クシャっと笑うこいつの笑顔は嫌いだったはずなのに、なぜだかもう吹っ切れて笑けてきた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『なんで最初っから俺を信じて、全部打ち明けたんだ。喋ったことすらなかっただろ。』

そう、聞いてみたことがある。

 二人しかいない保健室で目の前に座っているのは、紛れもない津だった。
『……。遙真の話は、よく本人から聞いている。』
『っ……。』
『昔、……竜也と仲がよかった時、言っていたことを思い出したんだ。』
 そう言うと、津はさも大昔のことを思い出すかのように目を瞑った。

"兄ちゃんはあぁ見えて、意外と不器用なんだ。気持ちを表に出し切らないだけで、人思いなんだよなー。"誰かの為に、自分が犠牲になる。"そんな、残酷な手段ばっかり選んじゃう人なんだよ。ほんと……、どうかしてるよ、あの人。"

 ちゃんとあいつは俺の事を見ていたんだ。俺の事を追って、背中をちゃんと見てくれていた。
『俺はそんなんじゃない。』
 片っ端から津の記憶を否定した。
『それはどうかな。否定する理由が僕はよく分からないけど。……お前、竜也と仲良くないんだろ。』
『……。』
 触れられたくない内容を津に聞かれた時は、少し苛立ちもあった。
『お前が訳ありで距離を取ってるって訳か。それが、誰の為とか僕は興味無いけどさ。……あいつ、』
『お前はそんなわかったように言える立場じゃないだろう?!!』
 咄嗟に、津の胸ぐらを掴んで寄せ付けた。
『……聞いたのはこっちだが、あいつが出てくるなら話は別だ。この話は忘れろ。』
 そういうと、パッと乱暴に引き離して、その場を後にした。
 保健室から一歩廊下へ踏み出した。
『────────らしくも無い顔でしょげてたぞ、あいつは。お前と仲良くしたい、って。』
 背中越しに聞こえる声はとても寂寥感に埋め尽くされていた。
 ここで、津に振り返ることは出来なかった。
『……あいつと俺は住む世界が違うんだ。』
『住む世界、ねぇ。』
 津が目を細めている表情が浮かぶ。
『親や世間は竜也が"失敗作"で、俺が"成功作"って見られているが、よっぽど竜也の方が成功作なんだ。俺は人間としての失敗作だ。』
 この時、本当にどうして本心を告げたのかが分からない。気づけば口が動いていて、止まらなかった。
『なんでそうなるんだよ。』
『人生は成績や実績など二の次。結局は人付き合いなんだよ。』
『あぁ……、ね。』
 津は意外にも、共感してくれていた。同士なのだろつか。
『俺は、友達なんていたことねぇし、要らねぇ。なのにあいつは、幸せそうに笑顔を交わしてんだ。"失敗作だ"って笑われてもな。』
 そうだ。俺はずっと昔から、竜也に嫉妬していたんだ。なにかに夢中になれたり、友達を簡単に作れる竜也に。そのせいで、俺は竜也から距離を取ったのかもしれない。
 自然と、あいつの光には勝てないと思えて。
 逆に、勝てたとしても消したくなくて。
 憧れ。本当にそういうことだよな。
 俺が傍にいれば居るほど、あいつは苦しめられるんだ。
『……。』
『あいつ、俺の事なんて言ってたよ。』
 好奇心でそう聞いてみた。
『尊敬してる最高な兄ちゃんだ、って言ってたよ。憧れだ、っていつも目を輝かせて教えてくれていた。……けど、それと反対に悲しそうだったな。』
『憧れ、か……。』
 俺にとっては、お前の方が憧れの存在だけどな。
『おい、僕はお前たちが羨ましいぞ。お互いによく思い合えてる最高の絆じゃないか。』
『……そうなのか、』
『なに距離とってんだよ、勿体ねぇ。お前たちは、この世界で唯一の兄弟なんじゃねぇのかよ。何、お互いにお互いを避けあってんだよ、おい。』
 年下に説教された言葉が、未だに頭の中で木霊している。
 自分が傷つきたくなくて、互いに距離を取り合っていたのかもしれない。
 "誰かの為に自分を犠牲にする"なんて、俺にとっちゃかけ離れた感性だ……。
 けれど本心では……、
  
『───あぁ、そうだ。竜也は……、世界で唯一の俺の弟だ……、』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 手を振って、この場を去っていく竜也の背中を見て思い出していた。
 最高の仲……か。
 また空を見上げた。また少し曇りかけてたけど、いずれ、きっとまたあの青空が顔を出すことだろう。
 次、青空を見る時は、最初から竜也と笑い合えている環境で見上げてぇな。
 そう思いながら、静かに俺は踵を返した。

「───────よかったですね。仲直りができて。」

 背筋は一瞬にして氷った。温もった心が冷えてゆく。
 背後から聞こえたその声に、俺はゆっくり振り返った。
「あの時処刑されずに済んで、津くんに感謝してくださいね。」
 そこに居たのは、穏やかな化けの皮を被る、憎悪にまみれた高瀬の姿だった。
 しまった、こいつと二人は分が悪い。
 現に今、七峰を殺したのは俺だ、とこいつは疑っている。
 津と竜也の助けがなければ、俺はあの時処刑されていた身だ。
 そんな現状を前に、少し体が硬直して、警戒心が顕になる。
「そこまで警戒されると少し心外ですよ。」
 そう言いながら、ジリジリと距離を詰めてきた。
 目元はおっとりとしている。口元も緩んでいる。けれどやはり、目の奥は笑っていなかった。
 相手の圧に息を飲み込んだ。
「……何の用だ。今のお前は、俺と他対地で話しをするような状況じゃないだろ。」
 必死に考えて出た言葉は上手く誤魔化すことが出来た。
 今にも声帯が震えて声が出しずらい。
 俺も……少しは成長しないとな。津のそばにずっと居たのだから尚更だ。
 年下のくせに、俺より凛々しいあいつの背中を追いかけねぇと。
 ……しかし。それを聞いた途端、高瀬はニコッと口角を上げたのだ。
「ッ───────……、、。」
 ……意味がわからない。
 なんだその笑顔は。その笑顔に何が隠れている。
 まるで、俺の全てを飲み込んでしまいそうな瞳の奥には、何が映る。
 跡形もなく飲み込まれそうな渦を巻く瞳はこの世のものとは思えなかった。こいつ……本当に人間なのか?
「それもそうですよね。今の私は、先輩のことが疑わしくて疑わしくて溜まりません。───────本当に凪紗を殺したんじゃないんですか?」
 穏やかな瞳は一瞬にして鋭く尖った。刃物のような視線とはこのことを言うのだろうか。
「ッ正気を保て、俺は殺ってい……」
「正気を保つのは遙真先輩の方でしょう。」
 思いつきで言った俺の言葉は、一瞬にして高瀬に飲み込まれた。
 高瀬の声色がどんどん憎悪に飲み込まれ濁っていく。
「マーダーの壺に嵌りに行くな。」
「論点をズラさないでください。」
 俺は急いで話題を変える。だが、高瀬は引かなかった。
 他対地の状況では、自分でどうにかしないとどうしようもない。……けれど、
 議論では到底勝てない。────何が足りない?

 津には何があるから高瀬に勝てた?
   湊はどうやってこいつと話せていた?
 玲於奈はどうやってこいつを──────……。

     てか、

 ……こいつに勝てた奴──────居るのか?
 首を絞められてるように息がしずらい。津でも勝てないような奴に、俺は何故喧嘩を買ったのだろう。
 さらに、高瀬は俺に詰め寄る。
「疑わしくて、憎くて憎くてしかたないです。けれど、」
 その後の言葉は、より一層脳にしがみついた。
「今の私は、それよりも先輩の協力を求めてる。」
 真っ直ぐと見つめる高瀬の目は、俺を貫いた。
 緊張感が胸を覆う。
 協、力……?
 何を言い出すかと思えば、交渉……?
 俺は、彼女の思惑にまんまと嵌められるように、発せられる言葉に集中した。
「もう、この争いを終わらせます。」
 高瀬の口元は、そう動いた。

争いを────────……終わらせる?

「何を、言って……いるんだ……?」
 言っていることがイマイチ理解できず脳が停止する。
「私、もうわかってるんですよ。」
 鋭い視線は、この物語の全てを見越したように突き刺さった。
 停止した脳に、起動する余地も与えぬよう、追い打ちをかけてくる。
 わかっている……?どういうことだ。

何を。どこまで。いつから。どうやって。なぜ。

 全てが混在してもう何がなんだが頭が回らない。糸が絡まって解けなくなった繭のように、俺の脳は意味の無い形へとなってしまった。
「先輩。何やら津くんと手、……─────組んでますよね。」

『手、組んでますよね。』

 その言葉は、俺の頭の中で木霊した。繰り返し繰り返し、頭の中で反響し合う。
 その動揺は、一筋の汗によって流れ出た。
「先輩って、本当にわかりやすいですよね。」
 ゆっくり、ゆっくりとジリジリ距離を詰めてくる高瀬を前に、後退りをした。
 ドシ、っと壁に背中が着くのがわかる。追い込まれた。
 ただひたすらに、彼女の言葉が脳内直接響いてくるようだったことしかもう思い出せない。
 その感覚だけが異様に残っていた。
「その冷や汗だって、直ぐに瞳孔が開くところだって、本当にわかりやすいです。声帯だって震えてますよ。目も泳いでる。」
「……俺に何を求めているんだ。」
 もう……攻撃はできない。無理に攻撃をしたら返り討ちにあって死ぬだけだ。
「……。」
 俺たちは、互いに見つめ合う。
 緊張で、空気が揺れているのがわかる。焦点が震えて高瀬の顔を上手く捉えられない。
「簡単なことですよ。」
 その時。高瀬は今までにない以上の尖った目で、俺を睨みつけた。汗が止まらない。
 何なんだ、この威圧感は。人間じゃない。
 異様な空気に耐えきれず、唾をゴクリと飲み込んだ。

『─────津くんを引き摺り出します。先輩は、その協力をする事ですね。』
 
「ッ……。」
 何も答えない俺を見て、高瀬は痺れを切らしたように、俺の胸ぐらを掴んで自分の元へより寄せた。考えられないほど乱暴だ。
 高瀬の瞳は、黒く、深く渦を巻くように濁っている。
 
『いいですか、わかってますか?大切な大切な弟くんがどうなっても知りませんよ??』

 異様に開かれた目に恐怖を感じる。

『貴方に拒否権があると思わないでください。』

 それを言うと、胸ぐらを掴んでいた手を離して、ドン、と俺を突き離した。
「ちょ、ちょっと待て!!弟に……竜也になにかしたのか?」
 反射的に、口が動いた。
「……。本当に、大切な弟なんですね。……羨ましいです。」
「え、」
 最後の方は、声が小さくてよく聞き取れなかった。
「するも何も、特には無いですよ?」
 その一言に、ここ一体に広がっていた異様な緊迫した空気が一気に解き放たれる。
 いつもの朗らかした彼女に戻ったように見えた。
 呼吸もだんだんとしやすくなってきた。
 その場を立ち去ろうとする高瀬。
「ただ、親友だという竜也くんに、津くんを引きづり出すお手伝いをしてもらうだけです。あなたの代わりに、親友である竜也くんが。」
「ッ……。」
 それ以上は何も言えなかった。
 高瀬も、その後は何も言わずに俺を見つめる一方だった。
 ……俺の答えはわかっている、ということだろう。
 満足したように、廊下の角を曲がる時、一瞬俺の方を振り返る。
「明日の夜が明ける前。屋上で待っていますね。」
 さっきまでの脅威的な姿勢はどこへ行ったのか、ニコッと純粋な笑顔をこちらへ向けて、彼女は過ぎ去ってしまった。
 俺は一時、高瀬が去ったあともその場で突っ立っていた。
「……まずすぎる。」
 歯をギリギリと噛み締めて、俺もその場を後にした───。

      * * *

 ガラガラガラガラ
 静かな保健室に、ひときは目立つ音を立て、扉が開かれた。
 ()は、それまで行っていた作業を止めて、目の前の人物に目を向けた。
 ……息が荒れていて、冷や汗をかいている。瞳孔がガン開きになっていて、何処か落ち着かない様子。
 そんな人物を、僕は静かに見つめた。
 ……何かあったな。
 その様子だけで、物事が進展しだしたのだとすぐに理解できた。
 何も言わず、目の前の人物は俯きながら僕に近づいてくる。
 ……向こうは、話しだすつもりがないらしい。ただ単に気力もないのか、言い出しずらいのか。
 なんだよ、じれったい。
 痺れを切らした僕は、ため息をついて尋ねた。
「どうした。らしくもない様子だな。……遙真。」
 目の前にいたのは、自分よりも遥かに身長の高く、がっしりとした身体を持つ遙真だった。
「遅かったじゃないか。そろそろ動くと言っただろ、なにしてたん……っ、」
 そこまで言いかけた時。遙真は、僕の座っている椅子の目の前で膝を着いて倒れた。
 ……これは、只事じゃないらしい。
 数秒、沈黙が続く。その後、彼の口は次第に動き出す。
「……高瀬が勘づいている。バレたかもしれない」
「ッ────────」
 ガタン、と音を立てて勢いよく立ち上がる。
 その様子に、少し遙真も肩を跳ね上がらせていた。
 気づかれた……?いや、嘘だ。そんなわけない。確かに少し雑な箇所はあったものの、あいつすらも気づかないように繊細な計画で……。何が原因だ?あいつの能力を見余ったか?
 でも、とりあえず、まずい。まずすぎる。あいつにだけはバレてはいけない。厄介なことになる。
 潰すか?先にあいつを……。いや、危険すぎる。無理だ。後ろ盾がある。ここで行動を誤れば、今までの計画が無駄になる。それだけはあってはならない。
 ひとつの情報から、原因、対策、改善案が次々と浮かんでくる。
 まずい、波に飲み込まれそうだ。
 そう思い、ひとまず冷静になった時。
「……なにがあった。」
 僕は、凝視しながら、遙真を見つめた。
 そもそも、どういうことだ。なぜ急に。
「なにがあった。……ッおい、何があったと聞いている……ッ、さっさと答えろ!!!」
 勢い余って、声が大きくなってしまう。
 遙真は、ただ黙っているだけだった。
 ここで取り乱せば……、相手の思う壷……か。
 僕は、必死で高鳴る自分の動揺を抑え込ませて、ゆっくりと椅子に座り直した。
 一度、深呼吸をして、正気を取り戻す。
 落ち着いた僕を前に、遙真はゆっくりと顔を上げて事の説明をしてくれた。
「……そうか、高瀬 恵舞が僕を……。」
「もう、動けるのも時間の問題だぞ。」
 高瀬 恵舞は、完全に僕に狙いを定めている。……ずる賢いやつだ。物事の道筋をたどっていけば、僕に辿り着くことも强間違えではないだろう。よく、通る道理を見つけ出したな。
 けれど────
「……。おい、遙真。」
 それまで考え込んでいた顔を上げて、遙真を見た。
「本当に高瀬 恵舞は僕を炙り出す、と言っていたのか?」
「あぁ。今まで見た事ないような鋭い目で睨みつけられたぞ。」
 ……そうか。僕を炙り出す、ね……。
「高瀬 恵舞はお前のことをなんと言っていた。」
「は、なんだよ急に……。……、疑わしいくて、憎くて、恨んでるけど、今はそんな事より協力を求めてる、って言ってたぞ。」
 協力、……ね。
 遙真は何が言いたいのかイマイチ分かっておらず首を傾げた。
 そんな遙真を差し置いて、僕は頭の中で考える。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐると、色々な結末を思い浮かべて、今まででわかっている範囲のピースを当てはめていく。
 そして僕は、遙真に告げた。
「その交渉には絶対乗るな。」
「え、……なんでだよ、俺達にとって危機的状況でも、有利に持ち込めるかもしれねぇじゃねぇか。まだ……、」
「交渉には乗るな──────。」
 ウダウダと意見を述べる遙真を前に、僕ははっきりと主張した。
 そんな僕に、遙真は少し不満げだった。
「なんでだよ。その理由はなんだ。」
「お前は知らなくていい。」
 僕はそこまで言うと、また手元の作業に戻った。
 お前は何もしなくていい。お前は僕が言うことを聞けばいい。僕のコマだ。お前は。だから……、
 ──────絶対に高瀬 恵舞の所へ行くな。
「……っざけんなよ……。」
「は……、」
 予想外の反論に、少々戸惑った。手元の作業がまた止まる。
 驚いた、遙真が自ら主張をしてきた。
 こんなこと、あったことないし、するキャラでもないと言うのに。なぜ────
「俺は、なんの為にお前の条件を飲み込んだと思うんだよ。」
 まさか……っ。
「遙真……ッ、」
 その短い一言で、僕は彼の全てを悟った。
 僕は、彼へ手を伸ばす。
 しかし、彼は勢いよく一歩後ろへ下がった。
 その瞬間、嫌な予感がした。
「俺は行くぞ。今回ばかりは絶対にな……ッ!!」
「ッ……!!」
 保健室へ出ていく遙真。
 そんな彼を僕はひたすらに見つめる───、
「────行かせないッ!!!」
 そんなことはできなかった。
 瞬時に、出ていく遙真の腕を引っ張る。
 弱々しい腕は直ぐにでも振りほどかれそうだった。
 けれど、僕は必死にしがみつく。
「ッ……、俺はお前の甘えた考えのために同盟を組んだんじゃねぇ!!」
「甘い考えとか……、一歩たりともした事ない!!」
 僕は必死に叫んだ。行かせない。こればかりは譲れない。
 お前は一生コマのままで、操られてればいいんだ。自我を持つなよ、そう言う……、条件だっただろうが!!

「……────────!!!」

 その瞬間、初めて頭が真っ白になった。
 目の前ではっきりと告げられた言葉。彼の表情は必死そのものだった。
 頭が正常に働かない。こんなこと、初めてだ。
 ただひたすらに、さっき告げられた言葉が頭の中で渦を巻く。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐると、しつこくこびりついてくる。
「────、────────。─────……ッ!───!!!」
 次々に告げられる言葉。
 全て、反論出来ぬ言葉。
 探せ探せ、言葉を探せ。このままでは、こいつは向かってしまう。
 探せ、絞りだせ。
 ……出てくるはず無かった。
 彼は、僕の思っている全てを口にしたのだから。
 全てを告げると、スルリと腕を払って保健室から出ていった。
 次こそ、僕は彼を見つめることしか出来なかった。
「……ざけんなよ……。こっちのセリフだよ……。なんなんだよお前ら……。兄弟揃って良い奴ぶるなよ……、クッソ……ッ。」
 その場にしゃがみこんで、僕は頭を抱えた。ぐしゃ、っと髪を握って狼狽える。
 飲み込めない現状に、全てを塞ぎ込んでしまいたい気分だ。
 ……いつぶりだろう、こんなに今の現状に絶望して動けなくなったのは。
 しばらく僕は、ずっとひとりで声にならない悲鳴を上げていた。