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かつての「旧魔王戦乱」の終盤のエピソード。
それまでの悪行非道が祟ってついに捕縛され、囚われた監獄で人間たちから散々に復讐・虐待される魔族の羅刹娘シェリー。見た目が美少女であるために男たちから(以下略)。
けれど、彼女が本当に恐れているのは、実はお人好しな男たちではなかった。まだ男たちが相手であれば(よぼどのサイコパス異常者でもない限り)自然な心理での「女性への同情・優しさや庇護欲」が全くなくもなかったし、媚びた色仕掛けで多少の慈悲も期待できた。居直れば「逆ハーレム」「倒錯プレイ」として楽しんだり、心身の苦痛を誤魔化すことだって出来た。何人かのお気に入り・態度が良い男たちを「ペットや愛人みたいなもの」だと思って心慰めたり。
シェリーが本当に恐ろしいもの。それは「同性である女たち」であった。お色気や媚態・哀願も一切に通用しやしない。魔族の羅刹娘も恐れ慄く「鬼畜」ども。
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特別牢獄の土と石壁の通路から忌まわしい足音と、さんざめく話し笑う声が聞こえてくる。この世の何者よりもおぞましい「女たち」が来たのだ。
シェリーはビクリと身体を震わせて首をすくめてしまう。早くも顔を青ざめさせていた。手狭な独房を哀れな視線で眺め回し、無駄と知りながらも逃げ隠れ出来る場所を探すのは本能だった。頭の中では、どうやったら苦痛を軽く手短にやり過ごせるものかと、懸命に脳がショートするくらいに無駄な足掻きの思念を駆け巡らせる。
「それでさ、教会病院のサキちゃんのところで好きにさせといてやったワケ。流石に初産で臨月の嫁に無理させられないし」
「へー、良かったじゃん。お嫁さんも寛大だわー。サキ先生もよくやってくれたのねえ、あの人は優しいのとエロで貪欲なのと両方っぽいけど」
「おかしなのに浮気していれ込まれるよりかは良いだろうしねえ。あの人って上位免疫あるから安全だし、もう「そういう人」で「みんな」やってるし知ってるから。それに生まれた子供とかも病気とか何やらかんやらでお世話になるかもだから、「ご挨拶」も兼ねてってね」
クスクス笑い混じりで聞こえてくる雑談は「サキュバス姫男爵」のサキの話題だった。彼女は父親が魔族で母親は人間の奴隷女だったそうだが、むしろ人間たちと仲が良いらしい。
通常の魔族は力と若さや健康を維持するため、人間血肉を喰らって特殊な酵素を補充しなければならず、それが精神文化と上位者としての誇りでもある。だがサキは母親が人間であるためになのか、人肉を嫌っていた。血を吸ったりもするらしいのだが、一番の好みは人間やエルフの男の精液であるらしく、それで「サキュバス」などと呼ばれている。
シェリーのように純血やそれに近い「硬派なアイデンティティを持つ正統派」の魔族たちからすれば「サキュバス」などは蔑称でしかないだろう。だが人間の側からすれば「人食い鬼」よりよほど良いだろうし、サキの性格からしても人間やエルフに馴染みやすかったらしい。
そして、どういうわけなのか人間の「殺戮者クリュエル」と親しく、彼から「符呪」「結界」の魔術なども教わって「男爵」の地位・縄張りまで手に入れている。通常は混血などの二等魔族は上級魔術の手ほどきを受けられないし(多くは資質が劣っている)、「魔王株」もめったに与えられないはずなのだが(「魔王株」というのは魔族側の制度で、爵位などの地位と縄張りの領地がセットになったものだ)。
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いつかの、サキとの会話が脳裏をよぎる。
「人間もろくに食べないとか
おかしいよ。雑種だからしょーがないとか思わず、もうちょっと魔族のプライド持ったら? そんな風だからみんなからも舐められるんじゃん。あんただけじゃなくって魔族全部がさ」
「あら? 共食いしないと生きていけない方こそ「出来損ない」なんじゃないの?」
たしか、ずっと昔の子供の頃のことだった。
魔族といえども下層階級の出身だったシェリーは、雑種ハーフのサキとはよく一緒にいることが多かったように思う。伯爵の妾腹だから金がないわけでもないだろうに、主に下層階級魔族のための人肉代用食である「血のジャガイモ」などばかりを好んで食べていることもあって、親しみやすかったからだ。
当時のサキは痩せた女の子だった。人肉をあまり食べたがらないせいなのか発育が悪く、人間の母親がたまに乳房から血を飲ませていたらしい。
なんだか可哀想に思ったシェリーは、市場で買った食用の人肉を手料理のサンドイッチやシチューにして、何度もサキに勧めてみたことがある。けれどもサキは謝絶して食べようとせず、なんだか裏切られた気持ちになって、それから彼女とも疎遠になってシェリーはもっと孤独になった。
後にサキが「サキュバス」をやって人間の男たちの体液を飲んだり、もっと忌まわしいやり方で摂取していると人伝に聞いたときには、ショックで眩暈がして吐いてしまった。
「ねえ、あんた。あの噂って本当なの?」
「噂?」
「……あんたが、その、人間の男と」
駆けつけ、再会したサキはいくらか血色が良くなって、人間なら二十歳前ほどの美しい娘になっていた。
けれども安堵しつつも、シェリーの胸の中は罪悪感でいっぱいだった。「どうしてもっと熱心に人肉を勧めてあげなかったのか?」。上位の存在であるはずの魔族からすれば、人間との性行為は変態趣味でしかない(実際には多かったが、あくまでも「奴隷や玩具」が建て前なのだ)。特に魔族の女性が食事目的で精液乞食するのは屈辱的ですらある。
「やっぱり、身体の具合が辛かった? そんな片意地はらずに一緒にレストラン行こうよ! 今日くらいおごってあげるからさ!」
「人肉(ひとにく)?」
「うん! 美味しい店知ってるから」
「遠慮しとく。ジャガイモあるし、たまに補充してる」
そんな返事に、シェリーは口をへの字に曲げた。
「そんなことしてたら、お嫁にいけなくなるよ。サキは家柄も良いんだし美人じゃん! 雑種でも気にしなくたって、いい旦那さんとか愛人が見つかるでしょ?」
遠い小さな子供の頃。シェリーが転んで血が出た膝小僧を、サキが舐めてくれたことがある(友情を抱くようになったのはそれからだっただろうか?)。あの優しい舌と唇が下等な人間のオスのナニを咥えているというのは不愉快極まりない。
しかしサキはかぶりを左右にして、想像よりもずっと酷いことを言う。
「構わないわ。貴族とかお金持ちの奥さんになんかなったら、毎日人間を料理したり食べなきゃいけなくなるでしょ?」
「本当に?」
「うん。血のジャガイモ好きだし、母さんの手料理だったから。それに」
「それに、って?」
「よくスラムで人間の男の人を誘ってチューチューってね。とっても喜んでくれるしぃ。人間の男の子って、可愛いの。思春期くらいだと夢中になっちゃって凄い勢いで、この前はお尻に」
パンっ!
嬉々として話すサキの横っ面に、シェリーは考える前にビンタを張っていた。
「信じられないっ! 最低だわ!」
たとえ生まれが低く貧しくとも「正統派の魔族」として誇りや規範意識と上昇志向を持っているシェリーからすれば、サキは敗北主義者でしかなかった。しかも度し難い変態に堕ちてしまっているキチガイ女め。
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その後で、シェリーは親しく親身になってくれている従兄に相談した。彼は騎士になっていて、貴族の男性にも何人か友人がいる。
「友達を助けてあげて欲しいんだ。美人だけど偏食とノイローゼでさ、それで身を持ち崩しそうになってて。でも悪い子じゃないから、どこかの貴族のお妾さんとかだったら、十分イケると思うよ。いっそ、私に紹介してくれてる人たちに、私と一緒に嫁いでも良いし」
従妹のシェリーから事情を聞いた従兄は、友人の貴公子たちとサキを輪姦レイプした。幸いにも彼女はまだ処女だったようだ。
シェリーは同伴して、ニヤニヤ笑ってそれを眺めていた。やはりサキのような上等な娘は、一流の魔族に囲われるべきだし、やっと友人も目を覚ますだろうと。
だから、事後に二人になってから勝利顔で告げた。
「それで、あの中で誰が気に入った? あいつらってエリートだし、従兄のアニキの友達だし。サキはお母さんは奴隷猿でも、伯爵の子供なんだし、いくらでも良い貰い手あるんじゃない?
あとで「処女を奪われた」って言ってやったら、もう正式に愛人にするしかなくなるよ。私も証人になってあげるからさ!」
「あなたがやったの?」
予想外にも、サキはひどく心を傷つけられた様子で(何故泣いていたのだろうか?)黙って立ち上がり、「あんたなんか大嫌い!」と呟いて立ち去ってしまう。シェリーは、人間にザーメン乞食する変態女にまで倫理観やプライドが落ちぶれたサキが、やや強引とはいえ降って湧いた「僥倖」に激怒するのが理解不能だった。
それが価値観の噛み合わない二人の喧嘩別れで、長い因縁の始まりだった。
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やがて、鉄格子の向こうに忌まわしい人間の女たちが現れ、シェリーは現実に引き戻される。
彼女たちは日々に魔族の脅威と恐怖に怯え続け、本人が直接・間接の被害を受けたり、身内が犠牲になっている者も少なくない。ゆえに復讐心旺盛で陰険で残酷だった。
「おーい、魔族の便所女、生きてる? 男どもだけじゃお仕置きにならないかもだから、私たちが手伝ってあげに来たの。感謝しろっつーの!」
「そーよねー。どうせスキモノだし、悦んでるだけでしょ? 男って、ちょっと見た目がいい女には甘いからさぁ」
頷き合いながら獄中に入ってくる。シェリーは魔族ではあるのだけれども、人間の呪いで魔力を失っているのだった。
鎖がジャラジャラと引っ張られると、両腕で吊り下げられてしまう。手錠の鎖が天井の滑車につなげられているのだった。
「さぁて、今日はどうしようかしら?」
「じゃん! こんなの、持ってきましたあ!」
わざとらしいやり取りではしゃぐ復讐の女たち。
それは大きな凶悪なペンチだった。
「え? な、何を?」
「こうするのよっ!」
裸の乳首を摘まんで引っ張られ、抗弁しようとしたところをグチャリと挟み潰される。さらに引っ張る。
「あいたたた! やめて、千切れちゃう!」
「いいじゃない。どうせあんたは復活の魔術がかかってるから、千切れても元にもどるでしょ? れっつ、トライアル!」
「うううう! い、痛い! 痛いよぅ! ああああああああ! ああああ! 止めて止めて止めて、あああああああうううううううごおおおおおおおおおお!!」
グイグイと引っ張られ、乳首を潰されて血の出ている乳房が変形して伸びる。ブチッと引きちぎれたとき、シェリーは獣のような咆哮を地下牢全域に響くほどにほとばしらせていた。
その日、反対の乳首とクリトリスや陰唇も同じやり方で破壊された。内部組織まではみ出して引きずり出され悶絶してしまう。恒例となっている革紐を巻いた拳で顔面や胸腹・背中を数人がかりで何十回も殴られて、口にウジの湧いた馬糞を詰め込まれた。髪の毛に火をつけられて泣き叫ぶ。
それから乾いた血のこびりついた鞭で交代で三百回鞭打たれた。「今日はこれくらいにしておいてやるよ」と人間の女たちが「定期的な復讐・制裁・教育的指導」から立ち去ったときには、血塗れで赤い水溜まりに漏らした小水と汚物の臭いが漂っていた。シェリーは半ばは意識朦朧として、切れた唇から血を流して「やめて」「鬼」などとうわごとを呟いてブルブル震えていたようだ。
もしも彼女が邪神から特別な「復活・回復の魔法効果」を授かって付与されていなければ、さっさと絶命して楽になれたかもしれない。なまじっかあだになって、終わりなき虜囚と虐待の日々が続く。
翌日に男たちがズボンにテントを張ってやって来たときには、シェリーは心底にホッとした思いだった。「女たちからの虐待から一日二日は愛嬌満点でサービスも良い」ことは既に定説になっていた。
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トンっと小気味よい音を立てて、鉈が頭を叩き割る。
手慣れた調子で捻るように引き抜くと、匪賊の死刑囚はバッタリと倒れた。まだ断末魔の痙攣でピクピクしている。ほとんど薪割りのような手っ取り早さだ。
「こういうのは、家畜を屠ったり、狩りの獲物にトドメ刺す練習にもなるから。
ちょっと頼んで練習台に一匹二匹わけて貰った。どうせ盗賊やスパイの死刑囚だから気にするな。可愛い女の子たちに引導を渡して貰えて、こいつらもきっと幸福だろう」
エルフでマタギのキョウコ姐さんが、新入りで教え子のアネチカや少女たちに講釈する。美人ではあったがエネルギッシュな野性味のオーラが漂っている。
まだ生きている縛られたもう一人の囚人が、猿ぐつわでもがき呻きながら首を左右に振っている。半泣きで命乞いでもしているらしいが、キョウコその顔面を蹴り飛ばして「黙れ、犬」と無慈悲に吐き捨てる。
「それで、実際には急所を狙って一息のことが多いけどさ、その手を下す「心構え」とか「慣れ」とか「気合い」みたいなの」
少女たちはおそるおそるの視線を死体に投げ、少しだけ哀れむ表情を浮かべたりして、熱心に聞いている。
ついでにいつぞやはサキなどが「乙女の特別講習」とやら(母親・姉妹たちの許可を得て・むしろ共犯で)少年たちをウブな女の子たちの目の前で裸にし(木に縛って目隠しし)、「男の実物」を見せたこともある(それで最近はサキの息子のレオは逃げている?)。しょせん男女平等もケースバイケースということなのだろうか?
「とりあえず今日は、このアホの死体を刻んで山の野獣のエサにする。普段にお世話になっている山の神様や、肉や革を与えてくれる動物たちに感謝の心を忘れるな」
「はいっ!」
「よし、やってみろ!」
血塗れた練習用の鉈を手渡され、慣れない少女たちが準備で、一太刀二太刀ずつ浴びせかけていく。
あとで泣き出す子もいるのでキョウコやアネチカは頭を撫でてやる。
「よしよし、頑張ったなー。優しいのは良いことだけどな、こいつらは害獣の一種だから。生かしておくと害になるから」
いざというとき、慣れておかないと身を守れずに、命にすら関わる。
だって、こんなにも残酷な世界なのだから。
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その近くで石器を作っていたクリュエルが、横で矢柄を作っているエルフの魔法職人に小声で呟く。
「なあ。昔に文献で読んだ古代ルーム人の名言でこんなのがあるんだぜ?
「俺たちは武力で制覇して世界の支配者になったけれど、相変わらず女房の尻に敷かれているのはどうしてなんだろう?」ってな」
「まあ、宿命と思って諦めるしかないだろうよ」
ヒソヒソ話する彼らは原始的な内職仕事でもしているようだが、その経済効果は実は「少額の硬貨鋳造」と大差がない。冒険狩人ギルドにとっては名産品の収入源の一つであった。
なぜなら名人クラスの魔法職人が「符呪」して魔法効果を付与した石器や矢柄は、悪くない値段で売れる商品である。輸送や保管にも便利であるために、少額貨幣に準じて物々交換にも使われる。寺子屋の教員アルバイトよりよっぽど割が良いのだそうだ。
だから彼らの場合には、狩りや土方仕事をするよりも、地味な製造業をしていた方が儲かる皮肉。それなのに、たまに妻や女から「そのうち針仕事でもやってみるか?」と煽られる。
「未来のアマゾネス戦士養成道場だな。いや、山姥だな」
「なぁに? ア・ナ・タ?」
クリュエルが横目にポツリと呟くと、キョウコは耳敏く聞きつけて、僅かに凄みのあるニッコリとした微笑を浮かべた。
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翌日には、キョウコやアネチカは何事もなかったかのように、村の婦人会ギルドの大厨房で「堅焼きクッキー作り」に励んでいた(甘さ控えめだが栄養価やミネラルは豊富)。
村や冒険狩人ギルドの保存食・戦闘糧食や旅行・移動中の携帯食にもなるため、定期的に新しく作って備蓄を古いものと入れ替えたり補充するのだ。
みんなで和気あいあいと雑談に花咲かせながら、粉を捏ねて、生地を四角く切り取っている。
「キョウコがやると、なんか、クッキーが血生臭くなりそうじゃない? 山の悪霊が恐れて逃げ出しそう?」
「魚さばいたのと同じよ。そんなに気にしなくたって」
「サキが作ったのとか、舐めただけで劣情してそう?」
「いっそ精力剤として売ってみる? キョウコの旦那の石器みたいにプレミアついて高く売れそうじゃない?」
それからアネチカとミカはあとで、山砦の見張りしていたレオ(ミカの兄)たちに焼きたてのクッキーを届けてあげたそうだ(アネチカの弟も見習いしているので)。
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旧魔王戦役の終結直後の監獄はどこでも、魔族シンパと連携・共謀して侵略幇助していた権力者・無法者で溢れかえっていたそうだ。
驚くべきことには、それなりに高級な社会的地位のある連中が大量に裏切っていたこと。彼らの場合には無責任行為やサボタージュを繰り返すだけで、人間側に多大な打撃を与え続けることができた。市参事会なども半分くらいは死刑や公職追放・資産没収などだったし、裁判官やら上級の学校の教授なども似たり寄ったりだったらしい。
まだ保身や迎合でもたいして悪意がない・罪が軽いと見做された者たちは流石に多くが免責されたが、それでも免職・降格・減給や「過失責任」で罰金などの嵐。それでも「幸運な部類」の大多数なのであった。
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「ぎゃぐみょんとひゅーのはねー(学問というのはねえ)」
独房で、逮捕と破滅で気が狂った「元」教授がブツブツ言っている。玄妙と韜晦の巧みな話術と詭弁の論理学、それにデマや誤情報を混ぜたり重要情報を隠蔽するなどして、人々を騙したり混乱させるプロだった。
こんな奴らが他にも何千人といたのだから、恐ろしい話だった。
「おい、お前の番だ」
看守が軍事裁判の順番で呼びに来る。
「ひゃひゅひょ、ひょ?」
もうとっくに人間の言葉すら通じない先生。これまでも巧みな修辞学と論理学で世を欺き騙してきたのだが、今は動物か宇宙人のやり方でしらばくれる。
「だんあちゅ、なんでしゅねえ。じんけんとぎゃぐもんのそんげんへのぼーとくはゆるしゃれなひ! しゃがれうちぇろ、むちなていがきゅれきめ!」
(弾圧なんですねえ。人権と学問の尊厳への冒涜は許されない! 下がれ失せろ、無知な低学歴め!)
「何を言っているんだ、お前は! ラリってんのか、この詐欺野郎! いいから裁判だ、早く出ろ!」
頭を小突かれて、ロープを引っ張って引きずり出される。さながらヤドカリの如き執念で抵抗したが(有罪で死刑がわかりきっているので)、棍棒で殴られ蹴飛ばされて軍事法廷の場にまでついに連行される。引き攣った頬で笑うような狂人の表情を浮かべながら。
それから判決(死刑宣告)のために待っていたのは、およそ「低学歴」とは言えない人たちも多数だった。世の中には法律学校や神学校を出ている人間は幾らでもいるのだし、一定数は賢い連中もいる。いかに教授や博士を名乗って欺こうが、デタラメをやりまくればバレて当たり前だった。
死刑囚の最後の抵抗は、その場で脱糞してウンコ投げであった。
しかし、無駄だ。判決で発狂して暴れる囚人が多いのでとっくに対策はとられており、被告席の四方は強化ガラス張り(魔法強化され、見えない)。
それでも大便を両手に握りしめて、最後の抵抗の構えする。しかし、無駄だ。
「よし、死刑執行!」
裁判官が合図すると、刑務官がレバーを引っ張る。
すると、トゲのついた天井が落ちてきて、グチャリとゆっくり押し潰してしまうのだ。次に床が開いて臨死体験しながら、下の穴に落ちていく。
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無法地帯の酒場で、魔族シンパだった女が裸で踊っている。魔術で絶対に一生消えない「追放囚人一級」の刻印を捺されて、奴隷に売り飛ばされたのだ。
これまで被害を受けていた人間の同性の女たちは絶対に彼女たちを許さなかったし、男たちも大部分はそっぽを向いた。その人間性の屑ぶりや罪の重さを考えれば(あまりにも憎悪を買いすぎていた)、多くの冷静な男たちには「愛玩ペット並みの愛人奴隷」にすることすら願い下げされてしまう(信頼性が「犬以下の女」なんてわざわざ飼育して面倒をみるのも御免だし、もし子供が出来ても困るだけ)。
今の立場は「通常の売春婦以下のリアル虐待用奴隷」で、最低限の倫理観・良心や優しさの欠片もない最悪の客たちを相手にするしかない。そもそも店の所有物の「奴隷」であって人権すらない(雇用されているだけの「人間」のホステスや売春婦とは根本的に違う)。
そんな境遇ですら、まだ死刑や魔族の食肉に売り飛ばされるよりはマシで、良い男に買われる可能性を最後の儚い希望にしながら、ボロボロに擦り切れていくしかない。しょせんは魔族利権シンパで利益を得ていただけの分際で、自己評価が過剰に高かったことがこの結末となった。
(どうして、あんな女なんかを選んだの?)
かつて最後のチャンスで「あなたの奴隷になります」と、良さげな男に擦り寄ろうとした。しかし彼は地味で子持ちで強姦歴(一時は売春も)まである他の女を「二号さん」に選んだ。目の前でデレデレして鼻の下を伸ばしながら「大変だったねえ」などと優しく囁いて!
まだ「不運・不幸だっただけの女」ならまだしも、極悪人グループで自発的肉便器では「いらない、お前は女としての価値すらない」。あのときのあの地味女の、勝利感に満ちた見下した笑顔を思い出すだけで、嫉妬と怒りで気が狂いそうになる。
もう一人の良さげな男は彼女よりも「リアル牝犬」を選んだ。セクシーに誘ってやってフラリと傾きそうになったのを、足元の飼い犬に一声吠えられて我に返りやがった。「愛情だけだったらこいつ(犬)の方がそこいらのバカ女より上なんだよなー。もし人間だったら結婚してたかも」などと皆と笑いながら言い交わしていた。
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今も両手をロープで吊り下げられ、ダーツの的にされたり、鞭打たれている。
「やめて! 赤ちゃんがいるの! 止めてえ!」
誰のともしれない胎児を孕んだ三カ月。哀れみを乞うても殴り飛ばされるだけで、とうとうショックで破水して羊水を撒き散らしながら、苦悶にのたうち踊りながら野獣のように狂乱し絶叫する。
それから「めったに見れない最高に滑稽な見世物」として与えられたご褒美の麻薬で気持ち良く、わけがわからなくなって出産オーガズムしながら、自分が流産してひり出した未熟胎児を生のままムシャムシャと食べてしまった。
どうして自分が周り中の客たちから笑われているのかわからなかったので、なんだか楽しくなってきて公開オナニーを見せつける(強烈なアクメで大失禁の噴水を噴き上げながら)。その途中で麻薬の過剰摂取で絶命した。拍手と大喝采。
たぶん「女として最悪の死に方」だったろうが、本人にとっては「最後の救済」だったのだろうか。死に顔には浮かび上がったエクスタシーの表情がはりついていた。
ついでに彼女の最後の勇姿は看板のネタにされたらしい。与えられた称号は「奇跡の変態女」で、「女も人間も止めてしまった、品性が犬以下で、サキュバスやインキュバスすらドン引きさせる牝ブタ女だった」と賞賛されて語り継がれたそうだ。
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旧魔王戦役の終戦時期。
そういうことはあっちこっちであったことだった。魔族利権シンパはどこでも引きずり出され、その事実が判明している限り、慈悲どころか普通の裁判や刑罰すら受けられなかった。
もっと素直に斬首や城壁から突き落としされたり。あっちこっちの神学校や法律学校では、デタラメと無責任の限りを尽くした教授たちを、卒業生や学生たちまでが一緒になってリンチにかけた。
都市の市庁舎や市参事会にも、腐敗議員やスパイした役人の死体が吊された。公園や大通りには晒し首が並べられた。
魔族シンパの一部の女たちは鎖につながれて「強姦自由」でされるがままだったが、そのまま殺されてしまうようなことも多かった。
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まだ正面から敵として戦争を戦っていたならば、捕虜にして貰える慈悲の可能性があった。
だが、あくまでも欺き騙して、素性も悪意も偽り隠して裏切りに明け暮れたのだから。
そんなもの、仁慈の余地はない。殺すしかない。
降伏も改心も全くない信用出来ない。殺せ。全員殺せ!
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「おい、今日はどいつからいっとく?」
夕暮れの監獄に、正式な市民や村人たちが押しかける。手に手に武器や凶器を持って、軍事裁判をお手伝いしにきたのだ。
看守と警備兵がファイルを見て、収監中の「賊」の名前や悪行を教えてやる。
そうして、形式的な裁判や控訴すら受けられずに獄中で惨殺された者が多数。もっとも多かったのは、軍や警官隊に自宅を包囲されて一家皆殺しや、逃げ隠れしようとして街頭で見つかって即時に常時開設の処刑法廷に連行・斬首されたり。
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新聞社やアジテーターなどでデマや情報撹乱・隠蔽を商売にしていた連中については、一般化したポピュラーな作法があった。
まず手の指を全部切り落とし、鼻と耳を削いで片目を抉りとる。それから嘘吐きな舌を大きなペンチで引っこ抜いて、出血死させる。
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いかに悪人とはいえ、あまり男たちが女に乱暴して面白がるようになっては、風紀としてよろしくない。
「私どもにお任せ下さい。神は誰のことも見捨て給わないのです。それに殿方にあまり獣のような振る舞いをされては、女や子供も哀しくなります」
そこで修道女たちが立ち上がり、村や町の婦人会も協力することになる。
捕縛された魔族シンパの女囚人たちを棍棒でぶちのめし、大きな穴に突き落とすのである。賛美歌を歌いながら上からガソリンをかけて、松明を放り込んでまとめて焼き殺す「火刑」。
「これで、あの呪われた罪深い女たちも、魂が救われたことでしょう。この人たちが人間らしく、人間として刑罰を受けられて、尊厳も守られて良かった!」
そうして女たちは晴れやかな気持ちで賛美歌を歌い、感動のあまり泣き出す者もいた。炎と阿鼻叫喚が立ち上る間中、彼女たちは満ち足りた宗教的な幸福の中で歌い続け、男たちは優しい気持ちで見守っていた。
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その「子爵」の領地では夜になると吸血鬼たちが血を吸い、新月と満月の晩には鬼たちに肉を切り取られ、殺されることもある。夏至と冬至には魔族たちが「狩り祭儀」と「祭祀酒宴」をするために人が殺され、人間の血と母乳で作ったお酒祝杯があげられる。
そんな地域に定められたルールのおかげで、とても平和だった。魔族の伝統慣習や生理的な必要で食人をやめるわけにはいかないが。
だから人間たちは安心して農作業や手仕事に励めたために生産性も高く、人口も増加して都市になり、工場・工房も増えてあまり大きくはないながらにも繁栄している地域である(とはいえ元が伯爵領だったのを分割したため、隣接する親族の子爵・男爵と合わせれば悪くない規模だった)。そのために周囲の他の魔族たちの領地から移住を希望する下層民(人間)も多かったが、行政措置で制限がとられていた。
特産品の一つは「血のジャガイモ」や「紫のハーブ」で(魔族にとっては人肉の代用食になる)、しかも人間側の統治している領域で開発された新種。それは領主のニキータ子爵家の、人間側にいる混血の親族サキの仲介で贈られて、栽培されるようになったものだった。
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月の明るい満月の晩には「死神」がやってくる。
「こんばんは」
ドアをノックすると扉が開いて、老婆が顔を出した。
「お迎えに来ました」
「おや、まあ」
老婆は訪問者、二人の黒いドレスの少女に、驚きながらもニッコリとして、部屋の奥に呼ばわった。
「あんた! 領主の嬢ちゃんたちが来てくれたわよ!」
意図はわかっている。
二人の娘は、死体を運ぶためのソリを羊に引かせているのだから。備え付けられた大鎌には血の跡がうっすらと残っている。
「ねえ、うちの人のついでに、私も連れていっておくれないかい? いい歳だし、一人でいるのも」
「どうする?」
「急がなくっても、来月でもいいと思うけれど。慌てて一晩に何人も殺したらダメなことは知ってるでしょ? でも、どうしてもと言うなら、他の(魔族の)騎士や配下の者たちをこれから呼んできましょう。みんな喜ぶかもですし」
三人の女はペチャクチャ喋りながら、今晩の「食肉候補」のお爺さんにも意見と希望を聞きにいった。
それから、二人が領地内の魔族たちに今晩の「晩餐」を知らせに行って、個々に人を襲うのを中止させた。
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その頃、別の場所では「密漁者」との戦いが続いていた。
獲物となる人間が多い領地では、外部の他の場所から別の魔族が「密猟」にやってくる。彼らの法律では、定められた領地・縄張りで人間を殺して食肉にするのには、「領主」である魔族の許可が必要ということになっている。配下の騎士や領民である一般の魔族たちは、領主(大小の魔王)の命令に従わねばならない。
しかし「魔族」のすることだから基本が「力こそ正義」であるために、こういう「密猟」や家畜(人間)泥棒の誘拐はあとを絶たない。獲物(人間)の乱獲や魔族同士での内ゲバをやるので、概して言えば「魔族の支配下にある領域は荒廃・困窮する」。
ニキータ領は例外の部類であることもあって、現地の魔族と人間の自警団で防衛するしかない。
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その日の「晩餐」では、あの人間の老夫妻と「密猟魔族」三人の屍肉で大漁豪勢。
魔族の世界にも刑法はあるし、むやみに同胞を殺すのは建前として違法。しかし一定の条件下では「武勇」として賞賛され、共食いですら禁忌ではない。
「あら、今日のディナーは豪勢なのねえ」
子爵の母夫人、車椅子からご満悦。
サキの異母姉なのだが長兄の下克上と、次兄の主導権争いに巻き込まれ、手足を切り落とされて地下の座敷牢で長兄の愛妾になっていたことがある。
そのときに孕んだ長男がもう一人の子爵になっている、この宴の主催者。魔族は遺伝子から障害因子がかなりの程度に除去されているため、近親交配ですら必ずしもタブーではない。
人肉と魔族肉のスープ(骨ダシをとった)は人間の戦士たちや、領民の希望者たちにも配られた。犠牲老人夫妻の遺徳を褒め讃えつつ、「俺たちって何なんだろう?」「魔族超えてるよな」などとみんなでゲラゲラ大笑い。
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後に、他の魔族たちから大軍で包囲攻撃・虜囚されてしまい、楽園崩壊した。
ニキータ子爵の一族は、生き残りの三分の一ほどの人間を連れて、境界に近いネクロポリスの近くに集団移住したそうだ。
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お肉よりジャガイモの方が好きだった。だって、ママの同胞の「人間のお肉」なんて、「共食い」という言葉を知ってしまえば食べる気にもなれない。安い代用食品の「血のジャガイモ」と動物のお肉で十分だった。
不幸なことにか幸運なことにか、我が家は魔族伯爵の奴隷愛人である母とその娘の私。それなりに生活は出来たし、割り当てられて公私両面で支給される「高級食肉」は、近所や使用人の魔族たちにお裾分けで良い。それでご機嫌とり出来てお付き合いも円滑無難になるし、魔族の食事に犠牲にされる人間も僅かでも少なくて済むだろう。
「うちの子、ジャガイモやハーブティーの方が好きみたいで」
そんなふうに顔色を周囲の窺って話す母の声には、怯えと共に安堵の響きがあった。そうして「つつましい」生活をしていることで、嫉妬や憎悪を買わなくて済む。人肉は高級な食材だから下級の魔族たちからすれば、常時・大量には食べられない贅沢品でもある。妾腹とはいえ伯爵令嬢でしかも混血雑種の私であっても、普段の食べ物に下層魔族たちと同じようなジャガイモや獣肉ばかり食べていることで、周囲に憎まれる度合いは少なくて済むのだろうし。
魔族伯爵(中級の魔王)の父は「母親似で犬や猫のように金のかからない娘だ」と笑っていたが。父からすれば人間の奴隷女である母は、せいぜい犬や猫などの愛玩動物やペットと変わらなかったのだろう。でも、娘の私のことはそれなりには愛してくれたとは思うし、小さいときに私を膝に乗せて「肉入りのスープ」を自分の皿からスプーンで飲ませてくれたことは、一番古い記憶の一つだった。
きっと母からすれば、肉食獣の群れの中で生活する羊や兎と変わらない立場だったから、心の安まる暇もなかったに違いない。本当に母の味方なのは私だけだっただろう。混血の娘である私の食事の好みに安心して慰めを見いだし、それでも健康を心配して自分の乳房に針やナイフで傷つけて血を舐めさせてくれた。今でも傷だらけになった母の胸のことは良く覚えている。
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負けず嫌いでプライドは高い方だったと思う(魔王伯爵の娘であることに秘かに誇りを持っていたことは否定できない)。だからマナーや態度と物腰の優雅さには拘ったし、剣術や魔術の訓練にも熱中した。
「まあ、あれでも私の娘だから」
よく剣術試合で好成績を残したり、成績が上位で父が嬉しそうだと、私も嬉しかった。少し恐れて距離を置きながらも全く嫌いなわけではなかったし、母の立場も守ってあげなくてはいけないと思っていたから。
母親の違う純粋魔族の兄弟や姉妹たちとも、適当には仲良くしていた。彼らは人間の母のことは奴隷や動物のように蔑んで見下したり無視していたが虐待まではしなかったし(魔王である伯爵家の圧倒的な優越感のせいなのか)、一応は実の姉妹である私にはさほど辛く当たらなかった。血縁者ゆえに弁護するようだが、同族同士での関係としては性格はけっして悪くなかったのかもしれない。混血雑種の変わり種とはいえ、それなりに優秀な私を「血統の良さの証」として喜んでいたのもあるだろうし、後継者争いの順位が問答無用で最低だから警戒されていなかった(むしろ兄弟姉妹の皆から、将来に最側近・片腕になりうる貴重な近親者と見られていた)。
本心を言えば、魔族であることや血筋と家柄だけで胡座をかいて満足しているような同族たちのことは軽蔑していた。数少ない親しい友人だったシェリーは下層魔族の出身だったけれども向上心の強い努力家で、頭も良かったから少し尊敬や共感して一目置いていたのだけれども、食事の好みや考え方が合わなくて最後には仲違いしてしまった。
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それでも周囲の魔族の「同胞」たちに「舐められる」のは勘に触ったし(もちろん疎外感もあった)、健康上の必要もあって人間の生き血を飲むようになった。現実的な話として、優しい哀れな母が亡くなってからは、誰も新鮮な血を飲ませてくれない。だから自分で「狩る」しかないのだ。
それにサキにとっては心の中で「同胞であるはずの母を守ってくれずに虐待して、絶望と魔族への身売りに追いやった、無力で仁義のない人間たち」への恨みもあったから、感情的には意趣返しや当てつけでもあっただろう。人間たちはサキの母のことを「魔族に身売りした裏切り者」と陰口を叩いているようだったが、うち続く戦乱・治安崩壊と便乗した匪賊の跋扈で母がどんな酷い辛酸を舐めたかを知っていれば、「あなたたちなんかに母さんの何がわかるの?」「あんたらがゴミ弱者で信用も当てにもならないからでしょ、人間の同胞より魔族を頼られてる時点で面目丸潰れで自己責任だわ!」と言ってやりたかった。
だったら公私両面で支給される食用人肉を食べまくれば良いようなものだけれど、やっぱり母の同族の人間の命まで奪ってしまうやり方には拒否感や嫌悪感があった。食べるための「高級なお肉」が食卓にあるということは「そのために屠殺・解体された人間がいる」ということだから、あまりいい気分にはなれない(あまり美味しいとも思えなかった)。その点、少しばかり生き血を啜ったくらいだったら人間はそうは死なないのだからかえって気楽なものだったし、逃げて抵抗する人間をやり込めるのは娯楽遊戯のゲームでもある。
「私、お肉より新鮮な生き血を飲む方が好きなの」
そんなふうに言うと、兄弟姉妹たちは「魔族らしくなった」「ワイルドな嗜好」と、安心したように喜んでくれたものだった。父は本心を見透かしてなのか、「殺してその場で「血の生き肉」を食べたらもっと美味いかもしれんぞ」などと意地悪なことを言うものだから、「お肉は血抜きして熟成させた方が美味しいらしいですけど」と正論で言い返したら、生意気な娘の言い分に大笑いしていたものだ。
それから一番に素晴らしい利点は、血を吸って噛み跡をつけることで「獲物の宣言の印」になるために、他の魔族たちが勝手に殺すのは「マナー違反」になることだ。皮肉なことではあったけれども、サキに血を吸われていることで他の魔族による狩猟からは免れやすくなるので、実質的に庇護を与えているのと変わらない(多少気の強い魔族であっても伯爵令嬢には遠慮する)。
だから、わざと人間にとって犠牲者が多い危険地域である場所で、「可愛い」と感じた男の子や子供を狙うことが多かった。「守ってあげている」という力の満足感や優越感、そして「必ずしも危害を加えているだけではない」という自分自身への言い訳にもなっていた。
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そうこうしているうちに、だんだんにサキの習性が「狩り場」の人間たちに知られてしまう。「優しい吸血鬼の綺麗なお姉さん」から血を吸われて勃起してしまうような少年たちが増えてきて、つい好奇心と悪戯心を起こしてしまった。人間とのセックスなんて魔族には割とよくある趣味ではあったし、インモラルでワルぶりたいお年頃でもあったから。
試しにズボンを下ろさせてしゃぶってみたら、これが予想外に楽しくて美味しくて。奥手だったはずのサキが性的興奮とエクスタシーに目覚めたのはそんなときで、何かが開花して吸血鬼というよりもサキュバスになってしまった。どうやら完全に性に合っていた。
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けれども、親友のシェリーとは完全に決裂してしまった。彼女はあくまでも「魔族の娘」だった。
それに、いくら「良い男を紹介するつもりだった」とはいえ、好きでもない相手から集団強姦されれば最悪な気持ちになるに決まっているのだ。悲惨でやるせない。
そんなとき、クリュエルや反魔族レジスタンスの人間たちやエルフ・ドワーフたちに出会った。クリュエルは聖剣詐欺の村でトリックとイカサマを見抜き、魔剣を強奪した「人間」の魔族殺戮者だった。
「どうして私を殺さないんです?」
「あんまり人を食っているようには思えない。それで何なんだ、お前は?」
きっと彼らは「母が待ち望んでついに出会えなかったような人々」だった。
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そのすぐ後に、もっと決定的な出来事が起こった。
サキが「マーキング」してあった子供や少年少女まで無作法に虐殺されてしまったのだ。どうやらサキを暴行した魔族の貴公子たちが面白半分と求婚アプローチを兼ねてやったらしい。
家の玄関に生首と切り取った人肉・内蔵の「一番美味しいところ」とその骨や革で作ったアクセサリーがお盆に載せて幾つも何度も置かれていた。
とうとうたまりかねて、サキは加害者の男たちを得意の剣術による決闘で斬り殺した。ところがそれも「無礼討ち」「女ながらあっぱれ」とかえって賞賛されて名望が高まり、侯爵の晩餐会に招かれることになる。そこで見たものは人間をなぶり殺しにして振る舞われる「活け作り」による「最高級」の饗宴だった。お互いに殺し合わせて見物したり、痛めつけてレイプしながら切り刻み、生肉を刺身や炙り焼きして歓談している。そのときサキは初めて本気で魔族の同胞を「怖い」「狂っている」と実感した。いかに血縁こそあっても「自分とは違う生き物」としか思えなかったし、子供時代から誤魔化し続けてきた違和感がどうにもならなくなってしまう。
さらに後に、あの友人だったシェリーが人間たちを餌食にして凄まじい悪行残虐の限りを尽くしていると知ったとき、「あの子とはやっぱり絶対にわかり合えない」「もう魔族とは付き合いきれないしついていけない」という思いが決定的になった。しかも赤の他人ではなく、よく知っていたはずの友人だった少女のやっていることだから、よけいに心情として受け入れ難かった。
期待を裏切られたような寂寥感もあったが嫌悪と拒否感が勝っていた。個人同士ではさほど関係も悪くなかったが、あまりにも価値観と感覚が違い過ぎた。無邪気な子供でなくなれば曖昧な信頼で納得し続けるには限界があっただろう。
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ついに脱走・逃亡して数年後に、サキは家の伯爵と領地を襲名していた長兄に決闘を挑んで、名目上ではあったが「男爵」の称号と小さな領地を手に入れた。
長兄は父を殺してその地位を簒奪し、継承のライバルだった母違いの次兄と一族を皆殺しにして、次兄の同腹だった異母姉を手足を切り落とし地下の座敷牢で妾にしていたそうだ。
戦場で敵として再会したときには片腕を失って敗走中だったけれど、ハンカチを投げて「決闘」を宣言するととても喜んでくれた。
「おお、我が妹よ! 下等な人間どもと通じるとは悪辣千万なことよ! 雑種の変態趣味もまた面白い味なものだな。私の首級が欲しければ力ずくで奪うが良い! それでこそ魔族の、我が家系の末娘よ! お前のことは気に入っていた。いつか食ってやろうかとも思っていたものだ」
既に重傷を負っていた兄は力なく、数度の打ち合いで致命傷を受けて倒れた。
「小さいときにネックレスをプレゼントしてくれましたよね。人間の頭蓋骨を切った細工物の高級品。でも、私が本当に嬉しかったのは、兄さんが庭で花を折って髪に挿してくれたことなんです」
「そうなのか? ふふ」
「いつだったか私がジャガイモとハーブだけのスープ作ったの、兄さんも姉さんも「たまには悪くない」って」
「ふふん、あんな粗食でも、お前があんまり自信満々だから、みんな食わないわけにはいかなかったさ」
魔王伯爵の兄は事切れた。
遺体は人間のレジスタンスの許可を得て、遺児と兄の妾にされていた異母姉のところに送った。決闘勝利者であるサキが過半の権利を放棄したため、彼ら二人には魔族側の支配領域で子爵・男爵の称号と領地三つほどが残ったそうだ。家の存続と名誉が守れたのはせめてものはなむけだろうか?(あのまま人間に討たれれば、不名誉で減封かお家取り潰しは必至だっただろう)
サキは(魔族側の価値観・身分システムで)「男爵」として教会堂のある村の周辺の、名目上の領主になった。魔族の侵攻で一時的に新しく、伯爵家一族の飛び地に指定・配分されていたエリアだった。どのみち辺境である上に近くに「原人騎士クリュエル」や「レサパン・ザ・グレート」がいる、魔族側にとっては危険地帯で「食えない林檎」だから、かえって好都合でうってつけだった。
たぶん私はもう魔族じゃない。サキュバスの姫男爵・魔女王で、別の新しい種族と家系の一代目なのだ。でも父母は案外に納得してくれるかもしれない。