「青春がしたーーいッ!!!!」
* * *
「パス回せ」
「あぁっ、抜かれた、!」
「シュート決めちゃって!!」
「行くぞ。」
「きゃー、遙真先輩めちゃかっこよすぎ〜ッ!!!」
夕日の射すグラウンドに、無邪気な声がたわい無く飛び交う。
ボールが宙に飛び、砂埃が舞う。
広長先輩がゴールにシュートしようとした瞬間、竜也くんがボールを奪おうとして派手にすっ転んでしまう。
あっははは、と吹き出す笑い声がグラウンド中に広がった。
転んだ竜也くんに来栖くんは手を差し伸べて、その手を素直に受け取る竜也くん。
「はぁー。立派な青春だなー。」
そんな光景を、私は少し離れた花壇に腰をかけて眺めていた。
事の始まりは、凪紗ちゃんだった。
「こんな時でも、私は青春がしたーーッい!!!」
「び、びっくりしたぁ……。急に大きな声出さないでよ……」
私は、モップを片手に肩を跳ね上がらせた。
「あ、ごめんごめん。」
今は、処刑後の掃除中。
私と凪紗ちゃんが担当することになった。
傍では、暇している恵舞ちゃんが廊下へ続く窓にうっつぷしてこちらを見ている。
「凪紗は呑気だねー。掃除してる最中にそれが思い浮かぶなんて、流石としか言いようがないよ。」
苦笑いする恵舞ちゃんをみて、凪紗ちゃんはえっへん、と立ちはだかっだ。
「わかってないねー、恵舞は!青春はいつでも出来るけど、このメンツで青春なんて、これからできるわけないじゃん!」
大袈裟に必死になる凪紗ちゃん。
まぁ、それもそうだよね。
六人中、三人違う学年だし、ゲームが終わると、もうこのメンツで集まることはないのかもしれない。
「なにより……、遙真先輩と関わるチャンス!!!」
「やっぱりそれが狙いなんだね・・・」
キラキラと目を輝かせる凪紗ちゃんを横に、あはは、と苦笑いをした。
「そうと決まれば、直接ここから集合かけちゃえ!!」
「えぇ、早いよー、!!」
……そして、今に至るという訳。
「うをぉ、裾を引っ張るな、!!」
ズデーン、と大きな音を立てて竜也くんはまた転ぶ。その時、来栖くんを巻き添えにした。
「すまんすまん。」
あはは、と尻もちを着いてお互いに笑いあっていた。
巻き添えをくらった来栖くんは、ジト目で竜也くんを見ていたが、意外と満更でもなさそう。
……竜也くんと来栖くんは幼なじみなんだっけ。
少し前までは関係が疎遠になっていたらしい。
「あっははは、津が転ぶだなんて、意外ー!」
「違う、巻き込まれただけだ、!!」
それでも、お互い阿吽の呼吸を持つ双子のように相性抜群だ。
来栖くんはムキになって、そんな凪紗ちゃんの笑い声をかき消す。
照れ隠しが下手なんだなぁ〜。
「よし、もう一回戦いくぞ〜?!」
その場にババ、っと立ち上がる竜也くんは来栖くんへ手を差し伸べる。
「せいぜい着いてこいよ、津!」
「っ……。……ふっ、わざわざ背伸びしなくてもいいものを。」
「うるせえな、大人しく手ぇ握っとけ!」
そんなこと言いつつも、素直に来栖くんも竜也くんの手を取り合った。
その光景が微笑ましい。
本当にあそこの二人は仲がいいらしい。前まではそんな雰囲気はなかったと言うのに。
あの時、私も凪紗ちゃんから誘われたけど、運動が苦手な私は見守ることにした。
微笑みながら見つめるグラウンドは少し朗らかしていた。
っ……。
でも、その光景はちょっとした無常観を運んだ。
このゲームが終われば……。私たちの関係は無くなっちゃうのかな。
恵舞ちゃんと凪紗ちゃんとは、ただの同級生になって、
広長先輩は、見知らぬ先輩になっちゃって、
来栖くんとも、見知らぬ後輩になっちゃって、関わる理由も無くなるんだよね。
……竜也くんとも、ただの先輩後輩になっちゃうんだ。
今も対して関係の薄い先輩後輩だけど、なんだか竜也くんは来栖くん達とは違うんだよね。
なんて言うか……、弟っていうか……。
なんなんだろう。
……でも逆を言うと、このゲームが無ければ私たちは、出会いすらなかったんだよね。
……来栖くんと竜也くんも、お互いに疎遠のままだったのかな。
グラウンドに無邪気な声が響き合う空間の端で、遠い目をして眺めていた。
賑やかな声が飛び交えば飛び交うとほど、淋しさが少し増していく。
「───皆様お集まりのご様子で、どうなさったのですか?」
急な問いかけに、意識がハッとする。
言葉の行先は、私の背後だった。
「ゲームマスターさん?」
「ご無沙汰しております、眞田 夏音様。……はて、皆様はどのようなことをしてらっしゃるのでしょうか。」
「あぁ、サッカーしてるんだよ。」
「さっかー?それはどのような競技で?」
「え、サッカー知らないの?」
「はい。」
「……。ボールを蹴りあって、ゴールにボールを運ぶ競技だよ」
「なるほど……。」
意外と、こういう一般的なこと知らないのかな。
……まぁ、有り得るのかもしれない。
十年間くらいずっとこの事件を繰り返してきて、世間に触れる暇が無かったのかな。
……ゲームマスターさんって一体───────。
「どうかなさいましたか?」
「あっ、いや……。」
私は、ゲームマスターさんに無意識に向けた視線を、グラウンドの土に戻した。
雑草がポツポツポツと生えている。
「……ほんと、呑気だよね。みんな。」
「……。」
「仲間が殺されて、……殺して。ほぼ半数が亡くなっちゃったって言うのに、青春がしたいだなんて。……本当に、自由気ままだよね。」
体を後ろに逸らしてオレンジ色に染まる空を見上げた。
「でもね、ちょっと……。青春がしたい、って言う凪紗ちゃんの気持ち……。少し、分かっちゃうんだ。」
「気持ち……、ですか。」
「淡々と人が減っていく時を過ごしてて、みんなの空気間は殺伐とした空気には違いないのに、こんなほのぼのしちゃってさ。……犠牲になったみんなには申し訳ないけど、このゲームが進展していく事にみんなの中にある何かが明らかになってきてさ。……なんて言うんだろう。」
私は、言い表せない考えを求める度に、少し体をモジモジさせた。
「一人一人が、心の奥底にある何かを秘めた扉が少しずつ開いて来てさ、中にある何かの糸が少しずつ紡いできて共鳴し合う、みたいな……。伝わった、かな?」
自分の語彙力の無さに少し恥ずかしい。
「……私には難しいですね。」
「あはは……、そうだよね……。……きっと、みんなもそんな雰囲気に気づいてるんだと思う。私達が選ばれた理由が少しわかる気がする。……みんな、心のどこかでは、─────いなくなっちゃったみんなは無事だ、って信じてるんだよ。」
「何故そう言い切れるのですか?」
何故───────……
「わかんない。単なる希望だよ。」
何故、という単語に考える姿勢も持たず、きっぱりと言葉にした。
本当に分からない。でも希望、って言う言葉に対して、考えるだけ無駄な気がした。
「……学生とはよく分かりませんね。はっきりとその目で仲間が死んでいくのを目の当たりにしたと言うのに。」
「学生、って・・・。学生も大人もそんなに変わらないよ。」
珍しい応えに、私はあっははは、と笑った。
「……ゲームマスターさんだって。本当に人を殺すゲームを作るほど、気の狂った人じゃないんじゃないんですか。」
「っ……。」
私は、ゲームマスターさんを始めて真っ直ぐと見つめた。
「本当は優しくて、純粋に何かを捜し求めてるだけの大人なんじゃないんですか?求め方が不器用なだけで。」
未解決事件を企てた犯人の目の前で私は何を言っているのだろう、と少し馬鹿らしくもなる言いように、何が何だか分からなくなる。
……でも。
「……ねぇ、ゲームマスターさん。貴方は一体……どんな人なの?」
この人は、穢れた大人たちの瞳と何処か違ってる。無邪気で無知識な子供のように、澄んでる。
「……。」
静かに見つめ合う私たちの遠くでは笑い声が絶え間なく広がっている。
まるで、一つの空間に別々の空間が繰り広げられているようだ。
「……そんな、変な深読みを為さらなくても、私は正真正銘の連続未解決事件を引き起こした犯罪者でございます。」
「あっははは。極悪人の犯罪者が、そんな素直に自分の罪状認めないって」
本当におかしくなってしまう。
犯人と被害者がたわいもない会話を交わすなんて。
「ほんと。……なんでこんな事犯すんですか。何処で間違えちゃったんですか。ここは何処なんですか。」
私は、少し呆れるように聞いてみた。
逆に尊敬してしまうのかもしれない。
「……。私はただ、小さい頃から探し求めていた疑問を、知りたいのです。」
「疑問?」
予想もしていなかった理由に、少し頭が真っ白になる。
「はい。……本当の絆、と言うものを探しているのです。」
「本当の……絆。」
「その疑問を探し求めた先に、この犯行が思い浮かんだのです。その疑問が頭にこびり付いていたのは幼少期の頃からだったので。……確かに、そうとなれば何処で道を間違えたのでしょう。この疑問を抱く頃から私は間違えていたのでしょうか。」
深い意味も持たず、カクンと首を傾げるゲームマスターさん。
「……。」
幼少期の頃から、か。
犯罪者が言うような理由じゃないよ、もう。
「ううん。やっぱり、何でもない。」
「っ?」
急に考えを止められ、追いついていけてないようなゲームマスターさん。
「ただ、不器用なだけだったんだね。」
「不器用、ですか……。」
シンプルに、ただの疑問を抱いた大人だったんだな。
意外と不器用、という言葉にショックを受けるゲームマスターを見て、笑いが込み上げそうになる。
これだけ見ると、ただ不思議な雰囲気を纏っただけの普通の子供みたい。
だからって、仲を深める理由にはならないかもけど……。
でも……。───────本当の絆、か……。
「ここが何処か、って言う質問には答えてくれないんですか?」
私は、少しイタズラ気味に笑って見せた。
「それは、お答えすることはできません。」
「あはは、そっか。」
残念だな。この問いに関しちゃ即答だし。
「ですが、」
ゲームマスターさんは、それだけを告げると、グラウンドではしゃいでいるみんなを見つめた。
その中でも、一人の人物を。
「……来栖 津様なら、もう分かっているのでしょうね。」
「来栖くんが……?」
……来栖くん。
玲於奈先輩を炙り出したのも、来栖くんのお陰だった。彼は何者なんだろう。いつも、何を考えているのか分からない。
……よくよく考えてみれば、全て彼のおかげで物事が片付いている気もする。
「彼にでも聞いてみてはいかがでしょう。」
「だって……。あの子、私と会話してくれないんだもの。」
少し不満げに、頬を膨らませた。
「あの子とは……、まだ共鳴しきれてないなぁ……。」
少し寂しさが募る。
サッカーをする来栖くんを見ると、輪に入れているようで、どこか浮いている。
元々、そういう人間関係は得意な方じゃなかったのかもしれない。
「あ、ねぇ、ゲームマスターさん。」
私は後ろを振り向いた。
「あれ……。」
もうそこには、ゲームマスターさんはいなかった。
「夏音〜!!!」
「っ……。」
グラウンドの中央から元気な声が聞こえる。
「夏音も一緒に遊ぼーよー!!」
凪紗ちゃんがぴょんぴょん跳ねているのが見える。
……っ。
私は静かに微笑んだ。
ゲームマスターさんは何も言わなかったけど。
……そうだよね。
「こんなことしてちゃ、勿体ないかっ。」
みんなが遊んでるのをただ眺めているだけだなんて。
「うん、私も入れて!」
私は、その場から立ち上がり、グラウンドの中央へ駆け寄った。
「勿体ない、ですか。」
グラウンドには六人の生存者が戯れている。
その光景を、植木の傍でじっと見守っていた。
「私はそんなこと発言していないと言うのに。最近の学生は想像力が豊かなのですね。私にはそのような事を察するなど、到底出来ぬ事なので羨ましい限りです。」
そう告げると、物陰に隠れていたゲームマスターは、静かにその場で姿を消した。
* * *
曇った空が見下ろす校舎は、室内に限らずひたすらに灰色で染まっていた。
まるで、世界から色彩が失ったかのように。
そんなただでさえ薄暗い保健室には、電気も付けず一人で外を眺めている、──────広長 遙真の姿があった。
その遙真に近づく影が一つ。
その影は、保健室に続く扉の前で歩みを止めた。そのまま、扉に手をかける。
広長 遙真と謎の影が一直線上に並ぶ。
「……──────ねぇ、兄ちゃん……。」
影の呟きに、広長 遙真は視線を保健室の扉へ移す。
互いに見つめ合う体勢になる。
「兄ちゃんは……。一体、津と何を企んでるの?」
「……。」
妙に幼く感じる口調。ただし、声は立派な男子高校生のように芯が通っていた。
「─────何故お前に言う必要がある。近寄るな、不愉快だ。」
そう言って、広長 遙真は相手の横を通り過ぎて保健室を出ていった。
「ッ……、」
寂しそうな瞳に少量の涙を浮かべるのは、紛れもない広長 遙真の弟。──────広長 竜也だった。