「あ"ァぁァ"アぁあ"あ"!!!」
 学校中に鳴り響く()()は、正真正銘の悲鳴だった。

       * * *

「え、え?!!何、今の……」
 私、……凪紗は、机にうっっぷしていた体を飛び跳ねさせて、起き上がった。
 今の声、反対側の校舎から……?!
 悲鳴……男の子っぽかった。てことは、湊?
 そんな、嘘じゃん……。
 ……って、向こうには恵舞が居るんだよ、大丈夫なの?!
 私は、恐怖心を飲み込むように唾を飲み、その場から立ち上がった。

「あ、凪紗さん……!!」
 悲鳴が聞こえた方へ向かう途中、階段のところで他の階のみんなと出会った。
 四階にいた竜也くんと夏音ちゃん、智先輩と陽菜が勢揃いで降りてきた。
「竜也くん達……!」
「凪紗先輩、大丈夫ですか?三階から悲鳴が聞こえた気がしたんですけど……」
 焦っている様子の竜也くんは、汗をかいていた。
「私も、この階から悲鳴が聞こえて……。その悲鳴の聞こえた方に、恵舞と湊がいるの……!」
「うそ……ッ。」
 口元を覆う陽菜の目が怯えている。
「その話、本当か」
 一階から、上がってきた津くんと遙真先輩も合流して、すぐ様質問を問いかけられる。
「う、うん」
「……早く行くぞ。」
 恵舞、湊……。無事でいて……ッ。
 私たちは、お互いに目を見合わた。ここにいるのは、計──()()。考えたくもない予想を胸に、私達は悲鳴の聞こえた、……突き当たりにある図書室とトイレの方へ向かった。

 
「湊、大丈夫……?!!」
 ガラガラ!!と大きな音を立てて図書室の扉を開ける。
 私たちは飛び込むように図書室に入り、予想していた残酷な光景を目の当たりにした。
「ぇッ……、」
「う、そ……。」
 一人一人が、目の前の光景に視界を塞いだり、口元を覆ったりする。
「みな、と……?」
「動き出したのか……」
 津くんがポツリと呟いた言葉は目の前の光景をさらに納得させるように追い打ちをかけた。
 目の前に湊は居た。……血溜まりの海の中に眠ってた。
「さっきの声は、なんなの?」
 ハッと声の主を探すと、そこには後ろの扉から顔を出す玲於奈先輩の姿を見つけた。
「玲於奈先輩……!!さっき、水を届けに一階に会いに行きましたよね。その数分後、悲鳴が聞こえて……。」
 夏音ちゃんは、そこまで言うと口を噤んだ。見ればわかる、ということだった。
 玲於奈先輩は静かに私たちの輪へと合流した。
「湊……。こいつ、どうして……」
 玲於奈先輩の顔が歪む。
「───────ね、ねぇ……、どうなってるの……?これ……。ど、どういうこと……、?」
 全員が声の聞こえた方へ視線を移す。
 そこには、みんなで埋まった扉の隙間から中を見つめる、恵舞の姿だった。
「恵舞……」
「なに、これ……。どういう……」
 酷く脅えている。瞳がガクガクと揺れている。
「……ねぇッ」
 沈黙の中、みんなが一斉に頭によぎったことを声に出したのは、陽菜だった。
「恵舞ちゃんさぁ……。学食食べ終わったあと、一人でトイレ行ったんだよね……」
「……。」
 嘘じゃない。事実だ。事実なんだ……。けれど、受け止めきれない。
「ねぇ、凪紗ッ!!あれから、恵舞は戻ってこなかったんでしょ、この悲鳴が聞こえるまで……ッ!!」
 陽菜は私に振り返る。恵舞に対する問いかけが、私に回ってきた。
 そうだ。恵舞は戻ってこなかった。戻らなかった。
「そう、だけど……。」
 ……。
 嫌な予想が体中を駆け巡る。
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「じゃあ、もうほとんど決まったようなものじゃない……!!」
 全員の視線が鋭く恵舞を突き刺した。
 恵舞……。
 私は、そんな恵舞の目を見つめた。
 ねぇ、恵舞。あんた……。どっちなの……?
「違う……。私じゃない……」
 力弱く呟く恵舞の口元は震えていた。まるで呪われたかのように首を振りながらその二言を永遠と口にしていた。
「嘘言わないで!!生きたいが為に、湊を殺したんでしょ?!!」
 全員が恵舞を敵視する。
 そんなわけない。そんなわけ……恵舞が……、
「ここまで明らかなアリバイは無いんでしょ!!いい加減自首してよ、あんた一人の為だけに、全員の命なんて燃やせないの!!!」
 恵舞が……、そんなわけ───────……
「───────そんな訳ない!!」
「っ……。」
 私は、これまでにないほど声を張り上げて、その一言を放った。 
「恵舞が……。そんなことするわけない!!」
「する訳ないって……、誰が信じれるっていうの?!」
「それ、はッ……。」
「恵舞さん……。」
「……────処刑よ……。」
 その一言を聞いた瞬間、私の希望は打ちのめされた。
「処刑しかないでしょ!!」
 酷く動揺して、声を荒らげる陽菜ちゃん。
「違う……、私じゃない……」
「ま、待ってくださいよ、でも……」
 全員が酷く動揺している。
「け、けど確かに、図書室とトイレは隣……。言われてみれば、それ以外何があるって言うんだ……?」
 恐怖に染った智先輩の目は、ただ安全が欲しい、という欲望だけが読み取れた。
「処刑よ!!」
「は、早まるなよ、陽菜……!」
「落ち着いてください、陽菜先輩!!」
 そんな陽菜ちゃんを宥めようとする智先輩と竜也くんは、無惨にも火をあびせていた。
「どうしたらいいの……?」
「処刑していいの?……でも、恵舞ちゃんがそんなこと……」
 図書室一帯がざわつきと討論で埋まる。もう声が重なって、よく聞こえない。
 恵舞が殺人?恵舞が……マーダー……?そんな訳ない、そんな訳……。恵舞が処刑だなんて……
「ちょ、ちょっと待って!!」
 その一言に、みんな、好き勝手開いていた口を閉じた。
「最初、私なんて言った?!確信的な証拠がない限り、処刑はしない、って……!!!」
 そう言った玲於奈先輩はやけに必死だ。仮にも仲間一人の命がかかってる。
 必死になるのは当たり前だ。
「確信的って……、これだけでもう十分でしょ!!」
 また、陽菜ちゃんの声と共に図書室が討論で埋まる。それに加えて、玲於奈先輩の声も重なった。
 もうなにがなんだかわからない。
 私はただ、恵舞を見つめていた。
 次から次の情報に、頭が回らない。整理されずに蠢く脳は、まとまりを無く混乱して行く。
 わかんないわかんないわかんない……、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
 ねぇ、……───────恵舞。
「……─────とりあえず、落ち着け。」
 凛とした声は、細いのにも関わらず、全員の鼓膜に響いた。
 この場が一気に静まり返る。
 全員が、……津くんの方を向いた。
「高瀬 恵舞の怯え具合を見て、こいつが犯人だ、という可能性は低いに決まってるだろう。」
「っぁ……」
 その津くんの一言に、恵舞は吐息を漏らした。
「全員、落ち着け。……結局は誰か死んでいた。頭を冷やすことが最優先だな。」
 それだけ告げると、津くんは遙真先輩を連れて図書室から出ていった。
 その様子に、渋々とみんな正気を取り戻して図書室を後にする。
 私の横で風を斬る音が聞こえる。みんなが、ぞろぞろと出ていった図書室に残されたのは、私と恵舞だけ。
 私たちはお互い見つめ合うように立った。
 恵舞の瞳は、まだ酷く脅えていた。
「なぎ……」
「恵舞。」
 恵舞が私の名前を呼ぶ瞬間。私はそれを止めた。
 ビクッと肩を震わせるように、恵舞は過剰なほど敏感に反応した。
 そんな恵舞に私は近づく。その度に、恵舞の足が震える。
「凪紗……、」
 怯える恵舞の瞳を私は下から見上げる。
 真っ直ぐと、彼女の瞳の奥底を見つめ返し、
 ……怯える彼女の腰に両手を回した。
 動きの無かった空気には、小さな埃が舞った。
「え……」
 恵舞は状況を把握するように口をパクパクした。
「なぎ……」
「恵舞。何も言わなくていいよ。言わないでいい。そんなことないもんね。恵舞。」
 私は、震える彼女に抱きついて、まるで小さい子を諭すように優しく言葉を並べた。
「信じてる。私は信じてるよ。ずっと……、恵舞の味方だよ。安心して。」
 そうだよ、私は恵舞の味方。ずっと、味方。
 気付かぬうちに、自分自身も震えていることに気がついた。無意識に、両手が力んでいくのも感じる。
 だんだんと、恵舞の震えがなくなっていくのを感じた。徐々に体温も戻っていく。
 自分の腰に、彼女の腕が包み込む温もりも感じた。
 それとは反対に、私は彼女の胸に顔を沈めた。
「私は恵舞の味方、ずっと、……ずっと。信じてるよ。───────恵舞……っ。」
 
 

       * * *
 
『そういうの、お前似合わないよ。何それ、気持ち悪。』

「っ──────……。」
 静かな教室で目を覚ました。気がつけば、日が昇っている。
 あれ……。疲れて寝ちゃってたのかな……。
 机にうっつぷしていた顔を上げる。
「っ、セーター?」
 それと同時に、肩にかけてあるセーターに気がついた。あからさまにサイズの大きい、自分の物じゃないセーター。……よく知ってる柔軟剤の匂い。
 横を見ると、壁に体重をかけて寝ている智がいた。
「……あんたの方が風邪引くでしょ。」
 智はカッターシャツ一枚だけしか着ていない薄着で寝ていた。
 今、もう十月よ?流石に寒いでしょ。
 智の過保護さに呆れてため息を漏らす。そして、肩にかけてある智のセーターを握った。
 っ───────……。

『気持ち悪。』

 気持ち悪い、ねぇ……。
 脳裏に響く声に、指先が力んでしまう。セーターに皺が出来た。

いつからだろう。その言葉は、頭の片隅にしつこいほどしがみついて離れない。夢に出てくるのだって、日常茶飯事。

 気の沈んだ目で智をちらりと見た。
 満足そうに、幸せそうに寝息をたてて寝ている。そのくせ、肌寒さで体は震えてる。
 ほんっと、…………腹立つ。
 乱暴にセーターを肩から引き離す。

「気持ち悪いことくらい、わかってるもん。」

 そう、ポツリと言葉を吐き捨てて、(陽菜)は教室を後にした。

 一人、教室に残こされた智の肩には、流暢にセーターが掛けられていた。