「そんなとこで何やってんの、恵舞。」
 扉の傍から聞こえた声で我に返る。
「もう湊はいないんだよー。」
「わかってるよ。」
 どこもかしこも本に囲まれた空間は、独特な木の匂いで包まれる。
 その中で、私は一人風に当たっていた。
 そんな私に声をかけたのは、凪紗だった。
「こんなところに一人でいて、アリバイ作っておかなくていいのー?」
「だって、もう今週のマーダーは殺人犯してるもの。殺されることは無いよ。」
「でも、マーダーが処刑を使ったら?自己防衛って自白すれば思い通りだよ。」
「……それは、」
 凪紗への返答に少し口篭る。
 凪紗は、窓縁に手を置いて風に当たる私の隣にやってきた。
「実際のところ、どうなんだろうね。マーダーも処刑使えるとしたら、週に二回殺せるんだよ?しかも、そのうちの一回はどんな風にも言い逃れできる。」
「さぁね。」
 私は、凪紗の問いに遠くを見て答えた。
「あ、そうだ。ねぇ、この間ゲームマスターに聞いてみたんだけど、専用のメディアソフトなら、メディアに触れれるらしいよ」
 ここ数日。私たちはスマホにすら触れることがなかった。だって圏外だから。
 それなのに、使わせてもらえるんだ。
「そうなの?」
「うん。打ち込みのコマンドは制限がかかってるけど、アクセスしてサイトを覗くくらいだったらできるらしい。ねぇ、やってみない?!」
 凪紗は、そう言いながらキラキラと目を輝かせていた。
「うーん。まぁ、そうだね。やってみよっか。」
 私たちの時代で、メディアに触れられないのは流石に苦しい。
 その後、私たちはゲームマスターを訪ねて、もう一度図書室へやってきた。
「でも、触れる、って言っても何に触れるの?」
「うーん、わかんない!」
「なにそれ。」
 ぷは、っと吹き出して笑う私を見て、面白おかしく凪紗も笑って見せた。
 専用ソフトは、至って普通のPCのようだった。
 私は、何となくニュースを開いてスクロールしていった。
「っ……。【未解決事件】……【再来】?」
 異様に興味の引かれるその記事に私は、無意識にアクセスしていた。
「未解決事件再来?私たちがここにいる間にそんなこと起きたんだ。」
 凪紗が呑気にそんなことを言っている横で、私は画面に向かって目を細めたのだ。
 未解決事件……。"再来"?
 昔起きた未解決事件と同じものがまた……。
 回転される頭の中で何かの欠片が引っかかるのを覚える。けれど、それの根源がよく分からない。
 ……ただの勘違いかなぁ。でも、普通に物騒な世の中。
 今までの駆け引きや推理やらなんやらで、色んなことが敏感になっている。
 何となくそのサイトの記事を読んでいると、凪紗がそんな私の手を止めた。
「ねぇ、見て見て。」
 そう言って指を指した先には、
「この未解決事件、この前も、その前も、さらにその前も起きてるらしいよ」
 そんな時系列一覧を私たちは目にした。
 

【一度目:2007年  五月上旬
 二度目:2009年  十月中旬
 三度目:2012年  四月下旬

………………………………………………………………
 
 八度目:2024年  九月下旬】
 

 これまでに八回の犯行……。

──────九月下旬?

 その時系列を目にした時、私は引っかかるものを勘違いとしては捉えきれなかった。
「えー、八回も捕まらずに?手際いい犯人なんだろうねー。」
 ドクンドクンと、心臓が飛び跳ねて、体全身の脈が疼くのがわかる。
 その違和感は、次の記事で確信的なものとなった。
「【十人の学園生徒 行方不明 未解決事件】、ねぇ〜。」

  『学園の生徒』
        『十人』    

事件の再来(過去のデジャブ)

   『未解決事件に巻き込まれる十人の学園生徒』

            『昔から』   
     『行方不明』

 私は、一筋の汗を垂らして思いもよらないことを口にした。
「これって、この前読んだ……【ハッピーバッドエンド】と同じ……ッ。」
「ッ……?!」
 私の呟きは、隣にいた凪紗も大きな反応を与えた。
 それと共に、私たちは放送室へと駆け出した。

       * * *

「……もう、なんなのよ。いきなり放送室に飛び込んできたと思ったら、集合かけて……」
 今、図書室には生存している七人全員が集められた。
 みんなは、呼び出した私と凪紗を囲むようにして立っていた。
 そんなみんなに向けて、私はPCに移るサイトを見せる。
「未解決事件再来?」
 みんな、目の前のサイトを目にしても、パッとしない表情だった。
 そんな表情に、私は一つの結論を出す。
「……この記事、私が読んだ……【ハッピーバッドエンド】っていう本の物語と……同じなのッ……。」
 こういった時。その場にいる全員が目を見開いた。
 みんな、この本について知ってるように。
「私、その本読んだよ……!!」
 応える夏音ちゃんの後に次々と声が重なった。
「おれも、あの日読みました!!」
「そういえば私も……」
「確かに目に通したな。」
「……。」
 一人一人が読んだことがある事を思い出す。
 ……ならば話が早い。
  
「───ある日、十人の学園生徒がゲーム(事件)に巻き込まれて……」
  
 私は、物語のあらすじの冒頭を口にした。 

「そして、色々なクリア(解決方法)の鍵を手に入れていく……」 

 それに続いて、夏音ちゃんも口を開いた。
  
    「お互いに絆、みたいなのが見えてくるんですよね……」
 
 「途中で……、それが昔にも同じデジャブが発症(未解決事件)したって、発覚する……ッ。」
 
    「そして、ゲームクリア(犯人特定)にどんどん近づいていけた……、」

「……だけど、ゲームオーバー《全員死亡》になる末路を辿った───」
 
 目を瞑りながら、最後のエンドを津くんが放つ時。
 その場にいるみんなは、正気ではいられなかった。
「おい、まじかよ……。おれ達もそうなっちゃうんですか……?!!」
 あからさまに取り乱す竜也くんを宥めるように、玲於奈先輩は誤魔化した。
「そんな、……んなわけないでしょ!!たかが本よ、偶然よッ!!」
「でも……、その本の著者って……」

 【G,M】
 
 全員の脳裏にその名前が舞い降りた。
「ゲーム……マス、ター……。」
 辺一帯が静まり返る。……そして、今までにない以上にざわめき出した。
「ね、ねぇ、早くマーダー炙り出さないと!!」
「私達まで同じ末路(ゲームオーバー)を辿るとかイヤよ!!!」
 図書室が一気に動揺で埋め尽くされる。
 私の心臓は、ドクンドクンととてもうるさく跳ねていた。
 同じ、末路……。
 私達は、偶然か必然か。未解決事件を発見するところまで、……同じ道を辿ってきたのだ。
 息苦しい。
 息なんて荒れてないのに、胸が締め付けられているよう。
 このままいけば、私たちは確実に……─────死ぬ。
「ねぇ……、!!」
 意見が飛ぶ図書室に、一つ凛とした声が響き渡った。
 その声に図書室は静まり返る。
「玲於奈……?」
 その声は、玲於奈先輩だった。
「‎早く……。マーダーを見抜くんでしょ、居るじゃない。怪しいヤツ……ッ。」
 そう言って、玲於奈先輩は俯いていた顔を上げて、キッと標的を睨みつけた。
 そんな玲於奈先輩の視線は全員の視線をも操った。
 ある一人の人物に全員の視線が集まる。
「いい加減にしなさいよ……。こんな状態の中、怪しいヤツなんて、こいつしか居ないでしょうッ。ねぇ、……そうなんでしょッ、……高瀬 恵舞!!!」
「な、なんで……」
 玲於奈先輩は、私のことをキッと睨みつけ、指を指した。
 指された指は、刃物のように私の胸を鋭く突き刺さした。
 みんな、私のことを見ている。
「この中で、唯一あんたが怪しいのよ!!あの日、……ここで湊が殺害されてた時、あんたは何処にいて、何をしていたの!!!」
 そう、自信たっぷりに言い張る玲於奈先輩。
「玲於奈先輩、恵舞がそんなわけ……!!」
「そうですよ!!確信的な証拠が無い限り、処刑しないって言ったのは菅原先輩だったでしょ!!!」
「こんな状態で、つべこべ言ってられないでしょう?!いち早く、処刑しないと、私たち全員死ぬのよ?!!」
 いや……、どうして……。なんで……ッ!!
「私じゃない!!!やめてよ、私が湊くんを殺すわけないでしょ!!!」
 私は、身の危険を感じ、先輩への敬語も忘れてしまう。
 尋常じゃ無い程に気が動転している。全員の狙いが私に向いてる。
「そんなこと言いながら、安全圏で見てる貴方達こそ、容疑が私に向いていて、計画的に事が回ってるってほくそ笑んでるんでしょ?!!」
 そう言いながら、困惑した目をしている残りの五人を指さした。
 一歩後退りをする。そこはもう窓のすぐ側だった。
 窓が開いていて、風が私の冷や汗をさらに冷やす。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
 あの時は違う、私じゃない、私は何もしていない!!!
「あの日、あんたは寸前で一人になったッ。湊が殺された隣のトイレにいたの!!みんなが集合した後、あんただけはそのトイレから遅れてやってきた。どうやって言い逃れするって言うの?!陽菜達が死んだ時も、今思えば妙に冷静だったわ!因縁を押し付けないでよ、どうせあんたなんでしょう?!」
 突き付けられる彼女の推理に、気が押され続ける。
「だから違うって……!!」
 まずい、このままじゃ負ける。
 負ける、負ける。
 全員が……、負ける。
「処刑よ……、処刑!!!反対する者は居るの?!!」
 そう、玲於奈先輩が後ろのみんなに声を張り上げた時だった。
「さっきから、キィキィうるさいんだよ。」
 この空間の熱を一瞬にして冷ましたのは、謎めいた要注意人物の一人、津くんの声だった。
「……何よ、津。あんたは反対なの?高瀬の肩を持つのッ?」
 玲於奈先輩は、津にすら、敵対心を見せた。
「好き勝手暴れるのもいい加減にしろよ。こっちはもう整ってんだよ。」
 意味のわからない言動に、みんなは困惑した。
 暴れる……、整ってる?何を言ってるの?
 けれど、これだけはわかった。
 ……逆転の一手が回ってきた気がした。


「最後のピース(推理の鍵)、見つけに行くから。……────── 一人残らず、僕に着いてきて。」