『ねぇ、ここまで同じ経過だけど、ここからなら別の方法がありそうじゃない?』
『確かに……。でも、そこでマーダーがどう動くかだよね……』
 
 おれ(竜也)は、人の声が聞こえる方向を頼りに各部屋を回っていた。
 この先から聞こえる声の主は夏音先輩と恵舞さん。あの二人は、最近ここの図書室で活動しているらしい。
 今日は金曜日。今の今までマーダーの目立った活動が見られなかった。
 ……けれど、違和感は確かにあったんだ。
 おれと津はいつものように体育館でバスケをしていたけれど。
 はぁはぁ、と息が荒れる。
 そして、直ぐに図書室に着いた。
 勢いよく扉を開けるおれに、二人は肩を跳ね上がらせた。
 しかし、おれの状況を見て、直ぐに緊急事態なんだと理解してくれた。
 ……おれがここまで息を荒らして走ってきた理由。それは……
「ッ、あの……ッ、」
 荒れる息で上手く言葉が出てこない。
 そんな中、数秒息を整えて言葉を絞り出した。
「な、凪紗先輩……ッ。知りませんか……!!」
「「え。」」
 そんな声に二人はポカンとしていた。
「凪紗?知らないけど……。凪紗がどうしたの?」
 恵舞さんたちは、互いに顔を合わせ首を傾げていた。
「凪紗ちゃんなら、広長先輩といるんじゃなかったの?」
 それを言われた時、ドクンと心臓が跳ねた。
「やっぱり……。」
「「やっぱり?」」
 凪紗先輩は、確かに兄ちゃんと一緒にいた。
 ……最後に見たのがその光景だったんだ。モジモジしながら、兄ちゃんと話している、満更でもなさそうな凪紗先輩。それを見たのが、週のはじめ。
 ……でも、
「凪紗先輩、どこ探しても、兄ちゃんに聞いても、居場所が分からないんですよ……」
 あの光景から、おれは一度も凪紗先輩を見ていない。
「は……。」
「え……。」
 その一言を二人に告げた時。異様に図書室の中で声が響いた。
 その瞬間、おれたちは図書室を飛び出した。
 向かう先は、……放送室。

       * * *
 
「急に呼び出してどうしたんだよ」
 頭を片手で支えながら集合場所に着いた津は、そう言った。
 兄ちゃんは、何も言わずその場にいた。
 ……最後に凪紗先輩と一緒にいたのは……兄ちゃんだった。
「やっぱり……」
 おれは集合した人数を数えて絶望した。
 一人(竜也)二人(恵舞)三人(夏音)四人()五人(遙真)……、だけだった。
「凪紗先輩がいない……」
 ポツリと口から溢れた言葉は、全員の瞳を変えた。
「凪紗……、凪紗!!」
 恵舞さんがその場を駆け出して、周りへ呼びかける。
 けれど、返答は無かった。
「凪紗ちゃん……。いつの間に?」

─────マーダーは既に動き出していた。

 凪紗先輩は、いつの間にか暗殺された。
 全員がバラバラに動きだしたタイミングを上手く見計らって。
 やっぱり、気を抜くべきじゃ無かったんだ。
 マーダーが何もしてこなかったのは……、既に手を打たれていたから。
 おれは、小さな知恵を働かせて頭の中を整理した。
 凪紗先輩は、少し前まで恵舞さんと一緒に行動していた。
 でも、この週に入った時くらいから、恵舞さんは夏音さんと一緒に行動するようになる。
 凪紗先輩は、その後かその前かは判明しないけれど一度、兄ちゃんの元へ遊びに行っていた。それが、今週の火曜日辺り。
 ……それが凪紗先輩を見た最後。
 そうなってくると……
「ねぇ、遙真先輩。」
 全員が状況の整理に専念している空間で、その一言が響いた。
 兄ちゃんの前で、睨みつける恵舞さんの姿。
「……貴方なんじゃないんですか?」
「っ……。」
 兄ちゃんへ圧力がかけられる。けれど、兄ちゃんは謎に動揺すらもしていなかった。
「私は、週明けから夏音ちゃんと一緒に行動していたんです。貴方が最後に凪紗と会っていたのは知っています。」
「……。」
 何も言わず、恵舞さんをひたすらに兄ちゃんは見つめていた。
 そんな恵舞さんは、見つめられながら淡々と言葉を並べた。
「あれから凪紗と会っている人を見た事がありません。……自白したらどうですか?」
 恵舞さんは今までにないような細い目で兄ちゃんを貫いた。
 こんな恵舞さんの姿初めて見た。……親友が殺されたから、許せないんだろうか。
 ……でも、
「ちょ、ちょっと待って!兄ちゃんと凪紗先輩が最後に会ったって言うのは単なるおれの記憶です!!凪紗先輩がもし、本当にマーダーから殺された、と言うならきっとどこかに凪紗先輩の遺体があるはずですよ!!探しましょうよ!!」
 おれは、必死に声を荒らげた。
 当たり前だ。……血の繋がっている、家族である兄ちゃんに容疑が掛けられていると言うのだから。
「確かに、それも一理あるけれど、まずは安全を確保する方が先に決まってる!!」
 恵舞さん、今までおれにそんな顔見せたこと無かったのに。
 今は、とても荒れている。目がつり上がっていて、怖い。
 けれど、おれはそんな恵舞さんに反論した。
「凪紗先輩が殺られた時系列を確かめない事にはどうしようもないですよ!!だって、どうするんですか。もし、兄ちゃんと凪紗先輩が別れた後、……誰もいない所で凪紗先輩と会った人が居るのかもしれないのに!!」
 根拠の無い発言は、ただのたれごと。効果は無いに等しい。
 そりゃそうだ。恵舞さんは夏音先輩といつも一緒に行動していて、おれも津と行動していた。たれごとをかき消すに値するアリバイは既にあるのだから。
 単独行動をしていたのは……兄ちゃんだけなんだから。
 けれど、受け止めきれない。なわけない。
 兄ちゃんが……、なわけない!!
「っ……、それは……」
 けれど、その効果は少しあった。ただどの道、やっぱり向こうの意見を曲げることは難しかった。
 兄ちゃんはと言うと、何も言わず黙っているだけだった。
 なんでだよ、反論しろよ、今自分が処刑されそうになってんだぞ。どういう心情だよ。
 おれがこの賢い恵舞さんに討論で勝てるわけが無いんだ。ならば……、
 おれは、津に訴えかけた。
 何も言わず、ただおれ達の言い合いを見つめているだけの津に。
 こういうことは得意だろ、何とかしてくれよ……!!
 そんな視線に気づいた津ははぁ、とため息をついた。
「落ち着け。」
 その声は、本当におれ達の肩を撫で下ろすように頭を鮮明にした。
「高瀬 恵舞の言い分もよく分かる。確かに、七峰 凪紗が最後に一緒にいたのは広長 遙真だ。……けれど、竜也の言い分も可能性がある。一緒に行動していたと言っても、簡単にトイレに行く、と言えばその場から離れて一人になれるだろう。……けれど、僕たちはそれでも一緒に行動していた、と言う認定にしてしまっていたはず。それを見越して行動したずる賢い奴が殺った可能性もある。」
 津は、本当にこういうことが得意だ。
 おれが出したかった答えをすんなり出してくれた。
「だから……、処刑は延期だ。」
「どうして!!」
 それに反発する恵舞さん。夏音先輩もえ、という顔をしていた。
 けれど、次の一言で全員は大人しくなったんだ。
「…─────菅原 玲於奈の時の事を思い出せよ。まさか忘れた、とかうつつを抜かすことは言わせないぞ。」
 その声は、冷たく鋭かった。
 それに加えて、告げた内容。その全てがおれ達を黙らせた。
「"私は嵌められた"。それだけを残して処刑された菅原 玲於奈はどうなった?結局マーダーじゃなかっただろ。……マーダーの手の上で転がされるのはもうごめんだ。」
 そう言うと、津はその場から離れていった。
 恵舞さんは何も言わずその場に立ち尽くしている。
 ……直ぐにでも可能性の高い兄ちゃんを処刑したいのだろう。……親友が殺されればそうなるのは分かる。
 ……けれど、それはおれも同じだ。
 夏音先輩は恵舞さんの肩を持って、宥めるように図書室へと戻って行った。
 その光景を見た瞬間、おれはハッとする。
 後ろを振り向くと、兄ちゃんはもうずっと先にある長い廊下を進んでいた。
 もう遠い。いつの間にそこまで進んだんだ。
 足元を見ると、とても早歩きで大股だ。
 まるで、この空間から逃げるように。
 
 おれを、────────……避けるように。

 おれはその場から駆け出した。
「─────兄ちゃん……ッ!!!」
 精一杯腹から出した声量は、意外にも廊下中に反響した。
 その声と共に兄ちゃんは、ゆっくりとこちらへ振り返った。






───────息苦しい。
 どこへ行ってもそうだった。
 輝いている兄ちゃんの隣では、真っ暗闇の中、眺めることしか許されなかった。
 そもそも、それしか出来なかった。
 手を伸ばしたって到底届かないし、また嘲笑われるだけだし。
 それでもおれ、ビビリだから。光は欲しい。
 藻掻いて抗って、必死に手に入れた1カラットの光。
 あぁ、しょうもなくて価値すらない光だな……。

兄ちゃんに……───────近づきたい。



───────羨ましい。
 いつ見てもそう思っていた。
 俺は奴より恵まれてる。才能だってあるし、努力せずとも勝手に光が照らしてくれた。……けれど。
 暗闇の中で唯一、一点が光っている宝石と、
 照らされるだけ照らされて、本体は光れないただの石ころ。
 ……。
 暗闇の中で藻掻いて抗って、やっとの事で手にした、ちっぽけで小さな光。
 ……なのに、目が眩むほど眩しくて、温かくて……。羨ましかった。

あいつに……────────近づきたくない。






 今だったら……。
 おれは、兄ちゃんの元まで走った。
 立ち止まり、静かに見つめ合う空間には、外から降る大粒の雨の音が響く。

ねぇ、兄ちゃん。おれね。ずっと、こうしたかった。

 見つめる時間が長ければ長いほど、覚悟が歪んでしまいそう。眩しいなぁ……、勝てないや。
 目の前の兄ちゃん()に、体が怯む。
 もしも兄ちゃんが居なかったら……

おれ、輝けてたのかな。

 自分以上に眩しい光が無ければ、おれは……。ずる賢く、兄ちゃんを蹴落せてたらおれ、居場所見つけれたかな。
 心臓がドクンと跳ね上がる。本能に飲まれるように。
 兄ちゃんさえいなければおれは───────……。
 ……でもさ。やっぱおれ、そんな賢くないからさ。
 こっちしか選べない。

「兄ちゃんッ、
  【暗闇なほど、ちっぽけな光では意味が無い。】
           俺の話……」

 兄ちゃんに勝てないのなら……

「聞いてくれッ……!!!!」
 
おれは……─────兄ちゃんの光になる。

    だから……

おれの暗闇も一緒に、照らして欲しい──────。