ハッピーバッドエンド


『いや"あ"ぁァぁァア"ぁあ"あ""!!』

 
 ビクッと身体を震わせて、飛び起きた。
「い、今の声……」
 (夏音)は、音楽室の扉の方を向いた。
「なんだよ今の声……」
 隣で寝ていた広長くんも、私と同様肩を震わせて飛び起きていた。
この()階からだったよね……」
 パチ、っと音楽室の電気をつけた。外はまだ真っ暗。
 時計を見ると、ちょうど日付が回った時だった。
「この先?……まさか、智先輩達?!」
 扉を半開きにして、暗闇に呑まれている廊下の奥を懐中電灯で照らす。
 陽菜ちゃんたちの教室は電気が着いていなかった。
 私は広長くんの後ろを追うように、ゆっくりと暗い廊下の奥へ進んだ。
「マーダーがいるかもしれないですね……。」
 広長くんの一言に、唾を飲み込んだ。
 廊下を少し進んで、三年一組の教室を覗く。
「誰もいない……」
「まさか本当に智先輩たちが……?」
「で、でも、殺人は週に一人って……」
「日付回ってるんですよ。もう新しい週に入りました。」
「あ……」
 そうだ。恐怖の一週間を生き残っても、また次の一週間が来る。
 三年一組の教室を少し通り過ぎたところで、下の階から駆け上がってくる音が聞こえた。
「夏音……!!」
 玲於奈先輩が心配しながら登ってきた。
 その後ろにはみんな勢揃いだ。
 ……相変わらず、来栖くんと広長先輩はまだ居なかった。
「大丈夫、なんともない?」
「私たちは大丈夫です……。でも、廊下の奥からきっと陽菜ちゃんの悲鳴が……」
「そんなッ、」
 後ろにいた凪紗ちゃんが口を覆う。
「智先輩も教室に居なかったです……」
「嘘……」
「二人一気に殺られたってこと?」
 恵舞ちゃんも、怪訝な顔をしていた。
 その時、パチっと廊下の電気が着いた。
「あ、」
「何事だ。」
 電気をつけたのは、広長先輩と来栖くんだった。
 みんな揃った。
「向こうで陽菜ちゃんたちの悲鳴が聞こえたの。……みんなで見に行こう。」
 この場には生存している全員がいる。そして、日付も変わってる。
 
 この中に犯行後のマーダーが器用に潜んでいるのか、
 旗また、芭田先輩がマーダーか。
 
 それは、一瞬にしてわかった。
「あぁ……。」
 先手の予想が合っていた。
 廊下を進んだ先の曲がり角。そこは、少し物が置けるスペースがある。
 そこで、目にした光景。
 二度目の光景は最初の頃よりもかなり衝撃は少なかった。
 けれど、消して動揺しないものではなかった。
「まじかよ……」
 広長くんが、私の隣でクシャ、っと頭を片手で抱えた。
 そこには、智先輩を抱き抱えるようにして座り込んでいる陽菜ちゃんだった。
 ……二人とも息はしていなかった。
「三人目の被害者ね……」
 けれど、何処かやっぱりみんな最初より慣れた対応だった。
「……二人とも、お互いを守りあってたのかなぁ……」
「……そうかもね。……あんなこと言いながら、結局は愛し合ってたんだよ。」
 人がどんどん死んでゆく。けれど、今回はこれでわかったことがある。
 私は、廊下の窓へと目を向ける。そこには、校庭にあるモニター。
 処刑はまだ残ってる。
 これは先週の殺人と今週の殺人が一気に消費された証。
 今週の死人はもう残り最低でも一人だけだ。
 この場にいる全員が、自分じゃなくて良かったと安堵した。
 ……結局は哀れみよりも安堵が勝つんだ。
「今回の証拠は何もなしか。……さて、どうしましょうかね、これ。」
 目を擦りながら広長くんは背伸びをした。
 死人が出た時。真っ先に揉めたのは、後処理だった。
 死体はゲームマスターさんに言えば片してくれるけれど、床は血溜まりのまんまだったから、誰が綺麗にするか、揉めたのだ。
「前回はおれがしたから、いやですよ?流石に今回もはむりです……」
 申し訳なさそうに広長くんは顔の前で手を合わせた。
 さすがに、後輩だからといってこんな仕事を無理に背負わせる気もない。
「じゃあどうしようか……」
 私が問いかけたとて、みんなは口を開かない。そりゃそうだ。私だって処理したくないもの。
「……あ〜、わかった。私がする!」
 退屈な時間に痺れを切らしたのか、凪紗ちゃんが、はい、と手を挙げた。
「え、いいの、凪紗?」
「はい、玲於奈先輩。結局は誰かしないと行けませんし、今回は私がします。」
 あからさまに嫌そうではあるけれど、してくれると言うならお言葉に甘えてしまおう。
「じゃあ、私も一緒にするよ。二人分を一人はさすがにきついでしょ?」
 そう言って恵舞ちゃんも前に出た。
「ありがとう、二人とも。」
 二人には感謝だなぁ……。
 とりあえず、今回は揉めることなく決定。
 解散しよう。
 一人が解散、と口にすると、一気にみんな緊迫感が解け、素に戻る。
 いつも、集まりからいち早く抜けるのは広長先輩と、来栖くんだ。
 他わいもない会話を交わす。
「ねぇ、恵舞ちゃん。」
 私は、恵舞ちゃんを呼び止めた。
「ん?」
「その傷、どうしたの?」
 恵舞ちゃんの左腕を指さして聞いてみた。
 さっきから、気になっていたんだ。
 なにやら包帯がぐるぐると巻かれていたのだから。
「あぁ、これ?転んで顔守ろうとしたら擦りむいちゃって・・・」
「ほんとドジだよね〜」
 あはは、と恥ずかしそうに笑う恵舞ちゃんを、凪紗ちゃんは呆れて苦笑いしていた。
 けど……、
「大丈夫?"包帯からも血が滲んでるけど"……」
 
「っ……。」

 その一言に反応したのは、恵舞ちゃん。
 ……ではなかった。
「あ〜、アスファルトで盛大に転んだから結構いっちゃってさぁ・・・」
「────片付け。」
「「「え、」」」
 三人の会話に、誰かが急に入ってくる。
「片付け変わる。」
 それは、さっきそそくさと帰ったはずの来栖くんだった。
 突然の内容に一瞬思考が止まる。
「え、どうしたの、津……」
 凪紗ちゃんも、突然のことに困惑していた。
 広長先輩と言えば、もう先に一人で一階におりているぽかった。今ここに、こうして話しかけているのは来栖くんだけ。
「ぼくも最年少だし。竜也がこの前したから、次は僕がする。」
 そう言って、払い除けるように私たちを陽菜ちゃんたちの前から引き離した。
「そ、そう?ならお願い……。」
 凪紗ちゃんは、渋々納得して、ここを後にした。
 ……急に変わってあげるなんて、どうしてだろう。
 今まで、声をかけても返事すらしなかったって言うのに。
 自分から……、
 
 ……なんで?

 私は、戻る二人の背後を確認して、チラッと後ろを振り返る。
 陽菜ちゃんたちの前でしゃがみ、まじまじと二人を見ている津くんの姿。
 ……私たちの中でも、彼は特に謎めいている人物の一人だった。

       * * *

 いつもよりも目を少し見開いた違和感を私、……恵舞は見逃さなかった。
「……。」
 初めて津くんの違和感に気づけた。先程の津くんの様子を心理学で当てはめる。
 若干目を見開いたり、瞳孔が拡大する時の心理……、
 目の前のことに興味を示した時に起こるその現象。
 反応したのは、片付けのことについて。そして、私の傷。
 ……──────証拠隠滅のために自ら片付けを名乗り出た?
 分からないけれど、謎めていている奴ほど理解し難い考え方がある。
 来栖 津は、私の中でも要注意人物として名を挙げた。