時は少し遡り、【十月七日 月曜日】の【十七時】。
 
 秋に入ったこともあって、辺は夕日のオレンジ色で染っていた。
 ()は、浜崎 湊が殺害された図書室で一人、風を浴びながら外を眺めていた。
 まだ、ほんのりと()の匂いが鼻を突く。
 ……あの時、浜崎 湊の悲鳴が聞こえ、図書室へ顔を出した時、僕は気がかりな物を目にしたんだ。
 その場では活用できそうな(ピース)では無かったから、考える猶予を稼ぐ必要があった。
 だから面倒だったが、わざわざ怪しまれていた高瀬 恵舞の罪を濁して、後回しにさせたが……。
 ……()()はやはり、()()()()ことなのだろうか。
 いやしかし。ならば、可能性のある()()()はどうなるんだ。
 自問自答が頭の中を駆け巡る。
 久々に動かした頭は、回転が鈍く機能していなかった。
「くそ、冴えないな。」
「──────アリバイを作っておかなくてよろしいのですか?」
「っ……」
 後ろから投げかけられた言葉は、思考に没頭していた僕を現実へ引き戻す。
 その場にいたのは、ゲームマスター。
「……。お前は、何故いつも急に現れるんだ。いつも何処で何をしている。」
「それはお答えできません。」
 キッパリと否定され、僕も直ぐに諦めた。
「まぁいいよ。お前が何時、何処で僕たちを監視していようが、そんなのどうでもいい。」
 そう突き放しても、目の前の人物はびくともしない。
「お前の出現条件は何だ。気まぐれか?」
「出現とは、人をゲームのモブのように扱うのですね。」
「対して役に立たない奴はモブだろ。」
「……。私はこの物語の進展に繋がりそうな出来事に姿を現すでしょう。……自分自身も、物語がどう左右されて、蠢いていくのか、この目でちゃんと収めておきたいので。」
「……ふーん。」
 めんどくさい条件だ。
 ……。
 静かに再度ゲームマスターに向き直る。
 じっと目の前の人物を見つめる。睨みつけるように、冷たく、細い目で。
 ……それでも、変化のない動作。逆にこちらを見透かしてるような眼。
 ……"やっぱり"か。
 僕はその人物の前ではぁ、とため息をついた。
「……お前も、()()()()()()()()。」
 その一言を告げた時、微かに"同類"の瞼がピクリと動いた。
「……やはり、そのようでございましたか。」
「僕がいる限り、このゲーム。お前の望むような結末にはならないよ。」
「それはどうでしょう。……まぁ、そうですね。」
 ゲームマスターは、初めてうーん、と体を縮こませて考える動作をとった。
 同類を前に少し素が出たのだろう。
「人材に関しては、少しミスをしてしまったのかもしれません。その点については、私の思うように行かないのでしょう。」
 同類、結末、人材、ミス、点。
 これを聞いても、通じるやつはこの中に誰も居ないんだろう。きっと、ちんぷんかんぷんなんだ。
 けど、それでいい。面倒事が減るだけだ。
 ……まぁ、強いて言うなら"二年部の女"が少しめんどくさいくらいか。
「……一つ、質問してもいいか。」
「お答えできる範囲なら、何なりと。」
 僕は、問いかける内容を頭の中で整理すると、ゲームマスターに再び向き直る。
 ゲームマスターの腹の奥底を突き刺すように、瞳の隅々まで注視した。
「……─────マーダーは、処刑を行えるのか?」
 その一言を告げた時。
 ゲームマスターの目は、今までにない以上細く、鋭く僕の瞳を突き刺した。
 けれど、それに負けず、僕も同類の目の奥底を睨みつける。
「何故、そのような事をお聞きになさるのでしょうか?」
「マーダーは月に二度、人を殺せるのか。」
 問いを投げかけても、問いが飛んでくる。
 そうわかったゲームマスターは、少し肩の力を抜いた。
「貴方様は、一体────…」

どちら側の人間なのでしょうね───────

       * * *
 
 津くんは、あれから(恵舞)たちを連れて放送室へ向かった。
 けれど、手に持ったのはマイクやスピーカーでは無かった。
「監視、カメラ……?」
 学校中の監視カメラが映し出されているモニターの前に、津くんは一人座った。
 津くんは器用に監視カメラのモニターをキーボードで操作して、とある一つの映像を大画面に映し出す。
 校庭全体を見渡せる高さにある大型スピーカーに設置してある監視カメラ。
 ポチ、と何も言わず再生ボタンを押す津くん。
 右下には、【2024 10 3 13】と言う数字が出ていた。
 十月三日、十三時?……それって、
 淡々と流れる映像。それをみんな、じっと静かに見つめていた。
「っ……!」
 みんなが徹底的な瞬間を目にした。
 悲鳴が聞こえる瞬間の時刻。……校庭にある処刑モニターの実行有無が、【実行済み】と変換されたのだ。
「これって……、処刑ってこと……?」
「マーダーの殺人じゃ……なかった?」
 私たちは衝撃的な事実に目を合わせた。
「で、でも、自己防衛って事になるでしょ?それでも自白しなかったのよ、処刑したのはマーダーじゃない!!」
 玲於奈先輩は、また私を睨みつける。
「まだ僕、話したいことあるんだけど。」
 腹の底が煮えくり返りそうな目で、玲於奈先輩を睨みつける津くん。玲於奈先輩は、言葉を飲み込んだ。
 緊迫した空間に、一つ場違いな声で放送室に響く。
「ゲームマスター。」
 そう呟いた津くんの後ろに、突然ゲームマスターが現れる。
「なんの御用でしょう。」
「ゲームマスター。一つ、質問してもいいか?」
「お答えできる範囲なら、何なりと。」
 ゲームマスターが質問を許可したその時。
 津くんは、静かに淡々と言葉を並べた。
「マーダーは、処刑を行えるのか?」
 その一言に、その場にいる全員に汗が流れた。
 なぜ、そんなことを聞くの?津くん、あなたは何を求めているの?
 みんなが、ゲームマスターの口元を瞠る。
「マーダーは、処刑を……──────行えません。」
 鼓膜にその音だけが耳を貫いた。
 マーダーは処刑を行えない。
「は……。何が言いたいのよ、津……。」
 玲於奈先輩が困惑する目で訴えた。
 そうだ。こんなことを聞いておいて、結局どうする気なんだ。
 その場にいる全員も、情報整理が追いつかず、ただ意味不明な津くんを見て立ち尽くす。
 そんなみんなの思考を置いていくように、津くんは一人で話を進めた。
「おい、まだ隠れているつもりなのか?もうわかってるんだろ。こっちは全部のピースが揃ったんだ。」
 誰に向かって言っているのか分からない。
 けれど、その場にいる全員は今の状況を瞬時に理解した。
 ……津くんはもう湊くんを殺した犯人を炙り出せるピースが揃っていること──────。
 津くんが全員の顔を見渡す。
 それにいち早く反応したのは……
「出てくる気になったか?……─────菅原 玲於奈。」
 全員が名前の人物を目で瞠る。
「な、なんで私なのよ……」
 明らかに彼女は動揺している。
 嫌な汗の匂い、縮んだ瞳孔。
 え、まさか、本当に────
「……んで、なんでそうなるの?」
 凪紗の言う通りだ。なんの根拠からそのような結論が出てきたというのだろう。
 今はただ、湊くんの死の真実が、狂人による謎の処刑だったことだけ。
 全員が困惑した目で津くんの発言を待つ。
 そんな沈黙した空間に、津くんはひたすら静かに言葉を並べた。
「おい、菅原 玲於奈。お前は何故、学食に来なかったんだ?」
「普通に、やることがあっただけよ……ッ!」
 やること?
「この異空間で、何をするっていうの?」
 私はただ純粋に、その一言に引っ掛かりを覚えた。そして、そのままポロリと口に出た。
 ……けれど、それはこの推理の進展に上手く引っかかったようだった。
「そ、れは……。」
 答えに戸惑っている。
 そんな様子から、津くんへの信用は一段と高くなった。
 そして、玲於奈先輩への疑いはどんどん大きくなっていった。
「か、監視カメラで全員の動きを見てたのよ!!」
「監視カメラのキーボードを操作した痕跡はなかったけど?」
 玲於奈先輩に津くんは追い打ちをかけた。
「ッ……」
「まぁ、別にそんなことはどうでもいいんだ。犯行が行われた時、何故お前は少し遅れてやってきたんだ?」
「遅れてって……。そんなの、一階から来たから、少し遅れただけじゃない!何よ、そこにいる恵舞の方が私よりも後から来たじゃない!」
 そう言って玲於奈先輩は私を乱雑に指さした。
「言い訳か?話を逸らすのは上手いんだな。」
「は……?」
「今、僕が話をしてるんだけど。質問にだけ答えてもらっていい───────?」
「ッ……。」
 一歩後退りをする玲於奈先輩の姿に、味方に着く者は誰一人としていなかった。
「……ッ、みんなが学食から出ててった後に、私も学食に行ったのよ……。現場につくのが遅れただけ……。」
 少し小さな放送室には、二人の討論が飛びあった。
 その光景を、私たちはひたすら見守っているだけ。
「みんな。犯行現場にたどり着いた時、菅原 玲於奈の姿は見た?」
 問いかけが私たちに回ってきた。
 急な質問に、私は答えられる頭が働かなかった。
 それは、他の皆も同じだった。
「見てないって言えば、見てないってなるのかな……。」
 みんなが口を開かない中、夏音ちゃんが始めに呟いた。
「その日、初めて玲於奈先輩の姿を見たのは、集合している私たちの輪に遅れて図書室に顔を出した時かな」
 みんなは、夏音ちゃんの発言にハッとして頷いた。
「え、でも夏音。学食食べ終わった後、放送室にわざわざ水届けに行ったんでしょ?」
「え、うん……。でも、その時は放送室のドアノブに水とパンを入れた袋をかけただけだったから……」
 凪紗と夏音ちゃんはもう混乱状態。
 けれど、この会話で、玲於奈先輩の発言が矛盾していることが発覚した。
 水をわざわざ届けてもらったのに、学食に行った?なぜ。
「確認は終わった?話を続けるよ。」
「あんた、もうわかったでしょ?私にはあの時のアリバイがあるの!勝手な妄想で推理するのはやめなさいよ!」
「え、じゃあ聞くんだけど。……───────"誰も姿を見ていないのに、どうして突き当たりの扉から顔を出せたの?"」
 告げられた言葉を単語に分けて整理する。
「どういうことだ?」
 竜也くんはちんぷんかんぷんだ。
 姿を見せず……突き当たりの……、奥の扉。
 その単語に、意識がハッとした。
 今さっきの解説に付け加えをすると、犯行が行われた図書室がある場所は、一方通行の廊下で突き当たりにある一番奥の部屋だ。


 │ 図書室 │ トイレ │ ─┼┐───┐┴────┐┴───────────
壁│○   *     ◇   突き当たりの廊下
─┼────────────────────
 
※┐:扉  ○:玲於奈  *:生存者  ◇:恵舞
 

 ……その奥の扉から、姿を見られずに顔を出した、って言うことは……
「津くんが言いたいのって、突き当たりの奥の扉から顔を出しといて、どうしてバレずに済んだのか、ってこと?……最初からそこに玲於奈先輩は滞在していた、ってことを言いたいの?」
「あぁ。そういうことだ。」
 その事実が鮮明に頭に刻まれた時、私達は体全身に鳥肌が立った。
 湊くんを殺したのは、玲於奈先輩……?
「濡れ衣を着せるのもいい加減にしておくんだな。殺した後に上手く後ろに隠れてやり過ごす。そして、都合の良さそうな人物を見つけて濡れ衣を着せる、か。賢いけれど、冷静さを失ったか?肝心なところでボロがでてるんだよ、菅原 玲於奈ッ。」
 ひたすらに冷たい目で睨みつける津くん。
 その先には、言い逃れを探す玲於奈先輩の姿。
「玲於奈先輩……ッ。」
「で、でも待ってよ!聞いて!」
 夏音ちゃんはその事実を否定した。
「私、玲於奈先輩にお水を届けたあと、直ぐに悲鳴が聞こえたの!……けど、その前に玲於奈先輩と扉越しに会話を交わしたの!!」
「えっ、それって……」
 どういうこと?玲於奈先輩が同時に二人?
「そんなの簡単だ。姿は見てないんだろ?」
「え、うん……」
「録音だろ。」
「あぁ……。」
 ガタン、と玲於奈先輩がその場に倒れ込むのがわかる。
「スマホは圏外でも、機材が沢山ある放送室の中で、録音機器くらいは見つかるだろ。」
 全て、津くんの推理は図星のようだった。
「さて、どうする?」
 津くんはそう言うと、さっきまで前に出ていたのに、急に引っ込んだ。
「僕は事実を述べただけだ。処理は任せる。」
 そんな、無責任な……!
 処刑……するの?玲於奈先輩を?
 確かに、玲於奈先輩は一人の仲間を殺した。でも、マーダーは処刑を行えない。玲於奈先輩はマーダーでは無い。
 殺していいの?裏切り者と言えど……仲間でしょ?
 その場に全員が立ち尽くしている時、ある人物が絶望している玲於奈先輩の前に立ちはだかった。
「え、……」
「なんで、こんなことしたんですか。」
 その人物は、俯いている夏音ちゃんだった。
 表情がよく見えない。けれど、玲於奈先輩が目を見開いて、驚いているのはわかった。
「なんで、何で殺したんですか……。なんで……、自白をしなかったんですか!!!!」
「夏音……」
 夏音ちゃんが顔を上げた時、彼女の目には涙があった。
 プルプルと体が震えてる。
「あそこで、自己防衛だと名乗り出ていれば、貴方は助かったんじゃないんですか?!無実だと、事が収まったんじゃないんですか?!!どうして……。生きるのが下手すぎます……ッ。」
 夏音ちゃんは、二つの心情で心がバラバラになっていた。
 
 殺しを犯した玲於奈先輩に対しての怒り。
 肝心なところでボロを出した玲於奈先輩への哀れみ。

 対となる感情がごちゃごちゃに絡まりあって、矛盾も矛盾な言葉がでてくる。
 けれど、それは玲於奈先輩を思っての言葉には変わりなかった。
「ッ……!!生きる道を選んで何が悪い!!」
「生きる道を選ぶからこそ、自白はするものでしょう!!!!」
「その後で、誰かに濡れ衣を着せて、もう一人落とそうとしてただけよ!!」
「頭がおかしいです!!どう考えてもリスクが高すぎる!!」
「私に楯突くな!!あんたに私の何がわかる!!」
「わかりますよ!!!!」
 その一言が、一番夏音ちゃんが声を荒らげた時だった。
 フーフーっと体が力んでいる。
「昔から尊敬して、ずっと背中をおってきたからこそ……。仲間思いで、あなたに助けて貰ってたからこそ……。あなたには、どうしても生きていて欲しかった……。」
「はぁ……?私は何も……」
「当たり前です。貴方自身は私に何もしていない。……でも、生徒会長が気付かぬうちに生徒を救ってるのは、考えれば分かるじゃないですか……。自分がおかしいことくらいわかってます。……どう裏切りられても、生きていて欲しいだなんて、おかしいって。……でも、憧れて、いつも凛々しくて、正義を貫く人だったからこそ……。」
「いい加減にしなさいよ……。」
 そこまで夏音ちゃんが言った時、地鳴りのするような憎しみの込められた声でかき消された。
「えっ……、」
「そんなの……、勝手に理想を押し付けてただけでしょ?一刻も早く、誰でもいいから殺すのが一番手っ取り早かった。そういう汚い手を使う私を知らなかったのは、貴方の責任よ!!偶然、湊がマーダーじゃなかっただけ!早くゲームを終わらせたいと思うのは普通のことでしょう?!!」
「……。」
 その場にいる全員が発せられた言葉に硬直した。
「……生きるためだけに、当てずっぽうで湊先輩を殺したって言うことですか?」
 ……狂ってるにも程がある。化けの皮を取った先輩は、こんなにも汚いだなんて。
「はは……。私たちは人間よ?……汚い方法でも使うのが人間でしょ?」
「もういいです。────責任を償ってください。」
 夏音ちゃんの一言で、目の前は三度目の光景となった。
 玲於奈先輩は処刑された。
 人間の生きようとする醜さを表したような手本の玲於奈先輩は、死んだのだ。
「玲於奈先輩……、本当にどうして……ッ。」
 その場に夏音ちゃんはしゃがみこむ。
 私は、そんな夏音ちゃんの肩を持って寄り添った。
「皆様に、ご報告がございます。」
「ッ……」
 ゲームマスターから告げられたその一言に、みんなが一斉に振り向いた。
「玲於奈様は……"マーダーではございませんでした。"」
 ……知っている。彼女は根の腐った狂人だっただけ。
「……ですが、直前に預けられた伝言をお伝え致します。」
 伝言……?
 息を一口飲み込み、ゲームマスターは言葉を並べた。

「『私は、嵌められたのだ』……と。」

 その場にいる全員が目を見開く。
 終わっていない。
 この物語はまだ終わらない。一人の狂人を殺したとしても、主犯格をこの中から絞り出さなければいけない。
 一人一人が悔しがる素振りや、絶望する素振りを見せる。
 
私たちは今、ただの狂った裏切り者を処刑しただけ。

 絶妙な空気が流れているこの学校中。
 こんな時にも、私たちの結末は、【ハッピーバッドエンド】へと近づいて行ってるんだと、しみじみ感じた。