「急に呼び出してどうしたの。」
 校庭の隅にあるコンクリートのレンガに腰を掛けていたのは、津くんだった。
 (夏音)の呼びかけに、津くんは静かに顔を向ける。
「……竜也はどうした。」
「私を呼んだあとにトイレに向かったよ。」
「そうか、」
 今まで、私達は話したこともないっていうのに、急に呼び出すとはどうしたんだろう。
 それに、いつもの広長先輩は……。
「─────ちょうどよかった。」
 その一言を告げられた瞬間、私の視線は津くんに釘付けになった。

ちょうど、よかった……?

 その一言が私の頭の中を駆け巡る。
 竜也くんが居ると話しずらい内容?それとも、竜也くんに限らず……、
 二人だけでないと、分が悪い話?
 予想のつかない想像に、少し不安が過った。
「この物語が、終盤に近づいていることは気づいているな?」
「っ……、うん。」
「なら話が早い。」
 静かに立ち上がる津くん。
「夏音にしか頼めない事があるんだ。」
「え、」
「聞いてくれるか──────?」

      * * *

「……あれ、夏音先輩だけですか?」
 頭を掻きながら、小走りで向かってくる竜也くん。
 そんな竜也くんの顔を、私は見れなかった。
 ついさっき、告げられたことを整理する。
 ……来栖くんの言う通りにして、いいのだろうか。
「あ……、う、うん。もう、先に行っちゃった。」
「そうなんですか。津、なんて言ってました?」
「っ……、」
 なんて答えればいいのだろう。
 上手く頭が回らない。けれど、これだけは分かる。
 来栖くんの言うことを鵜呑みにして、竜也くんにベラベラ話すのはダメな気がする。
「……、凪紗ちゃんの────、遺体を見つけて、って。」

       * * *

『竜也くんは、来栖くんのことどう思ってる?』
 
 制限時間は、朝方まで。

『おれですか?うーん、それっぽい動きは見えないですけどね。』

 残る時間は五時間もない。

『そう……。私思うの。────来栖くんは、何か企んでるって。』

 半数の時間を探しても、見当たらなかった。

『え、企んでるって言っても……、』

 残り五時間で、この大きな校舎から、小さな凪紗ちゃんを見つけないといけない。

『不安でしかないの。なんだか……。』

 見つけなければ─────。

『"いつの間にか見ないうちに消えてしまいそうでたまらない。"』

 【新校舎東側‪:×】

『え、なんですかそれ……!縁起でもない事……ッ、』

 【グラウンド花壇:‪×‬】

『分からなかった?あの子の異変。』

 【昇降口:‪×‬】

『津の異変……?』
 
 【新校舎西側:‪×‬】

『話を聞いている時確信したの。あの子、……何やら重大な決断を下してる。』

 【旧校舎西側‪:×】

『それはそうかもしれないですけど……、』

 【学食:‪×】

『そんな呑気に考えられる?もしそれが、"マーダーの動き"だったら─────どうするのッ!!!』

 
 【全校舎:‪×‬】
 

「っはぁ……、はぁ、……ッはぁ、……、」
 数時間も走りっぱなし、頭の回転をさせっぱなしで、全てがオーバーヒートしてしまいそう。
 今にも、足がガクついて、もつれそう。
 座りたい。休みたい。けれど、止まれない。
「夏音先輩、少し休みましょう……ッ、体が持ちません……ッ!」
「ううん、まだ……ッ、行ける……、行かないとッ……。早いうちに見つけ出さないと……ッ、」
 竜也くんの声を無視して、走る足をまた一段と速めた。
 汗を拭う。なのに、数秒後にはまた汗だくだ。
 耳鳴りがする。気づけば、ボーッとして、頭が痛い。
 呼吸が浅いのも自覚する。
 運動をしてこなかった罰だ。こんな所でバチが当たるなんて。
 視界も真っ暗になっていく。
 やばい───────
「夏音先輩ッ!!!」
「ッ……、」
 ハッと、一気に冴えた。
 気づけば、竜也くんから左腕を掴まれている。それも、かなりの力で。
 けれど、それすらも感じないほど感覚が鈍っていた。
「休みましょうッ!」
「……っ、」
 ……悔しいけれど、流石に竜也くんの言う通りだった。
 私は、握られた腕を戻して、その場にしゃがみこんだ。
 息が整う気配がない。
「あれから、何も口にしてないですよね。時間ないですし……、おれ、水買ってきます!!」
 その場からかけ出す竜也くん。
「ありがとう……、」
 その場に一人、私は目の前の窓から空を見た。
 真っ暗。星がよく輝いて見える。
 あの時────、来栖くんから言われた言葉を鵜呑みにしないのなら、しない程、急がないといけないのだ。

私は……どうすべき?

 来栖くんに言われたことを、本当に信じていいのだろうか。
 信用していいのだろうか。
 信用したとて、上手く事を実行できるのだろうか。
「……先輩っ、水!」
「っ……あ、ありがとう……」
 奥から走ってきた竜也くんの水を貰う。
「息、治まりませんね……」
「大丈夫……っ」
 おぼつかない息の絶え間に、上手く水をかきこんだ。
 それでも、タイミングを逃してゲホゲホとむせてしまう。
「あの、夏音先輩は何処まで知ってるんですか……?」
 不安げに聞いてくる竜也くん。
 その一言に、脳が停止する。
 何処まで?
 そんなの聞かれたって……、
「……何処も知らないよ。」
 自分の不甲斐なさに腹が立つ。
 くそ、っと言わんばかりに、私は額に腕をくっつけた。
「何も、私は知らないのよ……。何が真実なのかも、何を信用していいのかも、私には……、ちっとも分からないのよ……。」
 悔しさが溢れ出てきて、喉の奥が熱くなる。
 泣いてる場合じゃないのに。
「賢い人達に挟まれちゃって、理解し難い内容告げられて……。俊敏に動ける程、私は器用じゃないって言うのに……。」
 竜也くんは、そんな私を静かに見つめていた。
 ……後輩に当たるとか最低だ。
「もう……、どうしたらいいのよ……ッ。」
 キリキリと歯を噛み合せる。
 その時、目の前の月光が遮られる。
 なんだ、と思って腕を退けると、そこには竜也くんが立っていた。
 ……ふと気が付くと、竜也くんは私に対して手を差し出していた。
「おれは、夏音先輩が何に苦しんでて、思い詰めているのか、分かりませんけど……─────協力します!後輩をこき使ってください!!」
「っ……、」
「一人で抱え込まないで!」
「竜也くん……。」
 気づけば、息が整っていた。
 意識も鮮明に晴れてきて、頭が動くようになっていく。
「おれは計画とか聞いてもちんぷんかんぷんですけど、ひとまず、凪紗先輩を見つけるんでしょ!協力しますから!!!」
「ッ……。……ありがとう。」
 そうだ。私は私のままでいい。上手く、行動しようと気をはらなくったっていい。
 どんなにヘマしたとしても、それをカバーしてくれる仲間が居る。周りに、目の前に。
 私は、竜也くんの手を取った。
 ……その時、私の脳内にあるものが浮かんできた。
「見落としてた場所……」
「はい?」
 ボソリとつぶやく私に、竜也くんは聞きかえす。
「まだ探せてない場所……!!」
 竜也くんの手を両手で握り返す。
 そう、探せてない場所。
 本能的に避けていたあの場所。
 一瞬で頭に過りそうなほど簡単なあの場所。
 でも、意外と盲点だったあの場所。
「─────【二年四組の教室】だよ……ッ!!」

      * * *

 扉は開かれる。
「っ……?!」
 その瞬間、明らかな異臭が漂った。
 口元を覆って、目の前の教室から後退りをする。
「な、なんですかこれ……」
 絶対ここだ……ッ。
 気を抜くと、胃液が込み上げてきて、胃がパンパンになる。
 口から出てくる寸前で抑え込む。すると、喉元に苦くて酸味のある胃液が湧き出ていることを実感する。
「夏音先輩、おれ見てきますよ……、」
 そんな私に悟ったのか、竜也くんは一人、教室へ入っていこうとする。
「ま、まって……、私も、行くから……」
 こんな場面だけ後輩に任せるのは流石にかっこ悪い。
 竜也くんの裾を引っ張ると、二人で頷きあって、教室の電気をつけた。
 そこには、目を疑うようなものがあった。
「これって……、」
「血痕……、ですかね……。」
 机も何も無い教室の中心に浮かぶ、血痕。色は黒くて、もう日付が経ったのが分かる。
「絶対ここじゃないですか……」
 なんで今まで気づかなかったんだろう。
 血痕をたどっていくと、掃除ロッカーへと続いていた。
 私たちは、時系列を確認すると、その場を後にした。

       * * *