「テストのランキング出たんだって!」
「おぉ、見に行くか!!」
 目の前から走ってくる生徒を横に、私は風を受けながら教室に足を運んだ。
 廊下の開放された窓から、夏終わりを告げる風の匂いが鼻をくすぐる。今から秋を迎えるという、暖かな日差しが心地よい。

 【二年四組】

 やっと慣れてきた看板を見上げて、教室を見渡した。
「あっ!恵舞(えま)ー!!!」
 そんな教室の中に一人、私の名前を呼び、大きく飛び跳ねながら手を振る一人の親友、凪紗(なぎさ)を見つけた。
「やっと来たー!早くお弁当食べに行こ?!!」
「うん、凪紗。そうだね」
 片腕を絡める凪紗にニコッと微笑んで、カバンからお弁当を取り出した。
「今日も中庭でいい?」
「うん、あそこが一番の穴場だからねー!!」
 片手にお弁当を持って今から向かう先は、旧校舎と新校舎に挟まれた少し小さな中庭。あまり人気は無いけれど、騒がしいグラウンドを静かに眺めることの出来る穴場スポットだ。
 向かっている途中、生徒が賑わう廊下の一部で、やけに人集りの多い場所を見つけた。
「あー、前回の期末試験の結果かぁ。どーせ私はランキング外だし〜」
「あぁ、そう言えばそんなのあったね。」
 さっきの生徒が駆け足で向かっていたのはこのことか。
 私は、歩くスピードを緩めながら凪紗の後ろをついて行った。
 当然ながら、トップ20までしか乗らないランキングには、【高瀬 恵舞(たかせ えま)】と【永峰 凪紗(ながみね なぎさ)】の名前は載ってなかった。
 五位から三位まで、知らない人の名前だし。けれど、二位と一位はびっくりするほどの常連の名が載っていた。
 そんな2トップを横目で追った。

【二位:【菅原 玲於奈(すがわら れおな)】497/500】

 菅原 玲於奈先輩、三年部の生徒会長だ。……逆にここまで来ると、残り取れなかった三点が気になるものだ。
 次に、一番上に書いてある一位の名前に目を移す……
「あぁー!!またこの先輩一位なの!?」
「うわぁ、急に大きな声を出さないでよ」
 さっきまで無関心だった凪紗が目をキラキラと輝かせて、ランキング表にがっついている。
 そんな凪紗ががっつくお目当ての人物は……。

【一位:【広長 遙真(ひろなが はるま)】500/500】

 これまたすごい結果だ。完璧人間とはこのことを言うんだろう。
「また遙真先輩だね。」
 私はポンッ、と下の名前を口にした。そんな一言に、凪紗は更に瞳を輝かせてこちらに詰寄る。
「あれ、遙真先輩のこと知ってるの?!!」
 この通り、面食いの凪紗ががっついてくるほど、遙真先輩は完璧美形男子だ。そんな情報を私が一般生徒よりも知っているのは、
「だって、竜也(たつや)くんのお兄さんでしょ?よく話聞くもの。」
 竜也くん。フルネーム、【広長 竜也(ひろなが たつや)】。
 弓道部の絶対的エースだ。私は弓道部のマネージャーをしている。中等部の頃から、部の付き合いで竜也くんとは仲がいい。だから、よくお兄さん(遙真先輩)の話を聞く。
「あ〜、一年生の竜也くんね。あの子もあの子で推せる顔してるよね!!」
「あはは……。」
 本当に面食いだなぁ。
 若干、周りより幼い笑顔がチャームポイントの彼。クシャッ、と笑う竜也くんの顔が頭に浮かぶ。まぁ、ファンクラブがあるくらいだしね。
 ……でも。竜也くんの話を聞く限り、元気で少し不器用な(本人)と、クールで器用な兄とで、兄弟だというのに透明な壁があるとかなんとか。
 そんなことを聞いた覚えがある。
 
 騒がしい廊下を抜ければ、びっくりするほど静かになる。それだけ、あそこの人集りがすごかったのだろう。
「やっと静かになったー」
「騒がしかったね。」
 はぁ、とため息をついて苦笑いをする私達。やっと一息つけ……
「だからぁ!!!あんたが浮気したんでしょ?!!もう関わってこないでよ!!」
 目の前で叫び飛ばす二人の空間。
「オーマイガー。修羅場に遭遇しちゃった?」
 凪紗がそんな呑気なことを言ってるけど……。結構面倒くさい事が目の前で起きてるなぁ……。
 "浮気ー!!"と叫んでる少女は、【高橋 陽菜(たかはし ひな)】ちゃん。最近、彼氏と別れたというクラスメートだ。
 その彼氏が……、弱気でオドオドしている三年部の【芭田 智(はなだ さとる)】先輩。
 あの人、相当なビビりでヘタレらしいけど、とてもお人好しで優しい人だとは聞いてる。
 そんな人が浮気ね。
「ち、違う!俺が浮気なんかする訳ないだろ?!……別れたいが為の口実に、デタラメ言うなよ……!!」
 先輩で一応彼氏なんだから、もう少しドンと構えてもいいと思うんだけどな。
 凪紗はそんな修羅場を前に、はぁー、とつまらなそうに唇を尖らせた。
 まぁ、そう思うのも分からなくもないけど。
「はぁー?!なによそれ!!陽菜が悪いみたいじゃん!!!」
「……凪紗、違う道から行こっか」
「そうだねー。」
 そう言って、回れ右をして、階段に足をかけた。
 陽菜ちゃん。元気で可愛い子だけど、彼氏の乗り換えが激しいっぽいんだよなー。
 登り切った二階の窓から、色んな景色を見渡す。
 昼食を摂ってる人、校庭でサッカーをする男子。机をくっつけておしゃべりをする女子達。
 そして、一階の職員室前の廊下を静かに渡る一人の男の子。
 職員室前廊下?
 背丈が小さくて、無表情だ。白髪で短髪。それでも、高等部の制服を着ている事から、高校生なんだと頭が認識した。
 ……なんだか、中学生で時が止まった子みたい。
 それに、職員室前廊下なんて、用がない限り通るのは原則禁止になってるのに。
 ……【不登校の子】とかかな。

  ドン!

 そんなことばかり考えていた脳が、急に揺れる。視界もそのまま、後ろへバックダウンした。
「わっ……」
 誰かとぶつかったらしい。それを拍子に、ドサドサと相手の本が床に転がり落ちる。
「大丈夫ー、恵舞?それに、君も……」
 視界が定まって前を見た時、そこに居たのは、図書委員の夏音(かのん)さんだった。
 苗字を知るほど仲良くは無いけど、よく図書室にいるのを見かけるから、少し知ってる。多分、 同じ二年生。
「あっ、ごめんなさい。前を見てなくて」
 少し慌てた様子の夏音さんが、あたふたと私の手を取った。
「いや、それはこっちも同じだから大丈夫だよ。そっちこそ、大丈夫?怪我とかしてない?」
 夏音さんの顔を伺いながら、私は散らばった本を一冊一冊丁寧に拾った。
 あんま見たことない題名ばかり。
 っ……。
 でも、

【ハッピーバッドエンド】

 無意識に手に取った本は、謎に私の意識を丸ごと全て奪い取った。
 ハッピーバッド?矛盾にも程がある題名だ。
 それに、"メリーバットエンド"じゃないんだ。
「その本に興味があるの?」
「っ……」
 後ろから投げかけられた声は、凪紗のものでは無かった。その場にいる三人全員が後ろを振り返る。
 そこには、おっとりした表情を浮かべる図書委員長の【浜崎 湊(はまざき みなと)】くんがいた。彼は隣のクラスの男子。
「あ、湊くん。」
 夏音さんは、彼を見るなり本を全て抱えて駆け寄った。
「本棚の整理って今日二人だけ?」
「うん、眞田(さなだ)さんと僕だけだと思うよ。」
 眞田さん……。あの人の苗字、眞田って言うんだ。【眞田 夏音(さなだ かのん)】さんか。
 おっとりする組み合わせを前に、私と凪紗は呆然と見ていた。……陽菜ちゃん達よりお似合いだなぁ。
「それ、新刊だから借りてみる?」
「っ、」
 湊くんに呼びかけられたことで、ホワホワしていた脳がパッと晴れる。
「名簿に記載しといてあげるよ。」
「あ……」
 また私は本の題名に目を通す。
 ハッピーバッド……。
「……借りてみようかな」
「そう。じゃあ期限は一週間だからね。」
 そう言って、そそくさと二人は図書室へ向かっていった。
「……珍しいじゃん、恵舞が本借りるとか。」
 二人の後ろ姿を眺めている私を覗き込んで、凪紗がそう言った。
「確かにそうかも。だって面白い題名だと思わない?」
 そう言って、凪紗に本の表紙を見せた。
「へぇー。矛盾も矛盾だねぇ。ミステリ系?」
「わかんないけど……。パパッと読んでみようかな。」
 そんなことを話しながら、私たちは中庭へ足を運んだ。