「お望み通り買ってきました。お姫様」

俺が必死にかき集めたアイテムを持っていくとようやく身体を起こしたみなみが、すました声で言う。

「ご苦労さま。セバスチャン」

「セバスチャン!?」

「有能な執事っぽくない?」

「みなみ、他に言うことないのか」

「なんで今日は午前中に来てくれたの?」

とかさ。

俺がそう告げると、おかしくてたまらない。という顔でみなみが言う。

「ご苦労さま」

「お喜びいただいたようで何よりです」

「それより、早く見せてちょうだいセバスチャン」

改名するか上田セバスチャンに…

頼まれたアイテムをベッドの上に広げる。
その瞬間、みなみの顔がパッと明るくなった。

「試着なさいますか?」

と尋ねてみたのだが、

「今日はまだその日じゃないの」

と袖を通すことはなかった。

それから、俺は3日間みなみの所には行かなかった。
正確には行けなかった。泊まりがけの出張が入ってしまったんだ。
普段なら、絶対に泊まりの予定は入れないのだが、先方の強い意向もあり赴くことにした。

もちろん彼女には事前に伝えた。いつも見舞いに来ていた夫が突然来なくなったら心配するのは目に見えている。

「分かった。でも少し寂しくなっちゃうな」

と呟いた。

「お土産何がいい?」

「無事に帰ってきてくれたらそれだけで嬉しいよ」

「欲ないんだな」

「好きな人の気持ちが私に向いてるだけで満足」

「そういうもの?」

「相変わらず女心が分かってないなぁ。こんなだと再婚できないよ」

「何言ってんだよ」

「ごめん。少し疲れているのかも。それに出張の支度もあるんでしょ。今日はもう帰っていいよ」

「そんな事言うならしばらく来ない」

「えっ!?」

「私…慧の事を思って…」

そういった後、みなみは毅然とした表情で俺に告げた。

「私は慧に会うために産まれてきたの。
大袈裟じゃないよ。心から思ってる」

あの細い身体のどこにこんな力があったのだろう。
張りもあり、普段のみなみの声だ。

「慧の事、誰かに渡したいわけじゃない。でもそれが最善の方法だったら?」

「怖いの!身体は日に日に変わっていくし、良くなってないことくらい私が一番感じてる」

「だって本人なんだよ。誰より分かってる!」

「ごめんなさい。なんだか疲れちゃった少し休むね。ただ慧に愛される人がもう一人増えたら、嫉妬はするけど嬉しいかも」


そう言うとみなみは、曖昧な空間に沈んでいった。
眠りも明らかに浅くなっている。

そして結果的にこれが、みなみと交わした最後の会話となった。