1

その「子爵」の領地では夜になると吸血鬼たちが血を吸い、新月と満月の晩には鬼たちに肉を切り取られ、殺されることもある。夏至と冬至には魔族たちが「狩り祭儀」と「祭祀酒宴」をするために人が殺され、人間の血と母乳で作ったお酒祝杯があげられる。

そんな地域に定められたルールのおかげで、とても平和だった。魔族の伝統慣習や生理的な必要で食人をやめるわけにはいかないが。

だから人間たちは安心して農作業や手仕事に励めたために生産性も高く、人口も増加して都市になり、工場・工房も増えてあまり大きくはないながらにも繁栄している地域である(とはいえ元が伯爵領だったのを分割したため、隣接する親族の子爵・男爵と合わせれば悪くない規模だった)。そのために周囲の他の魔族たちの領地から移住を希望する下層民(人間)も多かったが、行政措置で制限がとられていた。

特産品の一つは「血のジャガイモ」や「紫のハーブ」で(魔族にとっては人肉の代用食になる)、しかも人間側の統治している領域で開発された新種。それは領主のニキータ子爵家の、人間側にいる混血の親族サキの仲介で贈られて、栽培されるようになったものだった。



2
月の明るい満月の晩には「死神」がやってくる。


「こんばんは」


ドアをノックすると扉が開いて、老婆が顔を出した。


「お迎えに来ました」


「おや、まあ」


老婆は訪問者、二人の黒いドレスの少女に、驚きながらもニッコリとして、部屋の奥に呼ばわった。


「あんた! 領主の嬢ちゃんたちが来てくれたわよ!」


意図はわかっている。

二人の娘は、死体を運ぶためのソリを羊に引かせているのだから。備え付けられた大鎌には血の跡がうっすらと残っている。


「ねえ、うちの人のついでに、私も連れていっておくれないかい? いい歳だし、一人でいるのも」


「どうする?」


「急がなくっても、来月でもいいと思うけれど。慌てて一晩に何人も殺したらダメなことは知ってるでしょ? でも、どうしてもと言うなら、他の(魔族の)騎士や配下の者たちをこれから呼んできましょう。みんな喜ぶかもですし」


三人の女はペチャクチャ喋りながら、今晩の「食肉候補」のお爺さんにも意見と希望を聞きにいった。

それから、二人が領地内の魔族たちに今晩の「晩餐」を知らせに行って、個々に人を襲うのを中止させた。




3
その頃、別の場所では「密漁者」との戦いが続いていた。

獲物となる人間が多い領地では、外部の他の場所から別の魔族が「密猟」にやってくる。彼らの法律では、定められた領地・縄張りで人間を殺して食肉にするのには、「領主」である魔族の許可が必要ということになっている。配下の騎士や領民である一般の魔族たちは、領主(大小の魔王)の命令に従わねばならない。

しかし「魔族」のすることだから基本が「力こそ正義」であるために、こういう「密猟」や家畜(人間)泥棒の誘拐はあとを絶たない。獲物(人間)の乱獲や魔族同士での内ゲバをやるので、概して言えば「魔族の支配下にある領域は荒廃・困窮する」。

ニキータ領は例外の部類であることもあって、現地の魔族と人間の自警団で防衛するしかない。



4

その日の「晩餐」では、あの人間の老夫妻と「密猟魔族」三人の屍肉で大漁豪勢。

魔族の世界にも刑法はあるし、むやみに同胞を殺すのは建前として違法。しかし一定の条件下では「武勇」として賞賛され、共食いですら禁忌ではない。


「あら、今日のディナーは豪勢なのねえ」


子爵の母夫人、車椅子からご満悦。

サキの異母姉なのだが長兄の下克上と、次兄の主導権争いに巻き込まれ、手足を切り落とされて地下の座敷牢で長兄の愛妾になっていたことがある。

そのときに孕んだ長男がもう一人の子爵になっている、この宴の主催者。魔族は遺伝子から障害因子がかなりの程度に除去されているため、近親交配ですら必ずしもタブーではない。

人肉と魔族肉のスープ(骨ダシをとった)は人間の戦士たちや、領民の希望者たちにも配られた。犠牲老人夫妻の遺徳を褒め讃えつつ、「俺たちって何なんだろう?」「魔族超えてるよな」などとみんなでゲラゲラ大笑い。



5
後に、他の魔族たちから大軍で包囲攻撃・虜囚されてしまい、楽園崩壊した。

ニキータ子爵の一族は、生き残りの三分の一ほどの人間を連れて、境界に近いネクロポリスの近くに集団移住したそうだ。