・クロサイト」
「は???」

 全く意味がわからない。
 なぜ自分が、彼と戦わねばならないのか。
 事態が掴めないローズとは対照的に、周囲の歓声は大きくなった。

「国王陛下と剣神様が!?」
「それはぜひ拝見したいです!」
「――貴方は、何故こう、問題を大きくしようとなさるのです?」
「人は娯楽を求めるもの。まあ、俺もたまには戦わないと体がなまるしな。君ならば丁度いいだろう」

 ロイは手をぷらつかせながらニヤリと笑った。
 『腕がなまる』という彼の意見はわからなくもないが、だからといってそれは、他国の公爵令嬢に剣を向けていい理由にはならない。

「自分勝手な方ですね……。ご自分が負けられるということは、ご予定にないのですか?」
「君となら、どちらが勝っても問題はないからな。そうだろう? 魔王を倒した『英雄殿』?」
 
『いいから戦え』
 ロイの瞳は、ローズに肯定しか許さなかった。
 ローズは大きく溜め息を吐いた。
 相手が折れないなら、こっちが折れるしかない。

「かしこまりました」
 ローズは聖剣を手に取り、紅に染まる瞳で好戦的に笑う王を見た。

「クリスタロス王国騎士団所属、ローズ・クロサイト。その勝負、お受けいたします」
 

◇◆◇


「はやく。はやく! こっちよ! 陛下と剣神様の試合なんて、これから先見れるかどうかわからないだから!」
「魔王を倒したお方と陛下、どちらがお強いのかしら?」
「『大陸の王』と『剣神』か……」

 試験会場は、急遽決闘場に様変わりした。 
 二人を囲む防壁は、最大硬度の石が用いられた。
 結界を張るのは、学院を支える教師たちだ。

「王様」
「ああ」
 シャルルは、小さな体には不似合いな大きな剣を軽々と持ち、ロイに差し出した。
 剣には、色とりどりの精霊晶が嵌っている。

「精霊晶の剣、ですか」
「こうでなくては君と同じ条件にはならないだろう?」
「そうですね」

 ローズは石の力に頼らなくても、全属性が扱える。
 当然のようにこたえたローズに、ロイはふっと笑った。

「では、本気で行かせていただきます」
「俺も全力で行かせてもらう」

 ローズは聖剣ではなく、あえて普通の剣をとった。

「剣神様は『聖剣』は使われないのかしら……?」
 ローズを見て、二人の決闘を見守る者たちが微かにざわめく。

「なるほど。君の場合は、そちらのほうが『正装』か」

 その言葉の意味がわかる人間は、この場には殆どいない。
 『聖剣』と『指輪』を、兄に預けてたローズは、剣を軽く回して余裕たっぷりに笑った。

「私の国の剣は出来が良いので。石も、剣も」
「なるほど」

 ローズの言葉に、ロイは頷いた。
 クリスタロスは水晶の王国と呼ばれている。
 精霊晶はそのままでも十分価値があるが、装飾品や武器と合わさることで価値は増す。ローズが自国の剣でロイとやり合い勝利すれば、必然的にクリスタロスの宣伝になるということだ。 
 ロイは、ローズの行動の意味を察して笑った。

「君は確かに『公爵令嬢』で、『騎士』であるようだ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「――では、はじめよう」

 ロイは指輪に触れ、剣の石にそれぞれ触れた。
 ローズは指輪に口づける。
 父である公爵がローズに与えた金剛石には、全属性の魔法式が書き込まれている。

「火炎よ。業火でもって、彼の者を焼き尽くせ」

 ロイはまず、自分の得意とする炎魔法をローズに放った。
 炎は一瞬でローズの体を包みこみ、二人の決闘を見るために集まっていた観衆の中からは悲鳴があがる。
 自分たちは、王と英雄の決闘を見に来たのであって、英雄の死を見に来たわけではないのだ。
 炎の勢いは途切れない。
 相手を骨も残さない勢いで放たれる火は、最大硬度の金剛石による防壁さえも破る勢いだった。
 熱風は透明な結界の外にも漏れ、観衆たちは思わず顔を手で覆った。

 あまりにもあっけない。
 これがあの、魔王を倒した英雄の力だというのか? それとも、『大陸の王』を前にすれば、所詮英雄と言えどこの程度なのか――皆の心が、そう重なった時。
 ローズを死に追いやったはずの赤髪の王は、楽しそうにこう呟いた。

「火では水にかなわないか」

 観衆たちは目を見開いた。
 なぜなら炎の内側で、大き水球がはじけたかと思うと、無傷のローズが火の中から現れたからだ。
 結界をも壊すほどの威力の魔法を受けながら、ローズのは表情すら変えていなかった。

「この程度の魔法で、私を倒せると思わないでください」

 まるで塵芥でも払うかのようにロイの魔法を退けたローズは、つまらなそうに呟いて髪を手で梳いた。

「――『この程度』、か。やはり君は面白いな」

 自分の魔法をものともしない。
 自分自身を賭けた決闘の時は知りなかったローズの真の実力を垣間見て、ロイは心を躍らせた。

 公爵令嬢でありながら騎士。
 国の為に生きることを選んだ少女。
 かつて自分の攻撃を受けて反撃しなかったのは国の為であって、本来であればこれほどまでの能力を持つ人物だったのかと、ロイは感心した。

 『大陸の王』の魂を継ぐロイに魔力で敵う者など、これまで誰も居なかった。
 力を出せば相手を傷付けるからこそ、ロイはベアトリーチェたちとの戦いの際、結局最後の最後まで本気では戦っていなかった。
 もしそうすれば、相手を殺してしまうとわかっていたからだ。
 でも――彼女になら。

「君なら、俺が本気を出しても死ななさそうだ」

 正真正銘、全力で戦える。

「は?」
「さあ、これならどうだっ!」

 ロイは剣の精霊晶に触れた。
 異なる属性の複合魔法。
 闇属性の魔法により密閉された球体が、決闘場の中の、ローズの周りにいくつも現れた。

「君はこれも、逃れることが出来るかな?」

 ロイはそう言うと、パチンと左手の指を鳴らした。
 その瞬間。

「きゃ!!!」
「うわ!!!」

 激しい爆音と衝撃が地面を揺らした。
 砂埃が結界内を覆い尽くす。
 ロイが使った複合魔法は昔からあるものだが、複数の属性を扱える人間はそうはいない。

 だからこそ、この魔法を使えることをしめすことは、ロイの力を周りに知らしめることにも繋がる。
 ローズとロイの決闘は、お互いの益になるものだ。
 ロイの魔法を見て下につきたいと思う者も居れば、ローズの戦いぶりを見て、クリスタロスに興味を示す者も出てくるだろう。

「流石にこれは、多少は効果があるか?」

 ロイは悠然と、視界が晴れるのを待っていた。

「王様! 後ろです!」
「はっ?」

 まだ土埃は晴れてはいない。
 けれど切羽詰まった様なシャルルの声に、ロイは後ろを振り向いた。

 銀の剣が振り下ろされる。
 ロイは反射的に自らの体を剣で庇った。
 信じられないものを見て目を瞬かせる。
 半透明の彼の結界は、ローズが振り下ろした剣が放つ白い光により、見る見るうちに崩れていく。

 魔法を破るには、魔力が必要だ。
 ロイの闇魔法は、爆発から逃れるだけの硬度を持たせていた。もしそれを破ろうとするならば、同等以上の魔力を要することになる。

「『測定不能』とは、ここまでか……!」

 ロイはローズの剣を払った。ローズは少しだけ後ろに下がる。
 ロ次の魔法を発動させようとロイは精霊晶に触れたが、その隙にローズは再び間合いを詰めた。

「速い! これが、『剣神』の……!」

 観客が声を上げる。
 見たことのない高度な戦いに、声援は増すばかりだ。
 どちらが勝ったとしても、賞賛すべき戦いだ。

「君の剣は……重い、な」
「それだけですか?」

 ローズは更にロイに近寄った。
 赤い瞳を持つ者たちがぶつかり合う。
 ローズの魔力が測定不能とはいえ、魔力自体は、赤い瞳を持つロイも底知れないものを持っている。

 しかし二人には、決定的な差があった。
 それは、使える属性の素養の差だ。
 精霊晶を得た彼があらゆる属性を使えるとは言っても、他人の石を媒介にした魔法の発動速度は、自然に備わっている者には劣る。

 ローズとロイ。
 二人は、どちらも規格外の魔力の持ち主だ。赤い瞳がその証明。
 だからこそその勝敗には、魔法を放つまでの構築時間が大きく関わって来る。

「貴方は――やっぱり、『遅い』」
「なんだと?」

 ローズの言葉の意味が分からず、ロイは目を瞬かせた。
 その瞬間、ローズの地属性の魔法が発動され、地面は大きくその形状を変えた。
 地面が隆起する。
 ロイは持ち前の反射神経で自分に向かう土の槍を避けたが、土の槍はロイを取り囲むように組み上げられいた。
 土の牢獄。
 かつて自分を無力化させたベアトリーチェによく似た魔法に、ロイは苦笑いした。

 彼女は自分が、二度も同じ手を食らうとでも思っているのか――? 
 馬鹿らしい。舐められたものだと嘆息して、ロイは強化魔法で土の壁を薙ぎ払った。
 視界が開ける。
 しかし決闘場のどこにも、ローズの姿は見当たらない。

「どこへ消えた?」
「私はここです!」
「何?」

 ロイは、空を見上げた。
 観衆たちもまた同じように――宙に浮かぶ彼女の、階段を指差して声を上げる。

「まさか『光の階段』!? あの、古代魔法の!?」

 風魔法とは全く違う。
 ローズの体は浮遊しているわけではなく、空中に浮かぶ階段に似た半透明な板の上にあった。

「光?」
 空を見上げたロイは、思わず目を瞑った。
 空と光の階段。
 更にローズの使った強い光魔法が、一瞬であるがロイから視界を奪う。

「くっ!」

 ローズは光の階段の板を蹴った。
 今のローズの移動速度は、風魔法により更に加速しえいる。
 騎士団長であるユーリを倒したその剣は、彼女にかつて『剣紳』の名を与えた。
 かつて彼女が騎士団に入団を許されたあの日のように、ローズは剣を奮っていた。
 このままでは負ける。
 ロイは、全力で自らを守る防壁を作った。

「――はああああっ!」
 しかしロイの全力の防壁は、ローズの力を受けてぱきぱきという音と共にひび割れた。

「ぐっ」
 ロイは防壁を崩した。
 同時に剣を構える。再び魔法を使うために――しかしその発動よりも早く、ローズの剣はロイの剣を捕えていた。

 先程まで防戦のみだったローズの剣が、ロイの剣を弾き飛ばす。
 ロイの剣は弧を描き、宙を舞い、地面に深く突き刺さった。

 短時間での魔力の過度の消費。
 ふらついたうえに尻餅をついたロイに、ローズは嘗てユーリにそうしたように、その喉元に剣を突きつけた。

「貴方の負けです」

 けれどユーリの時とは違い、ローズの息は少しだけ乱れていた。
 自分とは違い、まだまだ戦えそうなローズを見て、ロイは自らの敗北を認めて左手を小さく上げた。
 それを見て、ローズは静かに剣をおさめる。

 勝敗は決まった。
 勝者はローズ・クロサイト。
 『剣神』の二つ名を持つ、公爵令嬢兼騎士だ。
 観衆は、稀に見る熱戦に心からの拍手を送る。

「あの陛下が敗北!? 歴代最強とされたあの方が!?」
「剣神様はどれ程強いというの!? それにあの魔法、光の階段は剣神様が発見されたものなのかしら!?」
「さすが剣神様!! 使うだけでなく知識もおありだなんて……!」

 きゃあきゃあと甲高い声でローズを褒めたたえる声を聴きながら、ローズはロイに手を差し出した。

「あの魔法は君のものか?」
「いいえ。リヒト様が昔光る階段が面白そうだと考案されたものです」
「だろうな。君の考えとはとても思えん」

 自分に伸ばされたローズ手を取って、ロイはくっくと笑う。

「楽しい戦いだった。またいつか、お手合わせ願おう」
「……はい」
 面倒だからもうやりたくない。
 ローズはそう思ったが、ぐっと言葉を飲みこんだ。

「――アカリ」
 ロイとの勝負を終えたローズに敬意を示し、観衆たちはローズのために道を開けた。  そのおかげで、ローズは漸くアカリのもとに漸く辿り着くことができた。

「すいません、お待たせしました。……アカリ。私はどうやら、貴方を傷付けてしまったようですね」
「ち、違……。違うんです。別に、ローズさんが悪いって言うわけじゃなくて……」

 自分に背を向けるアカリの手を、ローズは引き寄せてそっと包んだ。

「すいません、アカリ。――どうか私を、許してくれませんか?」
「……」

 騎士の制服に身を包む男装の麗人に、アカリは頬を染める。
 しかし、ある意味相手の怒りの理由が分からず許しを請うローズは、駄目男のそれだった。

「……はい」
「ありがとうございます。アカリ。これからの試験、頑張ってくださいね」

 アカリの許しを得て、ローズは安堵して明るく微笑んだ。

「アカリなら、大丈夫」
「――はい。ローズさん」
「……とりあえず、仲直りができて何よりだ」

 二人を見ていたロイは、理由を察してぽつりそう呟いた。



「それでは、アカリ・ナナセ」

 試験官がアカリの名前を呼ぶ。

「――はい」
 会場へと向かう前、自分に小さく手を振るアカリに、ローズは温かな笑みを向けた。
 魔法学院の入学時の実技試験は、測定器による操作できる魔力の最大量と、その操作能力の精度などで結果が決まる。
 測定器とは、ローズが過去「測定不能」を弾き出したあの装置である。
 アカリは測定器に触れると、大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと魔力を込めた。

 装置は強い真っ白な光を放ち、アカリは安堵した。

「流石、光の聖女様ですね」
「ありがとうございます」
 
 アカリは、遠くで自分を見守るローズに大きく手を振った。
 これで試験は終わり。
 帰ろうとしたところで、手を引かれてアカリは思わず固まった。
 しかもアカリの実技試験担当は、女性ではなく男性だったのだ。

「まだ、試験は終わっていませんよ」
「……ッ!」
 涙がこぼれそうになるのを、アカリはぐっとこらえた。

「次は、基礎魔法の実技をお願いします」
「……はい」

 アカリは、目に溜まった涙を指で拭って、強く心の中で叫んだ。
 ――自分に負けるな、私……!

「ありがとうございます。これで試験は終了です」

 いつもは失敗ばかりの光魔法を無事成功させたアカリは、ほっと息を吐いた。
 実技も筆記も、とりあえずは問題ない――筈だ。

「終わった~~!」
「お疲れ様です。アカリ」

 無事試験を終えたアカリに、ローズは飲み物を渡した。
 ベアトリーチェ考案の魔力回復促進作用のある飲み物は、薬効成分を含むが飲みやすいように、甘くさわやかな味付けがされている。

「ありがとうございます。ローズさんのおかげで、なんとか平常心でいけました。……これも、スポーツドリンクって感じがしてなんだか好きなんですよね」
「ならよかった」

 『すぽーつどりんく』とは何かローズにはわからなかったが、ごくごくと飲んで嬉しそうに笑うアカリを見て、ローズはホッとした。
 結局何故アカリが怒っていたのかはわからなかったが、漸くいつものアカリに戻ってくれたような気がした。

「試験はもう終わったのか?」
「ロイ様」

 そんな二人のところへ、光魔法で回復したらしいロイがシャルルとともにやって来た。
 一国の王だというのに暇なのかこの男はと、アカリは心の中で小さく毒づく。

「実技の結果はどうだった? 座学は光の聖女以外は高等部のはずだが」

 実力主義の魔法学院。
 実技の試験結果は、その場で発表される。
 ロイの問いに、各々は渡された紙に刻まれた文字を読み上げた。

「高等部、だそうです」
「俺も高等部だ」
「ギルと同じ、かな」
「あとは……」

 アカリ、ギルバート、レオンは高等部。
 今回、クリスタロス王国からの留学生は四人。
 ロイはリヒトを見た。
 最後に試験を終えたリヒトは、ロイの問いに答えることができなかった。

「………………」
 結果の書かれた紙を見て呆然とするリヒトの後ろに、ロイは静かに回り込んだ。

「リヒト・クリスタロス……幼等部?」

 学院への入学は、実技と座学の総合値によって可否が決まる。
 『実力主義の魔法学院』――その学院は、生徒の身分など考慮してはくれない。

 リヒトの成績表には、入学『可』、座学『主席』、実技『最下位』の文字が淡々と刻まれていた。