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お肉よりジャガイモの方が好きだった。だって、ママの同胞の「人間のお肉」なんて、「共食い」という言葉を知ってしまえば食べる気にもなれない。安い代用食品の「血のジャガイモ」と動物のお肉で十分だった。
不幸なことにか幸運なことにか、我が家は魔族伯爵の奴隷愛人である母とその娘の私。それなりに生活は出来たし、割り当てられて公私両面で支給される「高級食肉」は、近所や使用人の魔族たちにお裾分けで良い。それでご機嫌とり出来てお付き合いも円滑無難になるし、魔族の食事に犠牲にされる人間も僅かでも少なくて済むだろう。
「うちの子、ジャガイモやハーブティーの方が好きみたいで」
そんなふうに顔色を周囲の窺って話す母の声には、怯えと共に安堵の響きがあった。そうして「つつましい」生活をしていることで、嫉妬や憎悪を買わなくて済む。人肉は高級な食材だから下級の魔族たちからすれば、常時・大量には食べられない贅沢品でもある。妾腹とはいえ伯爵令嬢でしかも混血雑種の私であっても、普段の食べ物に下層魔族たちと同じようなジャガイモや獣肉ばかり食べていることで、周囲に憎まれる度合いは少なくて済むのだろうし。
魔族伯爵(中級の魔王)の父は「母親似で犬や猫のように金のかからない娘だ」と笑っていたが。父からすれば人間の奴隷女である母は、せいぜい犬や猫などの愛玩動物やペットと変わらなかったのだろう。でも、娘の私のことはそれなりには愛してくれたとは思うし、小さいときに私を膝に乗せて「肉入りのスープ」を自分の皿からスプーンで飲ませてくれたことは、一番古い記憶の一つだった。
きっと母からすれば、肉食獣の群れの中で生活する羊や兎と変わらない立場だったから、心の安まる暇もなかったに違いない。本当に母の味方なのは私だけだっただろう。混血の娘である私の食事の好みに安心して慰めを見いだし、それでも健康を心配して自分の乳房に針やナイフで傷つけて血を舐めさせてくれた。今でも傷だらけになった母の胸のことは良く覚えている。
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負けず嫌いでプライドは高い方だったと思う(魔王伯爵の娘であることに秘かに誇りを持っていたことは否定できない)。だからマナーや態度と物腰の優雅さには拘ったし、剣術や魔術の訓練にも熱中した。
「まあ、あれでも私の娘だから」
よく剣術試合で好成績を残したり、成績が上位で父が嬉しそうだと、私も嬉しかった。少し恐れて距離を置きながらも全く嫌いなわけではなかったし、母の立場も守ってあげなくてはいけないと思っていたから。
母親の違う純粋魔族の兄弟や姉妹たちとも、適当には仲良くしていた。彼らは人間の母のことは奴隷や動物のように蔑んで見下したり無視していたが虐待まではしなかったし(魔王である伯爵家の圧倒的な優越感のせいなのか)、一応は実の姉妹である私にはさほど辛く当たらなかった。血縁者ゆえに弁護するようだが、同族同士での関係としては性格はけっして悪くなかったのかもしれない。混血雑種の変わり種とはいえ、それなりに優秀な私を「血統の良さの証」として喜んでいたのもあるだろうし、後継者争いの順位が問答無用で最低だから警戒されていなかった(むしろ兄弟姉妹の皆から、将来に最側近・片腕になりうる貴重な近親者と見られていた)。
本心を言えば、魔族であることや血筋と家柄だけで胡座をかいて満足しているような同族たちのことは軽蔑していた。数少ない親しい友人だったシェリーは下層魔族の出身だったけれども向上心の強い努力家で、頭も良かったから少し尊敬や共感して一目置いていたのだけれども、食事の好みや考え方が合わなくて最後には仲違いしてしまった。
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それでも周囲の魔族の「同胞」たちに「舐められる」のは勘に触ったし(もちろん疎外感もあった)、健康上の必要もあって人間の生き血を飲むようになった。現実的な話として、優しい哀れな母が亡くなってからは、誰も新鮮な血を飲ませてくれない。だから自分で「狩る」しかないのだ。
それにサキにとっては心の中で「同胞であるはずの母を守ってくれずに虐待して、絶望と魔族への身売りに追いやった、無力で仁義のない人間たち」への恨みもあったから、感情的には意趣返しや当てつけでもあっただろう。人間たちはサキの母のことを「魔族に身売りした裏切り者」と陰口を叩いているようだったが、うち続く戦乱・治安崩壊と便乗した匪賊の跋扈で母がどんな酷い辛酸を舐めたかを知っていれば、「あなたたちなんかに母さんの何がわかるの?」「あんたらがゴミ弱者で信用も当てにもならないからでしょ、人間の同胞より魔族を頼られてる時点で面目丸潰れで自己責任だわ!」と言ってやりたかった。
だったら公私両面で支給される食用人肉を食べまくれば良いようなものだけれど、やっぱり母の同族の人間の命まで奪ってしまうやり方には拒否感や嫌悪感があった。食べるための「高級なお肉」が食卓にあるということは「そのために屠殺・解体された人間がいる」ということだから、あまりいい気分にはなれない(あまり美味しいとも思えなかった)。その点、少しばかり生き血を啜ったくらいだったら人間はそうは死なないのだからかえって気楽なものだったし、逃げて抵抗する人間をやり込めるのは娯楽遊戯のゲームでもある。
「私、お肉より新鮮な生き血を飲む方が好きなの」
そんなふうに言うと、兄弟姉妹たちは「魔族らしくなった」「ワイルドな嗜好」と、安心したように喜んでくれたものだった。父は本心を見透かしてなのか、「殺してその場で「血の生き肉」を食べたらもっと美味いかもしれんぞ」などと意地悪なことを言うものだから、「お肉は血抜きして熟成させた方が美味しいらしいですけど」と正論で言い返したら、生意気な娘の言い分に大笑いしていたものだ。
それから一番に素晴らしい利点は、血を吸って噛み跡をつけることで「獲物の宣言の印」になるために、他の魔族たちが勝手に殺すのは「マナー違反」になることだ。皮肉なことではあったけれども、サキに血を吸われていることで他の魔族による狩猟からは免れやすくなるので、実質的に庇護を与えているのと変わらない(多少気の強い魔族であっても伯爵令嬢には遠慮する)。
だから、わざと人間にとって犠牲者が多い危険地域である場所で、「可愛い」と感じた男の子や子供を狙うことが多かった。「守ってあげている」という力の満足感や優越感、そして「必ずしも危害を加えているだけではない」という自分自身への言い訳にもなっていた。
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そうこうしているうちに、だんだんにサキの習性が「狩り場」の人間たちに知られてしまう。「優しい吸血鬼の綺麗なお姉さん」から血を吸われて勃起してしまうような少年たちが増えてきて、つい好奇心と悪戯心を起こしてしまった。人間とのセックスなんて魔族には割とよくある趣味ではあったし、インモラルでワルぶりたいお年頃でもあったから。
試しにズボンを下ろさせてしゃぶってみたら、これが予想外に楽しくて美味しくて。奥手だったはずのサキが性的興奮とエクスタシーに目覚めたのはそんなときで、何かが開花して吸血鬼というよりもサキュバスになってしまった。どうやら完全に性に合っていた。
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けれども、親友のシェリーとは完全に決裂してしまった。彼女はあくまでも「魔族の娘」だった。
それに、いくら「良い男を紹介するつもりだった」とはいえ、好きでもない相手から集団強姦されれば最悪な気持ちになるに決まっているのだ。悲惨でやるせない。
そんなとき、クリュエルや反魔族レジスタンスの人間たちやエルフ・ドワーフたちに出会った。クリュエルは聖剣詐欺の村でトリックとイカサマを見抜き、魔剣を強奪した「人間」の魔族殺戮者だった。
「どうして私を殺さないんです?」
「あんまり人を食っているようには思えない。それで何なんだ、お前は?」
きっと彼らは「母が待ち望んでついに出会えなかったような人々」だった。
6
そのすぐ後に、もっと決定的な出来事が起こった。
サキが「マーキング」してあった子供や少年少女まで無作法に虐殺されてしまったのだ。どうやらサキを暴行した魔族の貴公子たちが面白半分と求婚アプローチを兼ねてやったらしい。
家の玄関に生首と切り取った人肉・内蔵の「一番美味しいところ」とその骨や革で作ったアクセサリーがお盆に載せて幾つも何度も置かれていた。
とうとうたまりかねて、サキは加害者の男たちを得意の剣術による決闘で斬り殺した。ところがそれも「無礼討ち」「女ながらあっぱれ」とかえって賞賛されて名望が高まり、侯爵の晩餐会に招かれることになる。そこで見たものは人間をなぶり殺しにして振る舞われる「活け作り」による「最高級」の饗宴だった。お互いに殺し合わせて見物したり、痛めつけてレイプしながら切り刻み、生肉を刺身や炙り焼きして歓談している。そのときサキは初めて本気で魔族の同胞を「怖い」「狂っている」と実感した。いかに血縁こそあっても「自分とは違う生き物」としか思えなかったし、子供時代から誤魔化し続けてきた違和感がどうにもならなくなってしまう。
さらに後に、あの友人だったシェリーが人間たちを餌食にして凄まじい悪行残虐の限りを尽くしていると知ったとき、「あの子とはやっぱり絶対にわかり合えない」「もう魔族とは付き合いきれないしついていけない」という思いが決定的になった。しかも赤の他人ではなく、よく知っていたはずの友人だった少女のやっていることだから、よけいに心情として受け入れ難かった。
期待を裏切られたような寂寥感もあったが嫌悪と拒否感が勝っていた。個人同士ではさほど関係も悪くなかったが、あまりにも価値観と感覚が違い過ぎた。無邪気な子供でなくなれば曖昧な信頼で納得し続けるには限界があっただろう。
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ついに脱走・逃亡して数年後に、サキは家の伯爵と領地を襲名していた長兄に決闘を挑んで、名目上ではあったが「男爵」の称号と小さな領地を手に入れた。
長兄は父を殺してその地位を簒奪し、継承のライバルだった母違いの次兄と一族を皆殺しにして、次兄の同腹だった異母姉を手足を切り落とし地下の座敷牢で妾にしていたそうだ。
戦場で敵として再会したときには片腕を失って敗走中だったけれど、ハンカチを投げて「決闘」を宣言するととても喜んでくれた。
「おお、我が妹よ! 下等な人間どもと通じるとは悪辣千万なことよ! 雑種の変態趣味もまた面白い味なものだな。私の首級が欲しければ力ずくで奪うが良い! それでこそ魔族の、我が家系の末娘よ! お前のことは気に入っていた。いつか食ってやろうかとも思っていたものだ」
既に重傷を負っていた兄は力なく、数度の打ち合いで致命傷を受けて倒れた。
「小さいときにネックレスをプレゼントしてくれましたよね。人間の頭蓋骨を切った細工物の高級品。でも、私が本当に嬉しかったのは、兄さんが庭で花を折って髪に挿してくれたことなんです」
「そうなのか? ふふ」
「いつだったか私がジャガイモとハーブだけのスープ作ったの、兄さんも姉さんも「たまには悪くない」って」
「ふふん、あんな粗食でも、お前があんまり自信満々だから、みんな食わないわけにはいかなかったさ」
魔王伯爵の兄は事切れた。
遺体は人間のレジスタンスの許可を得て、遺児と兄の妾にされていた異母姉のところに送った。決闘勝利者であるサキが過半の権利を放棄したため、彼ら二人には魔族側の支配領域で子爵・男爵の称号と領地三つほどが残ったそうだ。家の存続と名誉が守れたのはせめてものはなむけだろうか?(あのまま人間に討たれれば、不名誉で減封かお家取り潰しは必至だっただろう)
サキは(魔族側の価値観・身分システムで)「男爵」として教会堂のある村の周辺の、名目上の領主になった。魔族の侵攻で一時的に新しく、伯爵家一族の飛び地に指定・配分されていたエリアだった。どのみち辺境である上に近くに「原人騎士クリュエル」や「レサパン・ザ・グレート」がいる、魔族側にとっては危険地帯で「食えない林檎」だから、かえって好都合でうってつけだった。
たぶん私はもう魔族じゃない。サキュバスの姫男爵・魔女王で、別の新しい種族と家系の一代目なのだ。でも父母は案外に納得してくれるかもしれない。
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魔族の拠点であるネクロポリス・ダンジョンがある周辺の地区・地域は悪影響なのか、治安崩壊した無法地帯と化していた。
ただでさえ、無法者やギャング・匪賊が流入・集結してくる上に、バックに魔族が控えている。現地の自治体や保安組織は無力なもので、村人や住民たちはやりたい放題に虐げられる。
今や「犯罪者が政府」の有様である。麻薬製造のコカ畑プランテーションで村人たちも奴隷労働と共犯にされていく。現地の組織売春どころか周辺の地域にまで遠征して、無関係な外部からまで女子供や住民たちを拉致していく始末だった。
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「こいつらは逃げようとした! 逃亡は重罪だ!」
地域から逃げようとして捕まった若者たちが広場に集められる。何人かは捕縛時に殺されていて、生きている者たちも多くが負傷しているのだった。
村人たちは恐れて遠巻きに見守るしかない。かつてギャングに抵抗した保安官は一家皆殺しにされ、より従順で言いなりになる後任者は見て見ぬ振りしている。
今や、ギャングが支配階級のエリートだった。こうなってしまうと魔族すら関係なく、「人間の敵は人間」の古来の有様だ。
「おい、手伝いたい奴は前に出ろよ! 出世するチャンスだぞ!」
村人の何人かがフラフラと前に出る。この地域で旨みのある立場になりたければ、ギャングの手下になることが近道なのだ。
彼らによって逃亡未遂者たちはリンチとレイプで全員虐殺された。屍肉はネクロポリス・ダンジョンの魔族たちに貢納されたことは言うまでもなかった。
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外部への遠征・略奪と拉致は日常茶飯事だったが、教会堂の村やエルフ・ドワーフの山村には手を出しかねている。冒険狩人ギルドなどの強力な自衛組織があって、暴力報復されるリスクがあるからだった。
それでも何度か誤って手を出してしまい、下手人たちが逆に殺されて送り返されてきたこともあった(樽に詰められた塩漬け肉になり上に生首が載っていた)。報復で麻薬畑に放火・焼き討ちして「全員連帯責任と見做す」と無差別殺戮までしてくる凶暴性に恐れをなして、ひとまず引き下がるしかなかった。
「奴らは話が通じねえ!」
ネクロポリス地域のギャングたちは、教会堂村周辺の冒険狩人ギルドなどの自警組織に恐怖して為す術もなかった。
そこで「哀れな避難民・逃亡者」を偽装して、スパイや破壊工作員を送り込もうと頻繁に試みている。しかし旧魔王戦役時代の猛者・経験者が多いために警戒が固いようで、「人権・博愛詐欺」すら通用しにくい。
もしこんな「防衛線」がなかったら、とっくに大規模に浸食・支配圏乗っ取り出来ていたことだろう。背後の人間の都市にまで買収やスパイ工作して切り崩しを図っており、それでずっと暗闘が続いているらしい。
結局のところ、平和や正義を担保しうるのは、敵や不正を上回る狡知と暴力あるのみなのであった。
(続き、解決編)
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ネクロポリス地域のギャング支配下にある麻薬畑村の一つが、教会堂村グループの冒険狩人ギルド(自衛組織)から報復攻撃されたときのこと。
直接のきっかけは、ギャング匪賊の略奪部隊があちら側の村人を強盗殺人して、娘を誘拐したこと。ただし、大規模な麻薬栽培と密輸販売で、前々から睨まれていると囁かれていた。
冒険狩人ギルドと都市防衛隊の精鋭が四十名ほど。いきなり攻撃を仕掛け、武器を持っている者・手向かったギャング構成員を殺しまくったという。
「あいつら、こっちが天然物で慎ましく商売してるのに、こんな大規模に人工栽培して相手構わず売りつけやがって!
こっちゃ、人間に流通したり使って毒にならないように気をつけてるのに。子供に酒や煙草売ったらダメだってのと同じだって、わからねえのかな?」
麻薬畑を見舞わして、レサパン・ファルコンが腕組みして怒り心頭(レッサーパンダと化した獣人魔導師)。彼はレサパン商会のオーナーで、一部で魔族に天然物の麻薬や幻覚剤を売りつけたりもしているらしい。
ただ、彼なりの「商業倫理」もあるようだ。山などで天然物で採取された麻薬植物を買い取るのは、人間領域でむやみに流通させないための配慮でもあった。ゆえに人工の大規模な麻薬栽培には否定的な立場で、都市の政府や村の自治体からも「魔族用嗜好品」「医療用限定」として取り扱いの認可されている。
同じ毒物や麻薬でも、それを使う相手が魔族であれば、普通の人間よりもまだ中毒耐性があるし実害がない(最悪、魔族なら死んだりしても構わないという冷淡な判断なのか?)。
2
とりあえず、麻薬畑は火を放って焼き払った。
それから、捕虜にした村人二百人ほどを前に、クリュエルは発案する。彼は人間ながらエルフ・ドワーフの作った魔獣の荒革の鎧を愛用していることから「原人騎士」と呼ばれている。
「ディーエイチの刑でどうかと思うのだが」
「ふむ。して、ディーエイチとは?」
「十分の一のことさ」
それは古文献で古代ルーム帝国の軍隊で用いられた刑罰だ。問題行動を起こした部隊の十人に一人を、自分たちで殺して反省させる。
それで捕虜になった麻薬畑村の村人たちは、ギャング構成員などの「特に悪い奴」を二十人ほど、自分たちで袋叩きにして殺した。彼ら自身もギャングの被害者という一面があったから、拒否や遠慮する理由もない。
それから、クリュエルはもう一つ発案した。
「今後の商用作物は、タバコやコーヒーでも作ったらどうだろうか? それと山裾を開墾して小麦とトウモロコシを自給用に栽培する。灌漑設備の工事は冒険狩人ギルドで請け負うが、君ら自身も一緒に手伝ってくれ」
こうして村の支配者が変わったわけだが、搾取率の低さと治安回復に殖産興業、教育や医療も向上して「ずいぶん世の中や生活が良くなった」らしい(当事者の「解放された」村人たち曰く)。
暴力と狡知だけでは統治者として失格であり、やはり思慮と倫理観の有無は決定的だったようだ。
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ギャングたちは、ネクロポリス・ダンジョンの魔族たちに助けを求めた。失われた貴重な支配領域を奪還して、面目と利益を回復するために。
しかし魔族たちの返事は冷たいものだった。
「だから言っただろ? あいつらにだけは喧嘩売ったら駄目だって。あのクリュエルとレッサーパンダ、魔族換算で下手な「伯爵」(中級魔王)より強いんだわ。
あいつらに旧魔王戦役で、魔族の騎士や貴族がどれだけ殺しまくられたと?」
そしてヘマをやったギャングのボスや幹部の何人かが、見せしめに「食肉」にされたそうだ。
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「これはシェリーの分。周りの人たちには先に別に買ったお肉を配ってきたから気にしないで。
他の貴族連中たちもこのダンジョンの配下に遣いを送っているかもだし。こういう大事な辺境で頑張っていても、みんな距離があって祭儀に参列できないから」
魔族貴公子の少年アレクセは、手土産に持ってきた「特別な祭儀肉」を手渡す。
シェリーはそれまでのくだけた親愛の態度を改めて、にわかに恭しく跪いて受け取る。恐れではなく、感激と喜びを浮かべて。
魔の都の宗教祭儀の饗宴の「祭儀肉」を、庇護している部下のシェリーに届けてくれたのだ。上位の騎士や準男爵以上の者にしか与えられない名誉を。
しかもお互いに親密な間柄でこそあるにせよ、わざわざ高貴な本人が最前線のダンジョンに足を運んでくれたり、シェリーは胸が一杯になる想いだった。
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アレクセがお別れのキスをして帰っていった後、シェリーは地下墓地迷宮の一室の小さな祭壇に、賜った祭儀肉を捧げ備えた。
「お母様。シェリーも、ついに祭儀肉を賜れる身分になりました。私のアレクセ様は、本当に素敵な方です」
それは祭儀を伴う饗宴で用いられる、特別な珍味佳肴である。
魔族の支配領域・価値観で下層民・奴隷階級で食用家畜でもある、人間の赤ん坊を母乳で煮込んだもの。人間の上級下僕たちには「初子犠牲」で、統治者である魔族に感謝と忠誠を示す習慣があり、そういった自ら献納されたものが最高とされる。
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最寄りの魔の都に辿り着いたアレクセは、玄関広間を通りがちに、チラと飾られた剥製を一瞥する。
ガラスケースの中には、加工された人間の若い女があられもない姿で生けるが如くに飾られている。
それはアレクセの、遺伝上の「母」だった。魔族と人間の交配では妊娠する確率は普通よりずっと低いはずなのだが、父の魔族侯爵が愛玩しているうちに自分が出来てしまったそうだ。忌まわしいことこの上もない。
(こんなものが「母親」?)
たしかに魔族の生物学的な亜種だから姿形は似ていたが、シェリーに比べて劣ることはこの上ない。もしシェリーが母親であればどれくらい良かっただろうか?
アレクセは高貴な侯爵(上級魔王)の諸子でありながら、混血雑種であることに強いコンプレックスを持っているのだった。
「お兄様! またシェリーさんのところに行って来たんですって?」
従妹で許嫁のアリッサが、テテっと軽やかな足音で走ってくる。
僅か十歳を出たばかりの子供ながら、少し頬を膨らませているのは、やはり女としての嫉妬だろうか。女傑と知られるシェリーのことを尊敬して慕っている反面で、同性としてライバル視しているらしかった(魔族は若い期間が長いから、いずれそうなりうるだろう)。
アレクセがあえて黙っていると、アリッサは「マザコン」と小さく呟いた。
(その2、魔族帝国支配領域の風景)
1
魔族領域の「駄獣修練所」。
駄獣とは人間のことであって、子供たちは一斉に聖なる祈りの言葉を唱える。
「私ども人間は、劣った劣等な生物です。もったいなくも、魔族様たちに似た出来損ないです。有難くもご奉仕できることが人生の意味だと真理を悟り、食べられることが慈悲であると悟らねばなりません」
余計な知恵をつけると面倒なので、過剰な知識や教養は与えない。ただし奴隷階級・下層の被支配者としての有益性のため、最低限の教育や洗脳は必須。
教師役は人間の老学者。あの旧魔王戦役の時代に、人間領域で大物スパイだった「英雄」である。怒り狂った人間から捕縛されて鼻を削ぐなどの拷問されたが、脱出して魔族支配下に逃げ込んだのだった。
優秀な宦官である英雄先生は誇らしげに訓戒する。
「よろしい。我々人間は、生態学として魔族の下に位置づけられる。人間が魔族を退けて好き勝手やっている人間たちの世界は、自然に反するのである。天命の摂理を理解して、素直に謙虚にまっとうに歩みたまえ。勤勉かつ従順であることを誇りとし、食肉である運命を悟らねばならない」
元脱獄死刑囚だった彼は人間領域にいたときに魔族やシンパと結託して日常的にスパイ・偽計や婦女子拐かし・魔族への人身転売していた。表向きは学校教授だったが組織犯罪が露見し、「摂理を拒否した愚かで呪われた」人間たちから獄中で鼻と陰茎を切り落とされていた。
それから先生は鞭を取り出して、目を血走らせて笑いながら生徒の子供たちを順番に鞭打って廻った。
英雄先生からの将来への心構えを与える教育的指導なのであるから、生徒たちは血塗れになりながら「ありがとうございます!」と感謝であった。
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(覚悟はしていたはずなのに)
大釜で似られた肉料理の皿に、自分の乳房から母乳をかけながら、そんなことを思う。これは新生児の肉料理で魔族たちの祭儀宴会のための特別なごちそう。
それに我が子を差しだすのはとても名誉なことなのだった。エリート階級である上級下僕である夫に嫁いだときから(玉の輿の気分だったけれど)、最初の子供を食肉に差しだすことは慣習としてわかっていた。
涙が滲んだ目で周囲を見れば、他の女たちにも、何人も顔にアザをつくったり泣いている。きっと同じように物わかりが悪くて、夫に殴られたり言い含められたのだろう。
「この子を連れて逃げましょう。やっぱり私、耐えきれません」
「バカを言うな! 逃げ場などあるものか。今の恵まれた境遇を捨ててのたれ死ぬだけだ」
「でも、人間たちの領土に逃げ込めば」
「どういう目で見られていると思っているんだ? 特に私やお前みたいな魔族の上級下僕は、こっちでは人間の中でエリートでも、あっちから見たら裏切り者や犯罪者扱いされるだけだよ」
逆らう度胸も覚悟もなかった。夫にどころか、自分自身にも。
呪わしい食膳を並べて魔族たちの宴会に立ち合い、それから魔族から夜伽のお誘いがあったので、受けた。有利な愛顧を得るチャンスだったし、せめて今晩としばらくは夫の顔なんか見たくもなかった。
(お知らせ)一部・同時掲載作品の掲載中止など/インターネットやこの投稿サイトへの疑念と自分自身のスタンス
実は、直後に別の短編作品(過去作・ワープロ書き)も載せてみたのだが、何故か半日くらい経っても「更新・宣伝ボタン」も「完結ボタン」も押したのに、トップページの新着・完結欄に掲載されない。そこで掲載・公開を中止した。
何かしらサイトの運営側が「匙加減」したのだろうかとも思うが、妙に「一般の投稿者・件数が少ない」気がしなくもない(一日に数件くらい?)。また、ランキングなどでも「何を基準に?」という気がしなくもない(「今読みたい作品」で編集部プッシュされたリスト順位やら、ランキングでいいねボタンが百以上のものより数個のものが上だったり。そもそも「いいね」投票にしても、おそらくアカウント持ちしか投票できないだろうし、運営側にせよ何かしらのグループにせよ「操作しようとすれば出来てしまう」のだから)。
インターネットのこの手の投稿サイトやSNSなどは、特定左翼の思惑や在日コリアンに裏で検閲(不都合情報の隠蔽や抹殺など)や各種コントロールされているという見方もあるようだ(おかしいのはマスメディアだけでないらしい?)。
疑って勘繰って過剰に否定的になるのはどうかとも思いつつ、ひとまずこちらの(のべま!)アカウントは一部の作品の保管庫・閲覧室や試作・練習帳くらいに思っておく。