「…………ん……、あれ………」
陽の光が自身を照らし目が覚める。
「こ、こは………」
丁寧に布団に包まれていた私は身体を起こす。カチャリという音と共に手首に違和感を覚えて見てみると、鎖が繋がっていることに気づいた。
(……そういえば)
折成さんに私からお願いして鬼族の元へ来ていたのだった。だけど、そこからの記憶が一切ない。折成さんと空砂さんの元へ行き、拘束されていた妹さんを私と引き換えに解放して、それから――。
いつの間に気を失ってしまったのか。
自身の見た目が本当に奴隷の様な有様で、花嫁とは一体何なのかを改めて考えさせられる。
着物も寝間着に変えられてしまっているようだし、何より、着ていたものは何処へいってしまったのだろうか。
笛を握ろうと思って掴もうとするが、着替えさせられた間に笛も奪われてしまったらしい。胸元に感触がない事に気づいて、サァッと血の気が引いた。その瞬間、見計らったかのように「――起きたか」と声が聞こえた。
「…!」驚いて声がした方に視線をやった。障子を開き私を見据えるのは鬼族の空砂さんだ。「………これからどうするおつもりですか?」
煮るなり焼くなりされるのだろうか。正直、死ぬこと以外なら何されても構わないというか、耐えられると感じているけれど。
「それから……、私のお守りを何処へやったんですか」
私の大切なお守りが在るべき場所にない。
私の大切な人、私の事を愛してくれる彼の気持ちを踏み躙られた気がして許せなかった。
処分されていたらどうしよう、どうしよう、どうしよう――。
考える度ぐるぐると目が回ってしまう。処分だけはやめて。そう訴える眼差しを向けながら、空砂さんは私から視線を外すことなく述べる。「まだ捨ててはおらぬ」
「じ、じゃあ……返して頂けませんか……それだけでいいんです。……大切なものなんです」
あの笛さえあれば、あの宝物さえあれば乗り越えられるはずだから。そう願ってみるものの、空砂さんが良い返事をする訳もなく。
「花嫁は無垢な姿でいるものじゃ。今必要ないものは渡せぬ」と彼にしては理にかなった発言をするものだから何も返せなくなってしまう。「……着替えを済ませるのじゃ」
「…………」
空砂さんは手にしていた白無垢らしきものを差し出した。此処にいる限り極力大人しく従うつもりでいるが、手首を鎖で繋がれてしまっているのにどうやって着替えたら良いのだろう。
空砂さんと手元を交互に見遣り訴える。
「後程結婚式を執り行う。侍女を寄越す故大人しくしておるがよい」
「………はい」
鎖に目線を落としながら頷く。空砂さんは白無垢を置くとすぐに居なくなってしまい、また取り残された私は嵐の前の静けさというのか、これから起こるであろう事を冷静に考えてしまう。恐怖が一気に襲ってくる感覚があった。
ここに来て逃げ出したい気持ちが出てきてしまうが、首を大きく横に振った。折成さんとご家族の事を考えたらそれは出来ない。私だけで済むのなら絶対にその方がいいから。それに耐えればきっと、彼らは迎えに来てくれる。信じると決めたのは自分だから、皆ならきっと大丈夫。生きている。
だけどもっと慌ただしい生贄生活と思えばそうではなかった。まだ午前ということもあり里は静かだし、絶対に逃がさないと言わんばかりの蔵や牢獄に押し込まれているわけでもない。手入れが行き届いた綺麗な部屋に、私には勿体ないくらいの高級そうな布団と寝間着に身を包まれている。花嫁らしい待遇と考えれば普通なのかもしれないが、鎖を付けられている点で言えば、私が普通ではないという事の証明にもなっている。
そして、私の誕生日までまだ日にちはあるはずなのに、今日結婚式を執り行うと空砂さんは言った。やっぱり空砂さんは出鱈目で、全くもって話の読めない人だった。
(改めて時間が無さすぎるわ……。笛も返して貰えないし)
侍女の方が来るまでの間、どうにか策を練られないかと立ち上がってみる。鎖は手首間だけで済んでおり、どこかへ繋がれているということもない。この部屋を出ても良いのかは不明だけれど、出られないこともない。
布団を剥いで、畳に立ち上がった。よくよく見れば畳も新調したばかりの様で、綺麗な若草の色合いと、い草の香りがほんのり漂っていた。
私は空砂さんが開けた障子の方へ向かう。こちらは縁側になっている。人通りもあるだろうけれど、外がどうなっているかは確認できるはずだ。一番近くにあった引手に手を掛けると、そっと左へずらした。
「………誰もいない」
私は左右を見渡す。目の前には美しい庭があった。客人はさぞかし喜ぶだろう、そう感じる程の庭にも今手入れをする者は誰もいない。逃げるつもりはないけれど、屋敷がどういう造りなのかを調べておきたい。一先ず右側へと進む。手首の鎖が音を立てないように、そっと握り締めて歩いた。
角に差し掛かると、良い匂いが漂っている事に気づいた。朝食か、将又結婚式で出される食事だろうか。この先に進めばきっと誰かがいるのは確かだけど…。
(戻りましょう……)
私は下手をしてしまう前に戻ることにした。後ろを振り返り歩こうとしたところ「結望様、どうされましたか?」と鬼族の女性に声をかけられた。桜色の艶やかな長い髪の毛に、スルッと上に伸びる角、そして麗しい顔立ちに私は圧倒された。自分よりも高い身長で、自然と目線も高くなる。
「あ……、えっと……」私はどう言い訳するかを考える。「すみません……、お手洗いに行きたくて」
咄嗟に出てきた言葉に女性は、見た目の美しさとは裏腹に愛らしい表情でぽん、と掌を叩いた。
「かしこまりました。案内致しますね」
「え、えぇ……ありがとう」
女性はにこやかに微笑むと、厠があるらしい方へ向かい歩き始めた。私は特にお手洗いの気分ではなかったが、そのまま大人しくついて行った。
――その後、私達は部屋へ戻ってきていた。
「初めまして結望様、貴女様の事は伺っております。私、身の回りのお手伝いをさせて頂きます黄豊と申します」
空砂さんに先程侍女を寄越すと言われたが、きっと彼女の事だろう。
黄豊さんは丁寧に座礼をする。私も、彼女に合わせて頭を下げた。
「ていうか空砂様ったら、花嫁様に鎖を付けるだなんてなんて失礼な事してるのかしら。可哀想じゃない」
黄豊さんは少々膨れっ面をしながら懐から取り出した鍵で鎖を外す。カチャンッと下に落ちた鎖を見ながら、私は軽くなった手首を摩った。
「婚礼の儀は午後執り行われます。支度して移動しましょう。結望様程の美しさでしたら化粧も映えるでしょう」
黄豊さんは嬉しそうに、私の顔の前へずいっと化粧箱を差し出した。「ふふふ、可愛い子のお化粧が一番楽しいのよね」
恥ずかしいと言っている間もなくなすがまま寝間着を脱がされると、白無垢に着替えさせられる。着付けは自分でも出来るけれど、黄豊さんの手によってあれよあれよと完成してしまった。
(あぁ、着替え終わってしまったわ……)
思ってた以上に時間がないことに気がついて額に汗が滲む。それに気づいた黄豊さんが手拭いで優しく拭き取ってくれる。
「あ…あの、婚礼の儀は…夫となる方は、どういう方なのですか?」
「長は…羅刹様は我々鬼族の王です。私達にとって羅刹様は絶対、神様の様なお方です」
私に化粧を施しながら黄豊さんは言った。「羅刹様とご結婚される結望様は素晴らしいんですよ。だって選ばれたのですから」
彼女の言葉がどこからどこまで本気なのかわからないけれど、折成さんと同等、もしくはそれ以上長く生きていそうな黄豊さんが事情を知らないはずがない。何より花嫁とやり取りをする立場なら、尚更だ。
「そう……なんですね。私も気を引き締めて参らねばなりませんね」
「えぇ、羅刹様と並ぶんですもの」黄豊さんは微笑んだ――。
陽の光が自身を照らし目が覚める。
「こ、こは………」
丁寧に布団に包まれていた私は身体を起こす。カチャリという音と共に手首に違和感を覚えて見てみると、鎖が繋がっていることに気づいた。
(……そういえば)
折成さんに私からお願いして鬼族の元へ来ていたのだった。だけど、そこからの記憶が一切ない。折成さんと空砂さんの元へ行き、拘束されていた妹さんを私と引き換えに解放して、それから――。
いつの間に気を失ってしまったのか。
自身の見た目が本当に奴隷の様な有様で、花嫁とは一体何なのかを改めて考えさせられる。
着物も寝間着に変えられてしまっているようだし、何より、着ていたものは何処へいってしまったのだろうか。
笛を握ろうと思って掴もうとするが、着替えさせられた間に笛も奪われてしまったらしい。胸元に感触がない事に気づいて、サァッと血の気が引いた。その瞬間、見計らったかのように「――起きたか」と声が聞こえた。
「…!」驚いて声がした方に視線をやった。障子を開き私を見据えるのは鬼族の空砂さんだ。「………これからどうするおつもりですか?」
煮るなり焼くなりされるのだろうか。正直、死ぬこと以外なら何されても構わないというか、耐えられると感じているけれど。
「それから……、私のお守りを何処へやったんですか」
私の大切なお守りが在るべき場所にない。
私の大切な人、私の事を愛してくれる彼の気持ちを踏み躙られた気がして許せなかった。
処分されていたらどうしよう、どうしよう、どうしよう――。
考える度ぐるぐると目が回ってしまう。処分だけはやめて。そう訴える眼差しを向けながら、空砂さんは私から視線を外すことなく述べる。「まだ捨ててはおらぬ」
「じ、じゃあ……返して頂けませんか……それだけでいいんです。……大切なものなんです」
あの笛さえあれば、あの宝物さえあれば乗り越えられるはずだから。そう願ってみるものの、空砂さんが良い返事をする訳もなく。
「花嫁は無垢な姿でいるものじゃ。今必要ないものは渡せぬ」と彼にしては理にかなった発言をするものだから何も返せなくなってしまう。「……着替えを済ませるのじゃ」
「…………」
空砂さんは手にしていた白無垢らしきものを差し出した。此処にいる限り極力大人しく従うつもりでいるが、手首を鎖で繋がれてしまっているのにどうやって着替えたら良いのだろう。
空砂さんと手元を交互に見遣り訴える。
「後程結婚式を執り行う。侍女を寄越す故大人しくしておるがよい」
「………はい」
鎖に目線を落としながら頷く。空砂さんは白無垢を置くとすぐに居なくなってしまい、また取り残された私は嵐の前の静けさというのか、これから起こるであろう事を冷静に考えてしまう。恐怖が一気に襲ってくる感覚があった。
ここに来て逃げ出したい気持ちが出てきてしまうが、首を大きく横に振った。折成さんとご家族の事を考えたらそれは出来ない。私だけで済むのなら絶対にその方がいいから。それに耐えればきっと、彼らは迎えに来てくれる。信じると決めたのは自分だから、皆ならきっと大丈夫。生きている。
だけどもっと慌ただしい生贄生活と思えばそうではなかった。まだ午前ということもあり里は静かだし、絶対に逃がさないと言わんばかりの蔵や牢獄に押し込まれているわけでもない。手入れが行き届いた綺麗な部屋に、私には勿体ないくらいの高級そうな布団と寝間着に身を包まれている。花嫁らしい待遇と考えれば普通なのかもしれないが、鎖を付けられている点で言えば、私が普通ではないという事の証明にもなっている。
そして、私の誕生日までまだ日にちはあるはずなのに、今日結婚式を執り行うと空砂さんは言った。やっぱり空砂さんは出鱈目で、全くもって話の読めない人だった。
(改めて時間が無さすぎるわ……。笛も返して貰えないし)
侍女の方が来るまでの間、どうにか策を練られないかと立ち上がってみる。鎖は手首間だけで済んでおり、どこかへ繋がれているということもない。この部屋を出ても良いのかは不明だけれど、出られないこともない。
布団を剥いで、畳に立ち上がった。よくよく見れば畳も新調したばかりの様で、綺麗な若草の色合いと、い草の香りがほんのり漂っていた。
私は空砂さんが開けた障子の方へ向かう。こちらは縁側になっている。人通りもあるだろうけれど、外がどうなっているかは確認できるはずだ。一番近くにあった引手に手を掛けると、そっと左へずらした。
「………誰もいない」
私は左右を見渡す。目の前には美しい庭があった。客人はさぞかし喜ぶだろう、そう感じる程の庭にも今手入れをする者は誰もいない。逃げるつもりはないけれど、屋敷がどういう造りなのかを調べておきたい。一先ず右側へと進む。手首の鎖が音を立てないように、そっと握り締めて歩いた。
角に差し掛かると、良い匂いが漂っている事に気づいた。朝食か、将又結婚式で出される食事だろうか。この先に進めばきっと誰かがいるのは確かだけど…。
(戻りましょう……)
私は下手をしてしまう前に戻ることにした。後ろを振り返り歩こうとしたところ「結望様、どうされましたか?」と鬼族の女性に声をかけられた。桜色の艶やかな長い髪の毛に、スルッと上に伸びる角、そして麗しい顔立ちに私は圧倒された。自分よりも高い身長で、自然と目線も高くなる。
「あ……、えっと……」私はどう言い訳するかを考える。「すみません……、お手洗いに行きたくて」
咄嗟に出てきた言葉に女性は、見た目の美しさとは裏腹に愛らしい表情でぽん、と掌を叩いた。
「かしこまりました。案内致しますね」
「え、えぇ……ありがとう」
女性はにこやかに微笑むと、厠があるらしい方へ向かい歩き始めた。私は特にお手洗いの気分ではなかったが、そのまま大人しくついて行った。
――その後、私達は部屋へ戻ってきていた。
「初めまして結望様、貴女様の事は伺っております。私、身の回りのお手伝いをさせて頂きます黄豊と申します」
空砂さんに先程侍女を寄越すと言われたが、きっと彼女の事だろう。
黄豊さんは丁寧に座礼をする。私も、彼女に合わせて頭を下げた。
「ていうか空砂様ったら、花嫁様に鎖を付けるだなんてなんて失礼な事してるのかしら。可哀想じゃない」
黄豊さんは少々膨れっ面をしながら懐から取り出した鍵で鎖を外す。カチャンッと下に落ちた鎖を見ながら、私は軽くなった手首を摩った。
「婚礼の儀は午後執り行われます。支度して移動しましょう。結望様程の美しさでしたら化粧も映えるでしょう」
黄豊さんは嬉しそうに、私の顔の前へずいっと化粧箱を差し出した。「ふふふ、可愛い子のお化粧が一番楽しいのよね」
恥ずかしいと言っている間もなくなすがまま寝間着を脱がされると、白無垢に着替えさせられる。着付けは自分でも出来るけれど、黄豊さんの手によってあれよあれよと完成してしまった。
(あぁ、着替え終わってしまったわ……)
思ってた以上に時間がないことに気がついて額に汗が滲む。それに気づいた黄豊さんが手拭いで優しく拭き取ってくれる。
「あ…あの、婚礼の儀は…夫となる方は、どういう方なのですか?」
「長は…羅刹様は我々鬼族の王です。私達にとって羅刹様は絶対、神様の様なお方です」
私に化粧を施しながら黄豊さんは言った。「羅刹様とご結婚される結望様は素晴らしいんですよ。だって選ばれたのですから」
彼女の言葉がどこからどこまで本気なのかわからないけれど、折成さんと同等、もしくはそれ以上長く生きていそうな黄豊さんが事情を知らないはずがない。何より花嫁とやり取りをする立場なら、尚更だ。
「そう……なんですね。私も気を引き締めて参らねばなりませんね」
「えぇ、羅刹様と並ぶんですもの」黄豊さんは微笑んだ――。