1
 敵前逃亡した魔術協会部隊。
 向かった先はリベリオ屯田兵村であった。

「わかっているだろうが、思い上がって余計なことはしないように」

 ヒゲをしごきながら、リベリオ屯田兵村側と睨み合って警告やら説教する老魔術師パリオ。その横や背後には熟練の魔術者二百人。
 わざと戦闘開始の直前に、地域の反魔族好戦派の防衛軍や義勇兵たちを援護せず見捨てて勝手に撤退してきたのだ。敗走ややむなき事情では全くなく、魔族ギャング利権に批判的な連中をまとめて嵌め殺しで始末するための計略であった。
 そんなことをすれば、この辺境地方は危うくなるだろうし、最終的には人間陣営の統治エリア全体の安全にも関わってくるだろう。しかし、ずっと繰り返されてきたパターンである。彼ら大事なのは中央などでのセクト・党派の利益であって、もし反魔族強硬派が主導権を握れば、それによってこれまでの無責任や背信行為で罪や責任を追及されかねないのである。
 だったら、売りとばして魔族の餌にして始末や弾圧統治させた方が、自分たちには利益で安全との判断なのか。

「余計な真似して、援軍や救助しようとするんだったら、我々が相手だから。逆らうんだったら、わかるな?」

 計画的な裏切り行為したことで、魔族進駐軍の迎撃に赴いた主戦派の軍部隊から恨まれていることはわかり切っている。だったら確実に壊滅して大部分が死ぬように案配しばければいけない。近隣都市のの親魔族ギャングと連絡をとって「援軍させるな・救助するな」と、内部で政治工作で手遅れにさせる手はずになっている。
 独立した自己判断で行動できそうなリベリオ屯田兵村には、こうして牽制に来た。この村は魔族勢力に焼け出された人間の村人やエルフ・ドワーフたちが集っており、侮れない戦力。それでも魔術者二百人で対峙・恫喝すれば一定時間は抑えこめる見込みがあった。
 出てきた首領格の「原人騎士」クリュエルは、エルフの荒革の魔法鎧でさながら原始人。怒り心頭の三白眼で、背後に並んだ村人やエルフたちに合図をする。

「やれ」

 一斉に、石器の投げ槍が放たれる。
 それは魔法を付与した、クリュエルの特製品。
 魔法防御を突き破って存分に炸裂する。魔術者協会部隊の一列目二十名は、壊滅した。

「突撃」

「や、やめろ! た、戦えばお前らだって、無事では済まないんだぞ?」

 とっさに防御したパリオは、慌てて言った。
 たしかにこの村の戦力ならばこの魔術者協会部隊と戦うことは可能かもしれない。だが戦えば無事では済まず、死傷者が出て戦力低下は必至。あとの魔族進駐軍との防衛戦を考えれば、無茶はできないはず。
 しかも問題行動したとしても、魔術者協会は一応は人間陣営の戦力であって、その存在そのものが(腐敗や背信行為しながらも)魔族勢力への一定の牽制になっている事情がある。だから、いかに気にくわないとしても、むやみに殺すのは政治的に賢明でないだろう。
 第一に、このクリュエルとて、反目しながらも完全敵対は避けたいだろうと、たかをくくっていたのだった。彼ら「人間の魔術者」にとって魔術協会は権威であり(学校もその支配下だ)、評価査定や人事権なども握っている。適当に妥協して仲良くしておいた方が、むしろ個人的には得なくらいだろうから(一種の買収)。
 けれども、クリュエルは冷酷なまでに完全に目が据わっていた。先端の欠けた「聖剣詐欺村から強奪した処刑刀」を振り上げて号令する。

「殺せ! 全員殺せ!」

 野蛮と獣性をあらわにして、人間やエルフの戦士たちが襲いかかる。エルフやドワーフの鎧には対魔法の耐性がある事が多く、本人の資質や魔法能力によってもその性能は向上する(エルフやドワーフは必ずしも専門職の魔法使いでなくとも、多少とも魔法能力がある)。つまり、魔術者や魔族が攻撃魔法を撃ちまくろうが、効果は半減する。
 加えて、エルフの魔法使いが援護射撃しているのであるし、何よりもこのリベリオ屯田兵村は「要塞」なのである。魔族と戦うことを前提に防備や対策がなされている。
 また「不用意に近寄った」ことも、魔術者協会部隊の甘えたミスだった。どうせ戦闘にならないと思っていたのだろうけれども、魔術攻撃の有利さや優位を活かすには、一定以上の距離があった方が有利。戦士タイプから突入されて白兵戦・格闘戦になってしまえば、一方的に撃ちまくれる利点は減少し、魔法攻撃も剣や槍と大差がない。


2
 レトとレトリバリック・チームもまた、戦列に加わっていた。姉が狼の姿になって、元気よく襲いかかっているし、その背中でカエデが斧を振り回してアマゾネス御礼。
 ちょっと、新しい技を試してみる。

「ゆけ! こいにゅー!」

 手の先に、透明な「仔犬」(こいにゅー)が出現する。投擲武器のように投げつければ、顔面に張りついて「和んでしまって戦意喪失」させる。
 だが、平和的解決にはならない。
 世の中は甘くないんだよ!

「えいっ!」

 ほっとしかけた背後から、エルフの魔法使いのお姉さん(ミケナ・フロラ)が、魔法の火球を叩きつけ、焼死させてしまうのだった。

「ナイス、レト君!」

「あの、戦意喪失してましたけど」

「敵の一事の気の迷いを信じられる? 負けたら殺されたりレイプされたり奴隷に売られるんだし、遠慮や容赦する義理ないから」

 猛然と襲いかかる勢いで、魔術者協会部隊はそれ以上の戦闘継続を断念したらしい。次々に残像後退で逃げ去っていく。
 それを追うように、投石器から魔法石器爆弾が投げ込まれ、櫓から追撃の魔法射撃レーザーが発射されている。

「総員後退! 村の砦に入れ!」

 再びの、クリュエルの号令で、村の堀の内側の防御陣地に退避する。いくら敵が後退したとはいえ、遠距離射撃してくる可能性があったから。クリュエルは案外に戦略や戦術の判断は冷静で賢いようで、今回に攻撃に踏み切ったのも勝算があると考えて予測したうえでだろう。
 レトとレトリバリック・チームも指示に従ったが、ミケナさんはちゃっかりと、倒した敵の死体から金目のもの、金の腕輪と指輪をもぎ取ってきていた。カエデはカエデで、値動きがありそうな杖を三本ほど拾ってきていたが、抜け目のない女たちであった。


3
 そのころ、敗走状態になった迎撃部隊たちは悲惨だった。まだ若干名でも人間やエルフの魔術者がいて撤退援護してもらえたり、所属の都市から救援された者たちは幸運な部類であった。
 悪いことには、本陣の司令部が親魔族ギャングのスパイ(魔術協会も加担?)から殺されていて、指揮統制に支障をきたして、合理的な対策や行動などできるはずもなく。
 多くは一方的に撃ちまくられ、上手く撤収すらできないうちに殺されたり捕虜になっていく。うまく落ち延びても、戻った先の自分たちの都市が親魔族ギャングに政治的に制圧されていて閉め出され、自分たちの町の城壁の前で虐殺や捕縛されてしまう悲惨なケースも相次いだ。

「おい、あの魔術協会野郎ども、次に会ったらぶっ殺してやる! たとえ晩餐会の最中だろうが、殴り殺して首をへし折ってやる!」

 薄暗がりの黄昏れた風景を泥だらけで疲れ果てて脱出しながら、ジョナス大尉は悪態を吐いていたし、同じ部隊グループの者たちも同感だった。
 彼らは「しんがり」で、他の無力な人間たちが多少とも逃げられるように、粘って踏みとどまっていたのだが。あまり逃げ遅れると自分たち自身も危ないというジレンマがある。
 やがて、トラバサミの鉄仮面が息を切らして駆け戻ってきた。

「よし、急ごう。はやいとこずらかるしかな」

 トラはあっちこっちに魔術トラップを仕掛けて戻ってきた。だが時間稼ぎの気休めくらいにしかならないだろう。