「とりあえず、ルールを決めましょう。」
 玲於奈さんは音楽室の教卓にドンと両手を付く。それを拍子に防音壁によって反響する。
 一人一人、椅子に座る私たちの顔を見渡す玲於奈先輩。
 日付はあれから二回まわって現在の二十九日に至る。
 イベント(ゲーム)の開始日だ。
 皆の間に漂う空気が今までにないほど重々しい。
 それもそうだ。これから私たちは騙し合って、殺し合うんだから。
「あの、その前に湊くんはどこに?」
 キョロキョロと辺りを見渡す夏音さんが湊くんの姿を探っていた。
 確かにこの教室に彼の姿は見当たらない。
「さっきまではここに居たんだけどね。お腹が痛いってトイレに行ったわ。」
「そう……。」
 ソワソワとしている夏音さん。湊くんのこと、心配なのは少しわかる。
「えっと……。ルールっていうのは……」
 そんな空気の中、芭田先輩が手を挙げる。
「ルールを決めた方がマーダーを見抜きやすいでしょう?例えば、絶対一人では行動しない、とか。」
「あぁ、そういう……。」
 ルール、か。
 でも、逆を言えば、破らねばなるぬ時に破っても、マーダーとして容疑者になるのかな。
「まず一つ目!これは私が勝手に考えさせてもらったわ。"処刑"は勝手に利用しないこと。また、自己防衛として利用するなら、直ぐに"私がした"と名乗り出ること。」
 
 【①処刑の個人利用‪✕‬
  ↳自己防衛→自白する】
 
 カツカツカツ、と音を立てて、黒板に板書する。
「あの、自己防衛って例えばどんなのですか?」
 机の上に肘を置いて前のめりに体を乗り出す竜也くん。
「だから、自分の身が危険に脅かされたら、やむを得ず処刑で相手を殺してしまう、ってやつよ。誰でも咄嗟な判断はできないでしょ?」
 その時には、処刑したことを理由とともに自白しろ、ってことか。
「それに、襲おうとしたやつを処刑するのよ?そんなやつ、マーダーに決まってるじゃない。」
 ふふん、と名案でしょと言わんばかりに笑った。
「ねぇ、でもそうなるとマーダーもそれを理由に処刑を使うかもしれないじゃない。」
 腕を組み、唇を尖らせながら玲於奈先輩を見上げる陽菜ちゃんは、否定の言葉を放つ。
「それは……。でも、自白しないといけないのよ?自白するやつがいなければその処刑はマーダーがしたって分かるでしょ?辻褄を合わせていけばきっとそいつを炙り出せるはずよ!」
「ふん。そんな簡単に行くものかしら。」
 吐き捨てるように目線を窓の外に移す陽菜ちゃん。
「つべこべ言うな!ほら、その二!もし人が殺された時は、一旦集まって誰かをできるだけ処刑しましょう。」
「んなっ……!!それなら、マーダーの思う壺じゃないか!!」
 ダガンと音を立てて立ち上がる芭田先輩。目が怯えている。
 確かにそうだ。マーダーは一石二鳥の利益が出てしまう。
「そんなこと分かってるわよ。だから、確信のある情報を固めた上で完璧にこいつだ、っていう状況になったのみ。処刑を行うの。こいつかも、っていう理由だけじゃ処刑はしない。」
「な、なるほどな……。」
 
 【②殺人が起きたらできるだけ処刑。
  ↳確証の事実がある場合のみ】

「あと他は何かある?私はこの二つを徹底してもらえればいいと思うんだけど。」
 沈黙が流れた空気を確認すると、よし、と納得したように脱力をした。
「それじゃあ解散。くれぐれも単独行動しないでよ?」
 一人一人がはーい、と返事をして図書室を出ていく。
 その様子を伺いながらふーっと一息つく玲於奈先輩。玲於奈先輩も緊迫感は感じてたんだ。
「……ん?あら、帰らないの?貴女のお友達行っちゃったけど。恵舞。」
 みんなが出ていく中、座ったままの私を見て玲於奈先輩が尋ねてくる。
 バタン、と重々しいドアが閉じた音をはっきりと耳にする。この空間には私たち二人だけ。
「……。」
 ガタ、っと椅子から立って何も言わず玲於奈先輩に近づく。
 その行動に、玲於奈先輩は少し不信感を抱いているようだった。
「……あの、玲於奈先輩。私、玲於奈先輩のこととても頼りにしてます。信じています。」
 距離をあからさまに詰めている私を前に、一歩後退りをする玲於奈先輩。
「ちょ、ちょっと何よ……。あ、あんたが不審な行動したら、私まで怪しまれるんだけど?」
 動揺しながらドアが開かないか確認している玲於奈先輩。
 そうですよね。こんな光景見られたらきっと怪しまれる。二人まとめて。でも、これだけは言っておかなきゃ。玲於奈先輩は唯一頼れるようなしっかりした先輩だから。
 ……何より、ここの生徒会長を務める秩序を重んじる正義感の塊なんだから─────。
 クイ、っと引っ張った服の裾に少しの皺がよる。一筋の汗を流す玲於奈先輩の前で私は俯いていた顔を上げた。
「……そんな先輩にだけは、言っておかなきゃならないことがあって。」
「っ……。な、何よそれ。早くしなさいよ」
 玲於奈先輩と初めてしっかり目を合わせる。
 開いた瞳孔。一筋の汗。
 完全に怪しまれてる。完全に警戒してる。そんな先輩の瞳を私は虚ろな目をして一言を告げた。
 
『……──────。』

「……は?いや、そんなわけないでしょ。」
 告げた一言に衝撃を受けた玲於奈先輩は大きく一歩後ろに下がった。それを拍子にガタン、と後ろにあったパイプ椅子が倒れる。
 取られた絶妙な距離に冷や汗の匂いが漂う。
「信じてください。これだけは言っておかないと……」
「急にそんなこと言われても……。」
「このことを言えるの、信頼してる玲於奈先輩しか居ないんです。」
「いや、だって"行動に移す"としても早すぎでしょ?始まって初日よ?そんな衝動的に動けないわよ!恵舞は何をして欲しいの?私にそんなこと密告して……。何を求めてるっていうの……?!」
 目の前の教卓に台パンする玲於奈先輩。余った右手で空気を振り払う。
 私は事実を告げた。これが現実。それを避けないで。
 目の前の玲於奈先輩の息は荒れていた。フーフー、っと動揺の呼吸音が空気に反って耳に届く。
「だって、おかしいでしょ、あいつが……。そんな衝動的に動いたりなんてしないわ!!あいつが……、──────()がそんなことする訳……!!」
 
       * * *
 
「そこで何してるの。」
 ギィイイと重々しいドアが何者かによって開かれた。
 私の後ろ姿に問いかける幼い者の声。
 声の主は津くんだった。
「ううん。」
 ニコッと微笑んで私は彼の正面へ振り返った。
「そっちこそどうしたの?みんなは?」
「菅原 玲於奈は?一緒じゃないの?さっきから二人を見てないから、探してた。」
「……。」
 そう言う津くんの瞳をじーっと見つめる私。
 この子のこと、私はよく分からない。心理学って、身近な人の癖から読み取るものだから、今の彼の心情は読み取れないけど、一般的に言うのならば……、
 
どうしてそんなに、細い目で睨んでくるの?

 私、全然怪しくないんだけどな。それとも、獲物を狙うかのような目とも解釈できる。
「あぁ……。玲於奈先輩ね。さっきまで一緒にいたんだけど……。……そう、遙真先輩を探しに行っちゃった。」
 真っ直ぐと彼の目を見て私はそう告げた。けれど、彼の細い目はピクリとも動かなかった。
「……そう。広長 遙真を、ね。」
 そう言って、彼は背を見せるように回れ右をしてドアに手をかけた。
「アリバイは作って置いた方がいいよ。そのうち、自分が追い詰められるかもね。」
「……。」
 出ていく津くんの背中を見送った。
「は、はぁ……。」
 ペタリ、と床に膝を着く。体全体の力が抜ける。
「こ、怖かったぁ……!!!」
 教卓裏の椅子を後ろに引く。
「────玲於奈先輩。」
 丸く膝を抱えて隠れている玲於奈先輩を見下ろす。
 彼女は、しかめっ面をして考えていた。
「私は信じてますけど、玲於奈先輩が私を信じろ、とは言いません。ですけど、この事実だけは知っといてください。」
 眉を下げて私はそれだけを言い、玲於奈先輩を置いて音楽室を出た。
 私が告げた内容の人物は、

湊くん。…─────そう、()()()