「恵舞……?」
 横から聞こえた声にハッとする。
「凪紗……。」
 あれから私たちは、沈黙の時間を過ごした。気が付けば、もう三十分経っているじゃないか。
 各々が絶望してしゃがみ込んだり、壁にもたれかかってスマホをいじったり、どこか一点を見つめていたり。
 イベント(ゲーム)の開始時刻は来週から。
「どうしよう。電波が繋がらない。圏外だ」
 沈黙の間に響いた夏音さんの声を拍子に、みんなは次第に動き出す。
「もうみんな、役職を知っているのよね?」
 玲於奈さんの発言にみんなが反応する。
「エクスポゥズマーダー……。ホント悪趣味なイタズラだわ。」
「イタズラ……?」
 その単語に陽菜ちゃんはピクっと反応した。
「こんなのが、……イタズラなわけないじゃん!!イタズラにしては凝りすぎてるよ!!何なのよこれ、死んじゃうの……、そんなの絶対いや!!!」
 受け止めきれない現実を前に、逃走しそうな勢いだ。
 プルプルと口元が震えている。
「私は絶対生き残る!!私だけでも生き残ってみせるから!!」
「陽菜、ちょっと落ち着いて……」
 向かい側にいた芭田先輩は、陽菜ちゃんへ手を伸ばした。
「はぁ??私に近づいてこないで!」
 クルりと体を回転させた陽菜ちゃんは、体育館から出ていった。
 一人で大丈夫なのかなぁ……。
「……どうしたのあの子。理不尽にキレられたんだけど……。私、よく知らないんだけど、あーいう人なの?」
 さっきの態度に納得がいかなかったのか、玲於奈先輩は腕を組んで少量の貧乏ゆすりをしていた。
「ひ、陽菜、根はいい子なんだ。そんなに……、責めないであげてくれないか……??」
 オドオドしく言う芭田先輩の説得力の無さに、さらに玲於奈は音を上げた。
「振られた身が何言ってんのよ!あんたもあんたでどっしり身構えなさい!」
「え、えぇ……」
 急な説教に困惑している。
 言いたいことはわかる。……だけど、今はそんなことしてる場合じゃない。
 私は、陽菜ちゃんが出ていった入口を見つめていた。
「陽菜ちゃん、一人にして大丈夫かな……。」
「きっと大丈夫だよ。」
 無意識に呟いた言葉は、隣にいた湊くんに拾われた。
「イベントの開始は来週の日曜日、二十九日から。それまでに機嫌を治してくれるといいんだけど……。」
 それもそうだ。それまでに治してもらわないとどうしようも出来ない。ましてや、一人で行動されるなんて……彼女の命までもが危ない。
「今はそっとしておいてあげよう。」
「そうだね……。」
 それでも、私は心配で仕方がなかった。
「えーっと……。一先ず自己紹介でもしときましょうよ!名前わからなかったら始まらないですし!!」
 場違いなほど、元気な竜也くんの声が空気に振動する。
 元気。だけど、無理して誤魔化しているとも言える。逆に今の空気をピリつかせそうな声。
 でも、今この空気感では逆にありがたい気もしてきた。
 そんな竜也くんの一言で、周囲の空気も少しだけ打ち解ける。
「はぁ。あんたは呑気なのね……。まぁ一理あるけれど。」
 その後、一人一人の簡単な自己紹介が始まった。
 
「私の名前は菅原 玲於奈。知ってると思うけど、ここの生徒会長よ。よろしくね。」
 
「おれの名前は、広長 竜也っていいます!一年です!」

「私は眞田 夏音。よろしくお願いします。」

「浜崎 湊です。一応僕も生徒会に入ってます。よろしくお願いしますね。」

「玲於奈と同じく、三年の広長 遙真だ。よろしく。」

「は、芭田 智。俺も遙真達と同じ三年部なんだ。よろしく。」

「七峰 凪紗です!よろしくお願いします!」

「高瀬 恵舞って言います。よろしくお願いします。……あっ。一応、さっきの子は高橋 陽菜ちゃん。同じ二年部だから、仲良くしてあげて。」

「……。【来栖 津(くるす しん)】。」
 
 ・・・・・・。
 え、それだけ?
「ま、まぁいいや!これからみんな、よろしくお願いしますね、!!」
 パン、っと胸の前で手を叩いて苦笑いした。
 それを拍子にみんなの表情が少し柔らかくなる。
 
三年部の、玲於奈先輩。
     遙真先輩。
     芭田先輩。

二年部の、夏音さん。
     陽菜ちゃん。
     湊くん。
     凪紗。
     私。

一年部の、竜也くん。
     津くん。

 みんな、いい人で接しやすそう。
 みんなが頬を少し赤らめて、照れ隠し合いながら笑い合う。 
「……─────ほのぼのしてる中、申し訳ないけど。……最終的には騙し合うんだから、あまり関係を作らない方が身のためだよ。」
 一瞬。放たれた一瞬の一言。
 口にした主をみんなが凝視する。そこには、私たちの顔を一人一人見渡す、津くん。
 一気に空気が重くなるのを感じる。
 確かにそうだけど……。
「……それもそうね。私たちはお互い敵同士。納得いかないけど、お互いを信じすぎず、疑いながらマーダーを見抜きましょうね。二十九日の昼に集合をかけるわ。」
 玲於奈先輩はその一言を告げると、スタスタとその場を離れていった。
 私たちは……、敵同士。
 もう体育館の空気が分裂する。一人一人が各々の行動をし始めた。
「恵舞、一緒に帰ろ?とりあえず、教室に。」
「そうだね。」
 私たちは、スカスカになった体育館の中心で不安を交わしあった。
 お互いに手を取り、体育館の入口へ足を運ぶ。

"凪紗、あなたはどっちなの?"

 ……そんな言葉、口が裂けても言えなかった。
 疑いたくない。知りたくない。あなたは仲間であって欲しい。
 不可能な願望に目の前が眩む。
 口が噤んでもどかしい。
 ギュ、っと凪紗と繋いだ手に力を込めた。
「恵舞!!」
 彼女は、そんな私の手を取った。
 両手の拳を私たちの中心に持ってきて、ギュッと力強く握りしめられる。
「私、恵舞を疑いたくない、信じてる!!だから、あえて役職は聞かないよ。でも、絶対に生き残ろう!!絶対裏切らない!!」
 真っ直ぐと見つめている瞳孔が開く。
 真剣そのもの。
 凪紗からの言葉は本当の気持ちだと感じた。
「私は何があっても恵舞の味方だよ!!」
「っ……。」
 その一言に、私の瞳孔も同じく開いた。
 そうだ。ただ、マーダーを見つければいい話。確率は十分の一。凪紗がマーダーなわけない。彼女は嘘なんてつけない性格だ。
 だからこそ、この言葉は本当。本音そのもの。
「……そっか。ありがとう。私も、凪紗の味方だよ。」
 私たちはお互いに微笑み合った。
 ずっと味方。ずっと友達。凪紗とは、一生の友でありたい。
 そんなことを強く願う。そう心にしまいながら、そっと目を薄めた。
 
 ……────バッと勢いよく目を開ける。凪紗の頭が中心に見える視界の端で、微かなものを目にした。
 ほんの少し顔を上げて、その微かなものに焦点を合わせる。
 それは、津くんが遙真先輩を連れて何やらどこかへ向かっている光景。
 あの二人、そんなに仲が良かったのだろうか。
 何故そのペア?
 それに、連れられる遙真先輩は少し動揺の動きも見えた。辺りを少しキョロキョロしながら、そそくさと行ってしまう津くんを追う、そんな遙真先輩の姿。
「……。」
 
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
 
 頭がフル回転。それでも処理しきれない突然の光景。
 周りはそんな二人を気にも留めていなかったけど、私は見た。津くんが告げた言葉を聞いた瞬間、ピクっと眉間を動かした遙真先輩の表情を。
 心理学、というものがある。
 それは、人の行動や言動、思考から本人でも認識できない行動(深層心理)を読み取るもの。
 どんなにポーカーフェイスをできる人でも、人間の生まれ持った本能には対処出来ない。
 先程の遙真先輩の動きも、その分野のもの。
 眉間を動かすのは、本能から目の前のことに警戒している時によくある動き……、挙動不審。
 ……。この特技、役に立つかもしれない。
「……ん、恵舞?どうしたの?」
 私たちの拳に額をコツンとくっつけ、俯いていた凪紗が顔を上げる。
「え、あ。なんでもない。行こっか。」
 ニコ、っと瞬時に微笑んで凪紗の右手をつかみ、教室へ戻った。

『私は何があっても、恵舞の味方だよ!!』

 凪紗の言葉が頭の中で木霊する。
 味方。味方……、何があっても味方。
……────"味方"、か。
 はは、
 私は気付かれない程度の、少量の息を漏らした。
 ごめんね、凪紗。私も凪紗の味方でいたい。ずっと友達でいたいよ。
 ……だけど、

私も人間だからさ。凪紗みたいに真っ直ぐ、味方でい続けられるとは到底思えないんだ。

 自分で自分を信じれないの。
 でも、……そうね。味方。
 私は、頭の隅に引っかかった言葉の欠片を連呼する。
 凪紗は、私の味方だもんね。
 だからもし、私の身に何かあったとしても、凪紗はきっと、……。

 

 私に何かあれば。

    ……─────ね?味方でいてくれるよね?