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かつての「旧魔王戦乱」の終盤のエピソード。

それまでの悪行非道が祟ってついに捕縛され、囚われた監獄で人間たちから散々に復讐・虐待される魔族の羅刹娘シェリー。見た目が美少女であるために男たちから(以下略)。

けれど、彼女が本当に恐れているのは、実はお人好しな男たちではなかった。まだ男たちが相手であれば(よぼどのサイコパス異常者でもない限り)自然な心理での「女性への同情・優しさや庇護欲」が全くなくもなかったし、媚びた色仕掛けで多少の慈悲も期待できた。居直れば「逆ハーレム」「倒錯プレイ」として楽しんだり、心身の苦痛を誤魔化すことだって出来た。何人かのお気に入り・態度が良い男たちを「ペットや愛人みたいなもの」だと思って心慰めたり。

シェリーが本当に恐ろしいもの。それは「同性である女たち」であった。お色気や媚態・哀願も一切に通用しやしない。魔族の羅刹娘も恐れ慄く「鬼畜」ども。



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特別牢獄の土と石壁の通路から忌まわしい足音と、さんざめく話し笑う声が聞こえてくる。この世の何者よりもおぞましい「女たち」が来たのだ。

シェリーはビクリと身体を震わせて首をすくめてしまう。早くも顔を青ざめさせていた。手狭な独房を哀れな視線で眺め回し、無駄と知りながらも逃げ隠れ出来る場所を探すのは本能だった。頭の中では、どうやったら苦痛を軽く手短にやり過ごせるものかと、懸命に脳がショートするくらいに無駄な足掻きの思念を駆け巡らせる。


「それでさ、教会病院のサキちゃんのところで好きにさせといてやったワケ。流石に初産で臨月の嫁に無理させられないし」


「へー、良かったじゃん。お嫁さんも寛大だわー。サキ先生もよくやってくれたのねえ、あの人は優しいのとエロで貪欲なのと両方っぽいけど」


「おかしなのに浮気していれ込まれるよりかは良いだろうしねえ。あの人って上位免疫あるから安全だし、もう「そういう人」で「みんな」やってるし知ってるから。それに生まれた子供とかも病気とか何やらかんやらでお世話になるかもだから、「ご挨拶」も兼ねてってね」


クスクス笑い混じりで聞こえてくる雑談は「サキュバス姫男爵」のサキの話題だった。彼女は父親が魔族で母親は人間の奴隷女だったそうだが、むしろ人間たちと仲が良いらしい。

通常の魔族は力と若さや健康を維持するため、人間血肉を喰らって特殊な酵素を補充しなければならず、それが精神文化と上位者としての誇りでもある。だがサキは母親が人間であるためになのか、人肉を嫌っていた。血を吸ったりもするらしいのだが、一番の好みは人間やエルフの男の精液であるらしく、それで「サキュバス」などと呼ばれている。

シェリーのように純血やそれに近い「硬派なアイデンティティを持つ正統派」の魔族たちからすれば「サキュバス」などは蔑称でしかないだろう。だが人間の側からすれば「人食い鬼」よりよほど良いだろうし、サキの性格からしても人間やエルフに馴染みやすかったらしい。

そして、どういうわけなのか人間の「殺戮者クリュエル」と親しく、彼から「符呪」「結界」の魔術なども教わって「男爵」の地位・縄張りまで手に入れている。通常は混血などの二等魔族は上級魔術の手ほどきを受けられないし(多くは資質が劣っている)、「魔王株」もめったに与えられないはずなのだが(「魔王株」というのは魔族側の制度で、爵位などの地位と縄張りの領地がセットになったものだ)。