5
けれども、親友のシェリーとは完全に決裂してしまった。彼女はあくまでも「魔族の娘」だった。
それに、いくら「良い男を紹介するつもりだった」とはいえ、好きでもない相手から集団強姦されれば最悪な気持ちになるに決まっているのだ。悲惨でやるせない。
そんなとき、クリュエルや反魔族レジスタンスの人間たちやエルフ・ドワーフたちに出会った。クリュエルは聖剣詐欺の村でトリックとイカサマを見抜き、魔剣を強奪した「人間」の魔族殺戮者だった。

「どうして私を殺さないんです?」

「あんまり人を食っているようには思えない。それで何なんだ、お前は?」

きっと彼らは「母が待ち望んでついに出会えなかったような人々」だった。


6
そのすぐ後に、もっと決定的な出来事が起こった。
サキが「マーキング」してあった子供や少年少女まで無作法に虐殺されてしまったのだ。どうやらサキを暴行した魔族の貴公子たちが面白半分と求婚アプローチを兼ねてやったらしい。
家の玄関に生首と切り取った人肉・内蔵の「一番美味しいところ」とその骨や革で作ったアクセサリーがお盆に載せて幾つも何度も置かれていた。
とうとうたまりかねて、サキは加害者の男たちを得意の剣術による決闘で斬り殺した。ところがそれも「無礼討ち」「女ながらあっぱれ」とかえって賞賛されて名望が高まり、侯爵の晩餐会に招かれることになる。そこで見たものは人間をなぶり殺しにして振る舞われる「活け作り」による「最高級」の饗宴だった。お互いに殺し合わせて見物したり、痛めつけてレイプしながら切り刻み、生肉を刺身や炙り焼きして歓談している。そのときサキは初めて本気で魔族の同胞を「怖い」「狂っている」と実感した。いかに血縁こそあっても「自分とは違う生き物」としか思えなかったし、子供時代から誤魔化し続けてきた違和感がどうにもならなくなってしまう。
さらに後に、あの友人だったシェリーが人間たちを餌食にして凄まじい悪行残虐の限りを尽くしていると知ったとき、「あの子とはやっぱり絶対にわかり合えない」「もう魔族とは付き合いきれないしついていけない」という思いが決定的になった。しかも赤の他人ではなく、よく知っていたはずの友人だった少女のやっていることだから、よけいに心情として受け入れ難かった。
期待を裏切られたような寂寥感もあったが嫌悪と拒否感が勝っていた。個人同士ではさほど関係も悪くなかったが、あまりにも価値観と感覚が違い過ぎた。無邪気な子供でなくなれば曖昧な信頼で納得し続けるには限界があっただろう。


7
ついに脱走・逃亡して数年後に、サキは家の伯爵と領地を襲名していた長兄に決闘を挑んで、名目上ではあったが「男爵」の称号と小さな領地を手に入れた。
長兄は父を殺してその地位を簒奪し、継承のライバルだった母違いの次兄と一族を皆殺しにして、次兄の同腹だった異母姉を手足を切り落とし地下の座敷牢で妾にしていたそうだ。
戦場で敵として再会したときには片腕を失って敗走中だったけれど、ハンカチを投げて「決闘」を宣言するととても喜んでくれた。

「おお、我が妹よ! 下等な人間どもと通じるとは悪辣千万なことよ! 雑種の変態趣味もまた面白い味なものだな。私の首級が欲しければ力ずくで奪うが良い! それでこそ魔族の、我が家系の末娘よ! お前のことは気に入っていた。いつか食ってやろうかとも思っていたものだ」

既に重傷を負っていた兄は力なく、数度の打ち合いで致命傷を受けて倒れた。

「小さいときにネックレスをプレゼントしてくれましたよね。人間の頭蓋骨を切った細工物の高級品。でも、私が本当に嬉しかったのは、兄さんが庭で花を折って髪に挿してくれたことなんです」

「そうなのか? ふふ」

「いつだったか私がジャガイモとハーブだけのスープ作ったの、兄さんも姉さんも「たまには悪くない」って」

「ふふん、あんな粗食でも、お前があんまり自信満々だから、みんな食わないわけにはいかなかったさ」

魔王伯爵の兄は事切れた。
遺体は人間のレジスタンスの許可を得て、遺児と兄の妾にされていた異母姉のところに送った。決闘勝利者であるサキが過半の権利を放棄したため、彼ら二人には魔族側の支配領域で子爵・男爵の称号と領地三つほどが残ったそうだ。家の存続と名誉が守れたのはせめてものはなむけだろうか?(あのまま人間に討たれれば、不名誉で減封かお家取り潰しは必至だっただろう)
サキは(魔族側の価値観・身分システムで)「男爵」として教会堂のある村の周辺の、名目上の領主になった。魔族の侵攻で一時的に新しく、伯爵家一族の飛び地に指定・配分されていたエリアだった。どのみち辺境である上に近くに「原人騎士クリュエル」や「レサパン・ザ・グレート」がいる、魔族側にとっては危険地帯で「食えない林檎」だから、かえって好都合でうってつけだった。
たぶん私はもう魔族じゃない。サキュバスの姫男爵・魔女王で、別の新しい種族と家系の一代目なのだ。でも父母は案外に納得してくれるかもしれない。