1
「これはシェリーの分。周りの人たちには先に別に買ったお肉を配ってきたから気にしないで。
他の貴族連中たちもこのダンジョンの配下に遣いを送っているかもだし。こういう大事な辺境で頑張っていても、みんな距離があって祭儀に参列できないから」

魔族貴公子の少年アレクセは、手土産に持ってきた「特別な祭儀肉」を手渡す。
シェリーはそれまでのくだけた親愛の態度を改めて、にわかに恭しく跪いて受け取る。恐れではなく、感激と喜びを浮かべて。
魔の都の宗教祭儀の饗宴の「祭儀肉」を、庇護している部下のシェリーに届けてくれたのだ。上位の騎士や準男爵以上の者にしか与えられない名誉を。
しかもお互いに親密な間柄でこそあるにせよ、わざわざ高貴な本人が最前線のダンジョンに足を運んでくれたり、シェリーは胸が一杯になる想いだった。


2
アレクセがお別れのキスをして帰っていった後、シェリーは地下墓地迷宮の一室の小さな祭壇に、賜った祭儀肉を捧げ備えた。

「お母様。シェリーも、ついに祭儀肉を賜れる身分になりました。私のアレクセ様は、本当に素敵な方です」

それは祭儀を伴う饗宴で用いられる、特別な珍味佳肴である。
魔族の支配領域・価値観で下層民・奴隷階級で食用家畜でもある、人間の赤ん坊を母乳で煮込んだもの。人間の上級下僕たちには「初子犠牲」で、統治者である魔族に感謝と忠誠を示す習慣があり、そういった自ら献納されたものが最高とされる。


3
最寄りの魔の都に辿り着いたアレクセは、玄関広間を通りがちに、チラと飾られた剥製を一瞥する。
ガラスケースの中には、加工された人間の若い女があられもない姿で生けるが如くに飾られている。
それはアレクセの、遺伝上の「母」だった。魔族と人間の交配では妊娠する確率は普通よりずっと低いはずなのだが、父の魔族侯爵が愛玩しているうちに自分が出来てしまったそうだ。忌まわしいことこの上もない。

(こんなものが「母親」?)

たしかに魔族の生物学的な亜種だから姿形は似ていたが、シェリーに比べて劣ることはこの上ない。もしシェリーが母親であればどれくらい良かっただろうか?
アレクセは高貴な侯爵(上級魔王)の諸子でありながら、混血雑種であることに強いコンプレックスを持っているのだった。

「お兄様! またシェリーさんのところに行って来たんですって?」

従妹で許嫁のアリッサが、テテっと軽やかな足音で走ってくる。
僅か十歳を出たばかりの子供ながら、少し頬を膨らませているのは、やはり女としての嫉妬だろうか。女傑と知られるシェリーのことを尊敬して慕っている反面で、同性としてライバル視しているらしかった(魔族は若い期間が長いから、いずれそうなりうるだろう)。
アレクセがあえて黙っていると、アリッサは「マザコン」と小さく呟いた。