(その2、魔族帝国支配領域の風景)

1
魔族領域の「駄獣修練所」。
駄獣とは人間のことであって、子供たちは一斉に聖なる祈りの言葉を唱える。

「私ども人間は、劣った劣等な生物です。もったいなくも、魔族様たちに似た出来損ないです。有難くもご奉仕できることが人生の意味だと真理を悟り、食べられることが慈悲であると悟らねばなりません」

余計な知恵をつけると面倒なので、過剰な知識や教養は与えない。ただし奴隷階級・下層の被支配者としての有益性のため、最低限の教育や洗脳は必須。
教師役は人間の老学者。あの旧魔王戦役の時代に、人間領域で大物スパイだった「英雄」である。怒り狂った人間から捕縛されて鼻を削ぐなどの拷問されたが、脱出して魔族支配下に逃げ込んだのだった。
優秀な宦官である英雄先生は誇らしげに訓戒する。

「よろしい。我々人間は、生態学として魔族の下に位置づけられる。人間が魔族を退けて好き勝手やっている人間たちの世界は、自然に反するのである。天命の摂理を理解して、素直に謙虚にまっとうに歩みたまえ。勤勉かつ従順であることを誇りとし、食肉である運命を悟らねばならない」

元脱獄死刑囚だった彼は人間領域にいたときに魔族やシンパと結託して日常的にスパイ・偽計や婦女子拐かし・魔族への人身転売していた。表向きは学校教授だったが組織犯罪が露見し、「摂理を拒否した愚かで呪われた」人間たちから獄中で鼻と陰茎を切り落とされていた。
それから先生は鞭を取り出して、目を血走らせて笑いながら生徒の子供たちを順番に鞭打って廻った。
英雄先生からの将来への心構えを与える教育的指導なのであるから、生徒たちは血塗れになりながら「ありがとうございます!」と感謝であった。


2
(覚悟はしていたはずなのに)

大釜で似られた肉料理の皿に、自分の乳房から母乳をかけながら、そんなことを思う。これは新生児の肉料理で魔族たちの祭儀宴会のための特別なごちそう。
それに我が子を差しだすのはとても名誉なことなのだった。エリート階級である上級下僕である夫に嫁いだときから(玉の輿の気分だったけれど)、最初の子供を食肉に差しだすことは慣習としてわかっていた。
涙が滲んだ目で周囲を見れば、他の女たちにも、何人も顔にアザをつくったり泣いている。きっと同じように物わかりが悪くて、夫に殴られたり言い含められたのだろう。

「この子を連れて逃げましょう。やっぱり私、耐えきれません」

「バカを言うな! 逃げ場などあるものか。今の恵まれた境遇を捨ててのたれ死ぬだけだ」

「でも、人間たちの領土に逃げ込めば」

「どういう目で見られていると思っているんだ? 特に私やお前みたいな魔族の上級下僕は、こっちでは人間の中でエリートでも、あっちから見たら裏切り者や犯罪者扱いされるだけだよ」

逆らう度胸も覚悟もなかった。夫にどころか、自分自身にも。
呪わしい食膳を並べて魔族たちの宴会に立ち合い、それから魔族から夜伽のお誘いがあったので、受けた。有利な愛顧を得るチャンスだったし、せめて今晩としばらくは夫の顔なんか見たくもなかった。