俺は昼休みと会社帰り、入院中のみなみの元に向かうことが日課になった。

面会時間は10分。会社での出来事を話す日もあれば、ただ静かに抱き合っているだけの日もあった。

「あのね。お願いがあるの」

いつものように、面会を終え帰ろうとした俺をみなみが呼び止める。

「私、お姫様になりたくなっちゃった」

「お姫様って…あのお姫様だよな」

「慧は男の子だから分からないかな。あっ!今こんな発言はしちゃいけないんだった」

内緒ね。とでも言うように人差し指を俺の唇に当てる。

みなみはきっとやつれていく姿を俺に見せたくなかったんだろう。
病院着を着て、点滴を打ち日に日に痩せていく身体。
だからきっと、物語に出てくるような、華やかな世界に思いを馳せていたんだと思う。

病院でずっと過ごす事が、どれだけ不安で心細いか。まだ健康な俺には察するに余りある。

だから彼女はせめて、本来の自分でいるために。壊れないようにするために、少しだけ何かの手を借りたかったのかもしれない。

その証拠に、頼まれたアイテムは、ナイトキャップ、ドレス(ネグリジェでも可)、モコモコスリッパ、リボン、レースなど、いかにもなアイテムが満載だったからだ。

「みなみは、もう俺のお姫様だろ。だから大丈夫」

そう伝えると、はにかむような笑顔を見せた。

しかしそのリストの中にはメモ用紙(大量)と、4Bの鉛筆など、お姫様には不釣り合いなも混ざっていたのだが。
あえては聞かなかった。

お姫様はお姫様らしく扱われるべき。そう思っていたのと、せっかくの彼女の気分に水を差したくなかったためだ。

どこまで続くか分からないこの劇に、最後まで付き合おうと決めたからだ。

しかしそれは、あっけないほど早く終焉を迎えることとになる。