夢を見た。
私は、夢を見たんだ。
とある何処にでもあるようなちっぽけな学園でごく普通で平凡な学園生活を送るって言う、そんな単純な夢。
いつもいつも同じような光景ばっかりが目の前に見えて、つまらないなぁ、退屈だなぁって思うこともあるけど、それが何よりの幸せなんだって実感させてくれるほどの夢を見た。
その夢で学園生活を送っているとね、
いつもいつも、教室の扉の仕切り越しに嬉しそうに戯れている、学園で有名な兄弟がいて、
クラスの中心になっている元気な男の子は、クラスの端っこで目立たない男の子と、意外にもいつも一緒に居るほど、仲が良くて、
体が小柄でちっちゃくて。可憐な女の子は、一つ上の先輩とお弁当を食べあったり、一緒に登下校したり、笑い合う、学園で代表的なカップルで、
図書室の委員と委員長は、お互いに趣味がぴったりあって共感しあって、お互い本の紹介だとか、とっても楽しい日々を送ってるんだ。
そして
いつもいつもみんなから囲われている、元気で明るくて、人気者の女の子は……
どこにでもいる八方美人で、ずる賢い性格をしている、みんなよりも異様に大人びた女の子と親友のまま、ずっと一緒にいられるの─────。
そんな、ごく普通で平凡な学園生活。
こんな幸せな学園生活はあるのか、私も、この生活を送りたい。何も考えず、
──────ずる賢い性格なんてしなくても良くなるほど平和な世界で。
……けれど。やっぱり、これは夢だ。幻だ。偶像だ。
私が想像した、綺麗事で固められた幻覚でしないんだ。そうなんだ。
現実は……、もっと残酷だ。
そう身に染みて感じたのは、今、自分が瀬戸際に立っているからだと思う。
夢を夢見ていた私は、一瞬にして嵌められた。
屋上に三人。……いや、二人だろうか。
目の前には、赤色の海ができていて、仲間が倒れている。そして、その奥に立つ、脅威的な存在。
私は、そんな存在を前に、後ろへ尻もちを着いた。
恐怖で腰が抜けている。動けない。
なぜこいつがここにいるの?
まだ日の出ない空気に風が舞う。それに乗せて運ばれてきた濁り光る鉄の嫌な匂いが鼻を突く。
「やめて……、やめてよ……。」
喉が震えて声が出ない。
遙真先輩が私を裏切った?
今さっき耳元ではっきりと聞こえた悲鳴がずっと鼓膜に焼き付いている。
目の前に居る人物は、右手に────血塗れたナイフを持っていた。
ありえない。あんなに忠誠心の強い人が……。
フードを被っていて顔が見えない。
けれど、体格ですぐにわかった。
何も言わず、目の前の死体を見つめるマーダー。
いや───────強いからこそ?
いつ殺されてもおかしくない。
やばいやばいやばいやばいやばい。
まずい、計算を見余った。
「ねぇ、お願い、やめて……。ッ……、今ここで叫び飛ばすよ……ッ!」
「っ……。」
私は、力なくキッと目の前にいるマーダーを睨みつけた。
このままじゃ殺られる。
せっかく耐えてきたのに。
今日まで、恐怖の一週間を二回も乗り越えてきたのに。
容疑をかけられても、逆転のどんでん返しでここまで来たと言うのに。
でもなんで?自分が死んでまで、津くんに忠誠するその義理は何?
最後の最後で死ぬ。
それだけは嫌だ。
「……本当に危ないとこだった。危うく、【ハッピーエンド】にするとこだった。」
ハッピーエンドでいいよ、やめて、。
ガクガク震えて、足が役に立たない。
力が入らない。
ジリジリと距離を詰めてくるマーダーから離れられなかった。
死ぬ。本当に死ぬ。
どうすれば逆転できる?動揺で視界が揺らぐ。ピントが合わない。津くんがここまでだったなんて─────。
助けて……、後ちょっとじゃない、これを乗り越えたら、もうこいつを処刑すればいいだけなのよ……?!
お願い……、みんな……!!
神に向けて今まだにない程祈りを捧げた時だった。
本当に神が舞い降りてきた。
本当に光が射し込んできた。
ガシャーン、と大きなもの音を立てて開かれる扉。
─────勝てる。
「は……?」
屋上に姿を現したみんなは、目の前の光景を凝視した。
「なにしてんだよ……、──────津ッ!!!!」
「二人とも……、助けて……」
「恵舞ちゃん……ッ、」
私と二人、夏音ちゃんと、……竜也くんに挟まれたマーダー。────来栖 津は、静かに二人へ振り返った。
「……。」
「おい、ふざけんなよ、お前……。あの言葉は嘘だったのか!!!」
目の前の津くんに叫び飛ばす竜也くん。
「……。」
「なんか言えよッ!!!」
津くんは、冷めた視線を送っていた。……人間がするような目じゃない。
竜也くんは、そこまで言うと、背中にしょっていた、弓と矢を構えた。
あれは、部活の弓。
まさか、それで今から津くんを処刑するっていうの?!
「たつ……、」
「動くな!!!」
ギギギ、と音を立てて糸が張られる。
殺れ、殺ってしまえ。もう、こいつは確定だ。
たかが矢一本で殺せる可能性は低いけれど、急所を狙え。もしくは、足やどこかを狙って不自由にさせろ。
「竜也くん……ッ。」
「夏音先輩、離れてて。危ないから……」
次第に、竜也くんの腕がプルプル震えてくる。
技術も筋力も誰よりも持っている竜也くん。
これは、緊張だ。全国大会なんかよりも緊迫した空間。
私と夏音ちゃんは、目をギュ、と瞑った。
「津……。後で話し聞かせろよ。」
「……。」
竜也くんは矢を放った────。
いや、ちがう─────────。
「ッ……」
ツーッと何度も見飽きた赤い液体が体を伝っていくのを目にした。
竜也くんが放った矢は、──────私に当った。
「は……、」
左腕がドクドクと熱い。
見ると、長く無駄に重い矢が私の左腕に刺さっていた。
「なに、してるの……、竜也くん!!もう一本あるんでしょう?!早く射て!!」
失敗したのだろうか。
ならば仕方ない。こんな場面では有り得ることだ。
そう、有り得ること……、
「──────いい加減にしろよ。高瀬 恵舞。」
「は、」
後ろ姿の奴が何か言ってる。フードを被って背を向けた奴が何か言っている。
早くこいつを殺しなさいよ。何しているの、竜也。
私は、津くんの背中越しに竜也くんを見た。
何故弓を構えてないの。早く構えて撃ちなさいよ。
撃てよ。
「本当に、達者な演技だったぞ。」
また何か言っている。何を言っているの。
津くんは、静かに私の方へ向き直った。
フードを外した先に見える津の視線。
鋭く刃物のように尖っていた。
「ッ……、」
「まさか、この状況を逆手にとって僕を陥れようとするなんてな。」
──────負けた。
これは確実な逆襲だ。