「なんかさー、ゆうべ野良猫が入り込んだみたいで。うちで飼ってたハムスター喰われちまったんだよな」

 めずらしくしょげかえった様子で甲斐がぼやいたのは、ホクロ騒ぎから数日後。ホクロはだいぶ大きくなり、すでに痣と言った方が良いような大きさになっている。

「戸締りが甘かったんじゃねーの?入って来たのが野良猫で良かったな」

「そう言えばうちの十姉妹も野良猫にやられたみたいなんだよな」

「それより甲斐のホクロめちゃくちゃデカくなってない?ちゃんと病院行った?」

 わいわいと盛り上がっている会話に律は嫌な予感がした。

「尾崎、聞いた?」

 トイレの個室に逃げ込むように入ると、誰にも聞かれぬよう細心の注意を払って小さな声で囁きかける。すると律のポケットから子犬のような生き物が顔を出して返事をした。ふわふわした茶色の毛並みにオレンジ色の瞳、鼻先から額にかけて、仮面のような黒い模様が入っている。

「ああ、土鬼は肉食だよ。最初のうちは虫などを食べるが、成長すると次第に小鳥や小動物を狙うようになる」

「やはり卵が割れていたか」

「そのようだね」

 小声で嘆息する律に、やわらかな青年の声音で子犬もどきが相槌を打つ。

「ほうっておくとどうなる?」

「そりゃもう、だんだん獲物が大きくなっていくだろうね。ネズミや小鳥では飽き足らず、お次は犬や猫……そうして人間」

「そうなる前に封じないと」

 呑気にのたまう尾崎の言葉に蒼ざめる律。人間と深く関わるのは嫌いだが、他人が不幸に見舞われるのはまっぴらごめんだ。

「巣の土鬼はどうしておとなしいんだ?」

「きちんと精気の集まる場所で祀られてるからな。そして垣で囲って常世と隔てている」

「それじゃ、澤地に憑いてるのも」

「ああ、難しい話じゃない。親元に返して、定期的に祀ってやればおとなしくなるはずだ。垣の中と外では時間の流れも違うしな。いざとなったら私が食べてしまえばいい」

 封じるのは思っていたよりは簡単そうで、律は安堵した。もっとも、尾崎の基準が往々にして人間の基準とかけ離れているところが不安材料ではあるのだが。まずは孵ってしまった土鬼を親元に返す方法を考えなければ。