────────ジリリリリリリリ

「ッ……。」
 瞬間的に勢いよく目を開ける。
 そのままの勢いに任せて体を起きあげると、軽い目眩を起こした。
 低血圧でクラクラする頭に響き渡る目覚まし音。
 久しぶりの……目覚まし音。
「……。」
 僕は目線を下げたり、辺りを見渡す。
 フカフカなベット、目覚まし時計が置いてあって、斜め先には小さめの勉強机。
 真横にある窓から差し込む朝日。
 そして─────向かい側にあるカレンダーを目にした。
 見るなり立ち上がって、近づく。
 近づいて近づいて、壁に手を当て、立ちくらみで倒れそうな弱々しい体を支える。

【十月 ""二十八日 月曜日""】
 
「……ほんと、お節介野郎だな。」
 僕は、フッと笑って顔のシワを目尻に寄せた。
 事を把握すると、来ていたパジャマを脱いで、まだ妙に新しい制服に手を通す。
 ……。
 いつもいつも、この時間がいつも息がしずらい。苦しくて、胸を握り締められて、息が出来なくなる。
 そして過呼吸を起こして、制服を投げ捨ててベットに潜り込む。
 それが、高等部進級から今までのルーティンだ。ルーティンだった。
 ……けど、僕は制服に手を通すと、窓のカーテンを全開にして朝日をあびる。
 胸いっぱいに深呼吸をして、部屋を出た。
 妙に懐かしい階段をおりながら、一階から香る目玉焼きの匂いが鼻をくすぐる。
 僕は、恐る恐るキッチンのドアから中を覗いた。
「ッ……、!」
 そこに居たのは、紛れもない僕の母さん。
 エプロン姿で、器用にフライパンを上下させているお母さん。
 その瞬間、体全身の力が抜けるような気がした。
 そして、その場に静かにしゃがみこんだ。実際に、足の力が抜けた。
「っ?……津?!」
 それに気づいた母さんは、火を止めて急いで僕に駆け寄ってきた。
 わざわざしゃがみこんで僕の頭高に合わせる母さん。
「急に降りてきて、立ちくらみは大丈夫なの?!心配かけすぎたからって頑張りすぎなくてもいいのよ?ほら、前まで拒絶してた制服もちゃんと着ちゃって……。いや、嬉しいのよ?いや、嬉しいわよ……。でも……。」
 心配性の母さん。焦ってる顔が僕の視界いっぱいに広がる。
 フワッと体が自然に動いた。
「わっ……、」
 僕は、目の前の母さんに抱きついた。
「津……?」
 母さんの胸に頭を沈める。
「母ぁさん……ッ。」
 声が震える。
「ッ……。……あらら。母さん、どうやら心配しすぎちゃったみたいね。」
 よしよし、とまるで赤ちゃんを諭すように肩を抱き寄せて僕の頭を優しく撫でた。
「母さん……ッ。」
「あらあら。津はまだまだ子供ね。」
「……ッ、ただいまッ……。」
「……。おかえり。」
 全てを悟った母さんは、静かにそう返してくれた。微笑んで。抱き寄せて。
 温かい。……向こうで感じていた温もりと一緒。
 あぁ。……帰ってこれたんだ。

「津、本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫。いつもはすぐ挫けちゃうけど、今日ばっかりはちゃんと行くよ。」
 玄関先で、僕たちの会話が響き合う。
「そう。……母さん、津みたいに凄い能力は無いけど……、本当におかえりなさい。」
 また言ってる。
「あー……、ッはいはい、ただいまッ!」
 さっきは自分から言ったものの、流石にもう照れくさい。けれど、ちゃんと僕は返答した。少しぶっきらぼうになってしまったけれど。
 母さんの目尻に涙が浮かんでいる。
 ったく、大袈裟すぎなんだよ。
 ぷは、っと吹き出しそうになる。
 それをぐっと堪えて、僕はもう一度できる限りの笑顔を見せた。
「じゃ、行ってきます。」
「えぇ、行ってらっしゃい。」
 そう言って、僕は三週間ぶりの道路へと踏み出した。

       * * *

 僕は、今までの壮大な物語を頭の中で整理しながら、歩道を歩いた。
 僕たちが今までゲームをプレイしている間、どうやらこちらでは神隠しにあっているぽかった。
 そして、ゲームをクリアした後、現世に戻り、一週間後から意識を移されたんだ。
 ……簡単に言うと、
 僕たちは三週間、ゲームをしていた。
 現実でも、三週間が経っていた。
 僕たちは、ゲームクリア後、すぐにこちらに戻って来たが、ゲームマスターのお節介で、戻ってきた直後の一週間の記憶を持っていないんだ。
 ……きっと、ゲームマスターなりの恩返しだろう。
 多分、神隠し後の一週間は、警察の調査や質問攻めで疲れる一週間だったんだろう。
 そして、僕たちが実際にゲームをしていた世界(場所)について。
 
 この世は、生者が住まう現世(うつしよ)と死者が住まう幽世(かくりよ)という物がある。
 現世には、僕たちのような生きている生き物しかおらず、幽世は、死んだ者のみが住まう世界。
 
 そして、その二つの境目に、"狭間"という物がある。
 
 そこは、生も死の区別もない、無の領域だ。
 そこでは死にもしないし生きれもしない。
 ……よくを言えば、魂が行き場をなくし彷徨う場所、というのが正解だろうか。
 僕にはまだ到底できないが、桁外れの霊力を持っているものは、その世界を自由自在に操れる、と聞いたことがある。
 操れるのは、普段は存在しない"狭間"を自らの手で切り開き、生者や死者を送り込ませる、というとても不思議な方法。
 とても理解し難い事が出来る霊能力者。
 それが、ゲームマスターだったんだろう。
 最初から、僕と同じようなものを感じたしね。
 ・・・まぁ、そんな霊力があるとは思ってなかったけど・・・。
 ゲームマスターが今まで捕まらずに未解決事件を起こせていたのも、その能力のおかげだろう。
 ゲームマスターの壮大な能力は、そこら辺にいるちっぽけな霊能力者には到底分からない。
 プロの霊能力者でも、切り開かれた"狭間"に気づくものはほぼ居ないだろう。
 それを利用して、ゲームマスター自身が、ずっと幼少期から"狭間"に住んでいたのかもしれない。
 誰にも見つからない"狭間"で、気が向いたら現世に手を伸ばし、プレイヤーを引きずり込む。
 
 ……まぁ、これも僕の憶測に過ぎないけれど。
 あのゲームマスターは本当に未知な存在だ。今、ゲームマスターの生命を僕の能力で限りある以上探しても、どこにも見つからない。

 けれど、この憶測が正しければ、願っても見なかった希望がきっと─────……

「津ー!!!」
 
 舞い降りた。
 やっぱり、舞い降りた。
 ちょうど正門の目の前で走りながらこっちへ向かってくる願っていた光景。
 ゲームマスターは、本当にお人好しだ。
「竜也……っ、!」
 僕は、それまで謎に張っていた気を一気に抜いて、走ってくる竜也の方を向いた。
 どんどん、距離を詰めてくる。
 ……おい、おいおいおいおい、!!
 その勢い、飛び込んでくる気だろ?!!
「うをぉっ?!!!」
 ドーン!っと大きな音を立てて、正門のど真ん中で後ろへずっこける僕たち。
「おい、ふざけるなよ竜也!」
「いやー、ごめんごめん。……って、津!!」
「竜也……ッ。」
 尻もちを着いた僕に顔を寄せ付ける竜也。
 ……お前、まさか。
「──────おい、勝手に走り出すなって何度も……」
「遙真!!!」
 竜也の後ろから小走りでこちらへ向かってくる遙真の姿。
 やばい。これやばい。
 ずっと望んでいた未来!!
「津、すまねぇな。こいつ、お前を見たら手に負えないくらい猛スピードで……」
 そう言いながら、両手を差し出し、竜也と僕で片手ずつ軽々と持ち上げる遙真。
 ……親みたい。
「いや、別にいい。……そんなことより、遙真、僕の事なんて言った?!!」
 僕は、背の高い遙真に詰め寄る。
「え、し、津……。」
 その瞬間、表しきれないほどの笑顔が溢れてきた。
 そして、隣にいた竜也が僕の両手をとる。
 ニマーッととっても嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「─────()()()()()()()()()()()()!!!」
「ッ!!!……あぁ!!」
 僕はその瞬間、竜也と並んで校舎へと走り出した。
「ちょ、おい!」
 遙真も遅れて、僕たちの後を追う。
 待って、本当にこれ、最高。

「──────……ッ、し、津くん……ッ、!!」

「っ……。」
 目の前に立つ、背の高い女の子。
 少しオドオドしている姿を見て、僕は手を顔の横に振りかぶった。
 
「─────恵舞ー!!!!」

 えッ、というように少し驚いて、彼女も顔の横で手を構える。
 パーン!と手と手が重なり合っていい音が弾け飛ぶ。
「よかった、会えて!!」
 自分が今、どんな顔をしているのか分からない。
 今までには無いほど、心が踊ってる。
「ッ……!うん!!」
 それに釣られて、さっきまではオドオドしていた恵舞も、満面の笑みになった。
 女子高校生らしい、無邪気な笑顔に。
 ふは、いいじゃんいいじゃん。無駄に着飾って大人ぶった恵舞、居なくなってんじゃん。
 なんだみんな……、

 記憶あるじゃん!!!!

 

 朝っぱらから、少し強い日差しを浴びながら、場違いなほど飛び跳ねて学校内を走り回るのが、こんなに楽しいなんて思わなかった。
 
 知らない教室から、お目当ての人物を見つけ出して、廊下に呼び出すのがこんなにも心が踊るなんて思わなかった。

 少し意見が食い違って、空気感が崩れた中、何かにハマって笑いが込み上げてくる事がこんなにも気分がいいなんて思わなかった。

 四時限目が終わったあと、ダッシュで友達と学食に行くのがこんなにも愉快だなんて思わなかった。

 帰りのホームルーム中、その日の居残りメンバーが発表されて、互いにイジり回すのがこんなにもうきうきするなんて思わなかった。

 放課後、仲のいい大人数のメンツで、マック行って、食べながら歩いて、最後、公園で日が暮れるまで。暮れた後まで話すのがこんなにもワクワクするなんて思わなかった。

 周りからすれば、何の変哲もないただ、ごく普通な平凡の幸せ。

 
 あぁ、やばい。ほんとに僕、今。

 
─────────めっちゃ幸せだ。
 
 

                                    【ハッピーバッドエンド [完]】