コチ、コチ、コチ、コチ、
 定期的に刻まれる音と共に、心臓が脈を打つ。
 もう直、夜明けだ。
 ()は一人、保健室で呆然としていた。
 本当に僕は、このまま待ち続けるだけでいいのだろうか。
 今、僕が動かなくたって、物事はどんどん進展していく。けれど……。
 この気持ちはなんだ。
 今まで、めんどくさいことは避けてきて、全てを利用して生きてきたと言うのに。
 今ここに来て、僕は違和感を覚えた。
 確かに、物語の進展には、誰かの犠牲が必要不可欠だ。それによって、勝手に進展していく。
 流れのまま任せれば、いつの間にか終わるんだ。
 ────けど、それしか方法は無いのか?
 誰かの犠牲が……、本当に必要なのか?
 分からない。考えられない。
 いや、どうして他の方法を探しているんだ?これが一番手っ取り早く、効率のいい方法なんだ。
 どうして、回りくどい方法を探って……、
 
────────でも、過ぎたことはどうしようもないけれど、過ぎてないことはどうにでもできるんだぞ?

 僕は、電気もついてない保健室で一人、頭を抱えた。
 どうしたいんだ……、僕は。
 その時、視界の端に試験管が移った。
 保健室とは場違いな実験器具。
 しかし、それをハッとして手に取った。
 中に入っているものが衝動で揺れる。
「そうだ……、忘れていた……」
 中に入っているのは─────赤い液体。
 その瞬間、僕はその場から駆け出した。

       * * *

 自分のノルマをこなして数分後。
 僕は今、グラウンドにいる。グラウンドの中心に一人、息荒れて立っていた。
 パッと、空を見上げる。
 夜はまだ明けていない。

『─────どうやったら、お前みたいに自分の本心に気づけるのかな』

 昔、聞いたことを思い出す。
 
『えー、そんなのわかんねーけど……』
 
 顎までつたる汗を拭う。
 最後のピース、どちらも手に入ったんだ。

『──────意外と、気づく前に行動に移ってることが多いいよ。』
 
 後数分、夜明けまで時間はある……!!
 僕が足に力を入れた時だった。
『いあぁァぁァアぁああ!!』
「っ……」
 屋上から聞きたくもない悲鳴が聞こえたのは────。
 くっそ……ッ。
 その瞬間、僕は駆け出した。

 
 『だから、逃げずに行動に移していれば、
             いつかは辿り着くさ!』

 
 昔言われたそんな言葉が頭の中に響き渡る。

       * * *

待て。待つんだ。やっぱり行ってはいけない。あの時、僕が強引にも引き止めておけば─────…

 昇降口の扉を勢いよく開けて、廊下に飛び出した。
 上からは、天井を伝って屋上へ向かう重い足音が体から感じ取れる。
 さっきまでの悲鳴が頭からしがみついて離れない。
 全身に脈立つ鼓動がどんどん速度を上げていく。走っている時とは違う、異様な緊張感。
 事の重大さを理解した脳から胸へ、渦を巻くようにドス黒い不安、恐怖、後悔、焦り。
 全てがごちゃまぜになった、表しようのない感情が胸を占領する。
 良く考えればわかったことじゃないか。一瞬で……、犠牲なんかいらない方法を。回りくどくなんかない、最善策を────。
 
  『血が滲んでるけど……、』
        『違う……、私じゃない……』
   『これって、この前見た───と同じ……ッ』
『こっちに来て───…』
      『俺は……お前を信じるぞ。』
    『生きる道を選んで、何が悪い!!』
          『因縁をこじつけるないでよ、どうせあんたなんでしょう?!』

 全ての発言と行動、偶然が結びついた最悪な結末。そんな想像を絶する最終回が頭を過ぎる。
 最悪な結末を迎える前に、止めなければ。
 手遅れになる前に────……ッ。

 
『おれは、大切な友達を、家族を守りたい。……あの時、守れなかった自分が憎い。避け続けた自分に腹が立つ。……だから、俺は決めたんだ。絶対に大切なものは手放さない。絶対この手で守ってみせる。』

 
 お前はそんな事を僕に教えてくれたよな。
 そして、僕の覚悟を固めてくれた。
 何より────、僕を雁字搦めの檻から連れ出してくれた。
 やっとわかった。やっと辿り着けた。
 僕が違和感を感じていた真の本心。
 そうだよ。僕だって、やっと見つけた居場所を……、この幸せを……
 
「手放すわけには行かないんだよ────……!!!」

       * * *

「……もう少しで夜明けだ……。」
 私は、音楽室のベランダから、空を見上げていた。
 星は当に消えていて、あとは青色の空を待つのみ。
 ドクン、と胸の鼓動が激しくなる。
 胃が、胸が。キューっと握り締められるような威圧感。
 ……私、何してるんだろう。このゲームが進展していく事に、みんなは成長して言ってると言うのに、私は……。
 醜い現実を教わってばっかだな。今だって、理想の現実と掛け合わせて、正しい判断がわからないし……。
 本当に私は、来栖くんの言う通りに……。

『協力します、一人で抱え込まないで!!』

「ッ───……。」
 その瞬間、体全体が脱力した。
 ……そうだよね。私は一人じゃない。竜也くんは……、聞いてくれるよね。
 私は、小さな希望を胸に、少し口元が綻んだ。
「─────アリバイを作っておかなくてよろしいのですか。」
「っ……、ゲームマスターさん……。」
 瞬間的に体を回転させる。
 いつもいつも、急に姿を現すゲームマスターさんが立っていた。
「うーん、そうだねー。」
 私は、もう一度ベランダにうっつぷした。
「でも、ゲームマスターさんが目の前に来てくれたおかげで、アリバイできちゃったね。」
 くすくすと笑う私を見て、少々呆れ気味のゲームマスターさん。
「このような殺伐とした空気の中、極悪犯罪者の言い分を誰が信用しますか・・・。」
「あっははは、確かにね。言えてる。」
 はぁー、本当にゲームマスターさんは面白い。
 人間離れした異様な存在、っていう解釈が頭から離れないのに、何処か普通の人間って感じで反応が面白い。
「……そろそろ、このゲームも終わりますよね。」
「……。さぁ、どうでしょうか。」
「ゲームマスターさんのいじわる。」
 頬をふくらませ、ゲームマスターさんを睨む。
「どんなにゲームマスターさんが否定しようとも、確実にこのゲームはフィナーレに向かってる。……バットかハッピーかは置いといて。いずれ、直ぐに終わりを告げる鐘が鳴る。」
 このゲームを通して、私たちはゲームマスターさんが求めている"本当の絆"を見せられたのだろうか。
 ずっと捜し求めていた本当の絆。……見つからなかったから、何度も犯行を繰り返してる。
「……どーせ、このゲームが終わっても、また違う学生を使って犯行を起こすんでしょ?」
 そのせいで私たちは巻き込まれた。一つ前のゲームに参加させられた学生は、求められず……みんな死んだ。
 私は、自分でももう勘づいている回答を待ち望む。
「─────もうきっと。……未解決事件は起こりませんよ。」
「え、」
 "起こらない"
 その言葉が頭の中で駆け巡る。
「今回は私もヘマを犯してしまいましてね。……きっと、貴女方なら成功されますよ。今まで見てきた参加者とは何かが違う。貴女達は、何か私にも底知れぬ可能性を感じます。」
「可能性……」
「……人は、皆可能性を秘めております。その何人もの可能性が折り重なって出来てゆく奇跡。……そして、それがひとまとまりになる点があるのです。」
「ひとまとまり?」
「どんなに可能性が重なっても、バラバラであれば意味がありません。必ず、重ならない点と点が出来上がってしまうのです。ですが、貴女方の中には、それをも集結させる力を持つものがいらっしゃるのです。」
 ……難しくてよく分からない。
 けれど、"力"という言葉を聞いて、私は一人の人物が思い浮かんだ。
「貴女方たちの中に……──────来栖 津様が参加なさられている限り、きっと。一つの大きな可能性に型どってくれる。……私は、そう信じております。」
 ……。やっぱり、来栖くんだった。
 彼は今まで本当によく分からない。現状、いつの間にか私は彼から重大なことを任せられてる。
 ……それを思い出した途端、冷や汗が出てきた。
 額から一筋の汗が流れ落ちる。
 スーッとまた静かに消えていくゲームマスターさん。
「──────素敵なフィナーレ。楽しみにしております。」
 

『いあぁァぁァアぁああ!!』
 
 
「ッ、……!!」
 始まった。フィナーレが今。────始まった。
 ガラガラガラガラ、と扉が開かれる。
「夏音先輩ッ……!!」
「竜也くん……ッ!!」
 絶望が募った竜也くんに駆け寄った。
「今のって……、」
「兄ちゃん……。」
「屋上からだったよね……、」
 くっそ、と近くにあった机に拳を打付ける竜也くん。
「せっかく……、仲直り出来たばっかなのに……ッ。」
「竜也くん……。」
 実の兄が殺された。それはどれだけ辛い事なのだろうか。
 私にはよく分からないけれど、絶望的なことは分かる。
 なんて声をかけていいのか分からない。
 私は、ひとまず竜也くんへ手を伸ばした。
 そして、手首を握られた。
「え、……ッ!」
「裏切り者を締め上げに行きますよ……ッ。まだ間に合うかもしんねぇ。……間に合ったなら、兄の頬を殴って説教してやりますよ。」
「っ……。うん。」
 まっすぐと私を見つめる竜也くんは、酷い顔をしていた。
 眉はつり上がっているけれど、涙が溢れてて、目元が赤く、鋭いのに、視線は厚意が隠れてる。
 私は、竜也くんに手首を引かれたまま、音楽室を飛び出した。
 
 ──────今なんじゃないか。打ち明けるのは。
 


「竜也くん……ッ、」
 握られた手首が痛い。
 細い腕からは想像もしないほど鍛えられた力で握られる。
 手首を見ると、少し赤くなっていた。
「竜也くん、ッ。」
 どんなに呼びかけても、竜也くんは後ろ姿しか見せてくれない。
 声が届いてない?いや、そんなわけない。こんな至近距離だよ?
「竜也くんッ!!!」
「ッ……」
 やっとのことでハッとして握りしめていた手を外した。
「す、すいません、おれ……。」
「竜也くん、大丈夫?顔色悪いよ?」
 私は、振り返ってくれた竜也くんの顔を覗き込む。
 冷や汗をかいていて、真っ赤な顔はどこか青白い。とても健康と言える顔色ではなかった。
 私は、そんな竜也くんに手を伸ばした。
「ッ、おれの事はいいですから……!!」
「あっ……、」
 パシ、っと手を払われた。
「早く、はやく兄ちゃんの元に行かないと……ッ、まだ間に合うかもしれないんですよ……?!!」
「ッ……。」
「おれ、もう何かを失うのなんて嫌です。早くしてください、間に合わなくなる……!!!」
「っ……。」
 それだけを言うと、何も言わない私に痺れを切らしたのか、一人廊下を進んで行った。
「……──────ねぇ、竜也くん。」
「ッ、なんですか、早くしてくださいって……!!」
「そんなにも、お兄さんが心配?」
 トン、と肩を押すと、簡単に竜也くんは倒れた。
「痛っ……、」
 尻もちをついて、打った箇所をさする竜也くん。
「何するんですか……!!心配って……、心配に決まってるじゃないですか!!」
 そんな竜也くんの前に、私はしゃがみ込んだ。
「ッ……、なん、ですか……。」
 ただひたすらに、私は竜也くんを見つめる。
 ……私は()()に賭けてみるよ。
「今は、竜也くん本人の心配をした方がいいと思うよ。」
「は……?何言って……、」
 いきなりのことに、状況を呑み込めていない竜也くん。
 そんな竜也くんに、私は微笑んだ。
「怖いっすよ……、夏音先輩……、」
 怖いだなんて、失礼だなぁ。
「ふふ、竜也くん。……──────貴方には、して貰わないといけない事がある。ちゃんと、役目を果たしてもらわないと困るんだ。」


  
……───────安心して?
       ちゃんとした役目だよ──────。