「おはよー、恵舞……。」
寝ぼけた目を凪紗が擦る。私の肩に置いていた首を持ち上げて、右左に動かした。
「おはよう、凪紗。相変わらず朝は弱いね。」
外を見ると、朝日は既に昇っていて明るい。時計に目を向けると十時を指していた。
「ここ、寝心地悪すぎない?めっちゃ首痛めたんだけど……」
うーん、と唸り声をあげる凪紗。……私は肩が痛いけどね・・・。
「保健室のベットで寝たいわー。」
「ベットは津くんが占領しちゃってるもの、仕方ないよ。」
「なんであいつだけなのよー!!」
「あはは、……。」
……なんであそこを津くんが占領しているのかはわからない。けれど、津くんのセコムにはきっと遙真先輩が潜んでる。
あそこのコンビは要注意だ。何より、津くんには心理学が使えない。私としては相性が悪い。
それよりも、なぜあそこはくっついてるのだろう。コンビケーションがよく分からない。
冷静×冷静って、プライドがお互いに高いから、案外意見の食い違いで相性が悪いはずだと言うのに……。
「ねぇ、お腹空いた。何か食べようよ。」
私の顔を覗き込んで凪紗は目をキラキラと輝かせた。
* * *
「おや、皆の衆お集まりのご様子でー」
両腕で頭を支えながら歩く凪紗と共に学食に行くと、みんな勢揃いの様子だった。
「おぉ、遅いじゃないですか。とっくにみんな朝ご飯食ってますよ〜」
焼きそばパンを口に頬張りながら振り返る竜也くんに苦笑いをする。
「あはは……。相変わらず竜也くんは朝からガッツリだね・・・」
「そうですか?」
「私、学食選んでくるね〜。」
鼻歌を歌いながら、カウンターに足を運ぶ凪紗。
「うん、あ、私のも適当にお願い。」
近くの席に腰を下ろす。と同時に、違和感を感じとった。
「あれ、湊くんと玲於奈先輩は?」
「あぁ、あの二人?湊はさっき、サンドイッチを持ってそのまま図書室に向かってったよ。玲於奈先輩は知らない。」
陽菜ちゃんは、玲於奈先輩のことを口にすると、プイ、と顔を逸らした。まだ険悪なんだなぁ……。
湊くんは図書室ね。
ここ四日間で、各自の待機場所のような括りができた。
私と凪紗が、二年四組の教室。
遙真先輩と津くんが、保健室。
竜也くんと夏音さんが、音楽室。
玲於奈先輩が、放送室。
芭田先輩と陽菜ちゃんが、三年一組の教室。
湊くんが、図書室。
お互いが監視できるような組み合わせではあるけど、湊くんと玲於奈先輩だけは一人ずつ。心配も兼ねながら怪しさも増していく。
……湊くん、か。
あの日、玲於奈先輩に湊くんの事を密告してから、玲於奈先輩は何処か白々しい。何かを探っているような動作をよくしている。
……─────信じてくれるといいけど。
「……ぇ、ねぇ、恵舞!」
「あ、ごめん。ボーっとしてた」
隔離されたように遮断された鼓膜へ、凪紗の大声が響く。
さすがに肩が跳ね上がる。
「クリームパンでいい?」
「あ、うん。ありがとう」
さっきの動揺から気を取り戻すように微笑んでクリームパンを受け取る。
隣に座った凪紗はクリームパンを口いっぱいに頬張って食べていた。その光景を見て、私も少量のクリームパンを口に運んだ。
「なぁ、恵舞さん。時々ボーっとしてるけど、何考えてるんですか?」
全員がご飯を食べ終わった後、広場で何気ない会話を交わす中、私に対しての問いかけが妙に目立った。
「え、ボーっと、って……」
急な無自覚な症状に口が噤んだ。
「そんなに私、ボーっとしてるかな」
凪紗に視線を合わせると、凪紗はみんなの方を向いた。
「結構、頻繁にボーっとしてるよね。」
「うんうん。なんだか、虚ろな目っていうか……」
食べ終わった後にそそくさと帰って行った遙真先輩と津くんを除いた六人が顔を見合わせる。
「ポケ〜ってしてますよね。」
「焦点があってない。」
「まぁ、何考えてるか分からないけど……」
「陽菜の問いかけにも答えてくれない時あるもん。」
「ちょ、ちょっと。それってバカにしてるよね・・・??」
ディスりにしか聞こえないと発言すると、みんな白々しく首を横に振った。
そんなにボーっとしてるのかなぁ……。
「まぁ、それが恵舞だし!ボーっとしてなくても、何考えてるか分からないよ!」
「ぜんっぜん、慰めになってないのよー、凪紗!!」
「えぇ、?!」
凪紗の目の前に詰め寄って仁王立ちで見下ろす。手を胸の前にやって、ヒェーっと縮こまる凪紗。
「もう、一時過ぎだね。」
夏音さんの一言で、みんな、校庭にある時計に視線を移した。
あれから犯行は行われてない。行われずそのまま、五日経ったのだ。
……けれど、浮かれては置けない。絶対に週に一人は死んでしまうのだから。
「マーダー、って本当に誰なんだろうね。もしかして、この陽菜達の中にもうマーダーがいたりして。」
何気なく呟いた一言に、陽菜ちゃんはハッとして口を噤んだ。
みんなの中に気まづい空気が流れる。
「……マーダーだって、きっと殺人なんてしたくないだろうから。だからって、殺さないと生きれない。そうなったら、死に物狂いで犯行すると思う。……しょうがないことなんだよ。」
重々しい空気を押し退けるように私はそう言った。
そうだよ。……────みんな、自分の命が一番なんだから。
「よ、よし。今日は解散しましょう!菅原先輩と、湊先輩の様子も誰か見に行った方がいいだろうし、!!」
竜也くんは、本当にムードメーカーだなぁ。
「うん。そうだね。」
そう言って、私たちは各々の待機場所へ向かう。
……と言っても、別れ道までは一緒だけれど。
今回のゲームで重要になってくる学校の構造と言えば、
一階の【保健室】、【放送室】と、
二階の【学食】、
三階の【二年四組の教室】、【図書室】と、
四階の【三年一組の教室】、【音楽室】。
その他の【校庭】。
校庭に関しては、処刑の実行有無と期限が映し出されているモニターがあるのと、嘘発見器があるから。
「じゃあ、私たちはここで。」
そう言って、凪紗は階段右前にある廊下に体を寄せる。私もそれについて行った。
「あ、私は先にトイレに行ってくるよ。」
そう言って、凪紗とは反対側の廊下に立つ。
バイバイ、っと言って別れた。
「恵舞ー、早く戻ってきてよー!」
「はいはーい。」
離れた位置から大声を出す凪紗に苦笑いをして、トイレへ向かう。
用を足したあと、手洗い場の前に立つ。
ジャーっと蛇口から出る水で手を洗っていると、目の前の鏡に映った自分を目で瞠った。
……私はどっちなんだろう。
私も、自分が生きるために誰かの命を奪うのかな。
あそこまで目を輝かせていた凪紗との約束だって、裏切っちゃうのかな。
それとも、みんなのために自分自身を犠牲にできるほど……、私は善人になれるのかな。
目の前に映った自分の顔を見て、頬に手を近づける。
ピト、っと触れた手には温もりなんてなかった。そりゃそうだ、鏡の奥の自分など、体温も何も無い、ただの偶像なのだから。
あぁ……。濁った瞳だなぁ。きっと、私も人間らしい本能を持って生まれた、汚い人間の立派な手本なんだろうなぁ、。
偽善者ぶって結局は自分を優先。
本当にこのゲームは意地悪だ。人間の醜さをあからさまにさらけ出すような騙し合い。
一人しかいないトイレには、その奥の廊下にも響きそうなほど、蛇口から流れ出る水の音が響いていた。
…─────その音に違和感を感じる。
水の音。ジャーって流れる、水の音。
その音に何か隠れてる。何か……、混ざってる。
私はその変化に神経を集中させた。
水の音で、差もかき消されているように微かに聞こえる音。……いや、話し声。
おかしい。この階は、二年四組の教室と、図書室しかない。そこに待機してる二人も、今は一人のはずだ。
じゃあ、この話し声はなんだ。この声は一体……
────────何なんだろうね。