1
「はあっ!」
レトは村の河原で能力解放(人狼変身)の練習。
気合いを入れれば、グリーンのローブに包まれた身体が一回り筋肉で膨れ、背丈も少し伸びるようだ。顔立ちは「狼」でなくレトリバーなのだが。
だんだんコントロールできるようになってきていて、突発的な偶然頼りでなく、自分の判断で変身できるようになったのは進歩か。
変身後の基本形態が二足歩行タイプであるために、そのまま人間の衣服を着用し続けられることや(膨張を考えてゆったりめに仕立て)、あのトラに貰った大剣などの人間用の武器を存分に使えるのは利点だろう。
彼の姉などは四足獣になってしまうために衣服が邪魔になり、移動速度が高く動物的な俊敏な戦い方ができる反面で、物理的に動物のような行動しかとれない(二足歩行・直立タイプに変身する練習もしているが上手くいかないそうだ)。「便利でいいね」と弟を羨んでいたが、姉の場合は付属の固定装備・先天の魔法が攻撃向きであるから、人間形態でもそれなりに強い。変身を必要とするのはよほどの強敵や窮地だけだろう。
(でも、ビジュアルがなあ。姉さんの狼姿は美々しいしかっこいいのに、僕はなんでこんな。どうして、耳垂れてるんだろう?)
流れる川面に映った、やたらと温厚で人懐こそうな己のレトリバーな狼男の顔。
深刻というわけなないが、心に引っかかるものがある。無念と苦悩のような何か。
気をとられて油断していたのは村だからか。
接近してくる二人に気付かず。
見知った顔の、ドワーフの戦士娘とエルフの魔法使いのお姉さんがこちらに歩いてくる。葦の繁みにしゃがみ込む。意図を察したときには手後れで、二人して「お花摘み」。
(まずい。用足し中に出くわしたら、あとで面倒そうだ)
逃げるタイミングを逸してしまった。
こちらに気付いているのか、おそるおそる少しだけ頭を巡らせて様子を窺う。目敏くこっちを見つけたのはドワーフ娘。同世代で気が強い女の子だった(よく耳をからかわれ)。
聞こえてくる霊妙音、漂い来る異臭。関与や詮索すべきでない。しかし走り出して逃げるには手後れ。下手に動いたらそれでバレる。
下品なラッパ音。
レトは犬のおすわり姿勢で硬直中。
「あれ、あんな犬いたっけ?」
「森から迷い込んだんじゃない?」
どうやら、繁みで身体が隠れているので、犬だと思っている?
よし、犬のふりをしてやり過ごそう。
そう腹をくくりかけた直後に、背後から両耳をはしっ!とつかみ摘ままれた。女の人の手?
「やっぱり! レト君でしょ?」
「ええっ!」
ドワーフ娘が驚きの声で少し睨む。
背後にいたのは、目の前にいると思っていたエルフのお姉さんだった。嫌いではないものの、出くわしたタイミングが気まずい。
「ど、どうして?」
「魔法で「有心残像」なんてテクニック。残像のコピーだけ残しておいて、短距離テレポートであなたのう・し・ろ!」
にっこりして耳をやんわりひっぱる。
ぐうの音も出ない。
だが彼女が切り出したのは意外な話だった。
「ちょうどよかったり。誘おうとして探してたから。そろそろお年頃なんだし冒険パーティー組むでしょう? レト君、私たちと組まない?
うちの相方って、強い戦士だけど脳筋ちゃんだから。レト君は回復魔法も使えて器用だし、男の子だから。この気が強過ぎる考えなしが勢いで突っ込んで行ったりするのに着いてて止めたり守って見ててあげると安心かな。
あの罠師さんやお姉さんとも、チームA・Bみたいな掛け持ちでいいから。お姉さんには前から話してあるし、彼とたまには二人きりがいいときは弟預けるって」
「は? それじゃ私がバカみたいじゃん」
脳筋扱いされたドワーフ娘が抗議の口を挟む。
だが年上エルフはしれっとして答えた。
「あたらずしも遠からずかな。慌てて突っ込んでくから、いっつもハラハラしちゃう。いっつも生傷つくってあとで回復でしょ。重傷や死んだらどうするのよって、いっつも言ってるのに」
「うう」
ドワーフ娘が口を尖らせる。だが猪突猛進の自覚はあるらしい。
「あなただって女の子なんだし」
「だけど戦士だから」
「それはそうだけど、あんたの横着ぶり後ろから見てると心配なのよ。レト君、どう? この子とツートップの前衛で面倒みてあげてくれない?」
「あ、はい」
どうやら姉が承諾済みらしいということもあって、肯定気味に頷く。彼女自身は姉とは同年齢の親しい友人。
昨日の晩くらいにも姉は「あなた、あの子のこと綺麗とか言ってたわね。あの子もまんざらじゃないみたいだから、仲良くしてきたら?」などとほのめかしていた。
「でも、トラにも聞いてみないと」
それが、村の名物パーティー・チーム「レトリバリック」の発端だった。
レトはてっきり自分などトラや姉のオマケのように思っていたのだが、複数チームの複合であることや「村の氏族出身だから」「取りまとめ役と事務員に向く」「男の子だから」などの理由で、実質の代表リーダーにされることになる。
それにトラは村の傭兵のような面もあり、単独行動も多いため、その間のレトや姉の所属チームがあるのも案外に歓迎だったらしい。
2
「腕試ししないと。私はまだ認めてないからね! 相撲とボクシングで勝負してテスト」
すっかり(別の意味で)やる気のドワーフ娘。ひょっとしてさっきの「禁忌の遭遇」を根に持っているのだろうか? 三白眼でレトを不敵に見据えている。
けれど、相撲もボクシングも、女の子を相手にやってはいけない気がする。抱きつき合いも男女では意味合いが変わってくるし、女の子の顔面を拳骨で思い切り殴るのは。
「それ、本気で言ってる?」
「本気!」
手のひらを拳で叩く女戦士、脳筋のゆえん。
困り果てたレトが目で救いを求めると、さすがにエルフのお姉さんがたしなめてくれた。ペシッと相棒の後ろ頭を手で叩く。
「レト君、困ってるでしょ! ほら、こんなふうなのよ、うちの相方って。いくら戦士でも、考えなしっていうか、向こう器だけ強いっていうか。女の子なのに」
「だってえ」
「戦士でも、賢い奴は賢い。その子の性格が天然なんでないだろうか?」
会話を端で聞いていたトラが横槍する。
するとドワーフ娘は一目置く感じで言った。
「そりゃ、あなたは戦士でも賢い部類かもだけど。色々できてオールマイティっぽいし」
「俺は魔術者だが。強いて言えば魔法戦士。それに器用といえばレトもだぞ。回復系は俺より得意で資質がある感じだが」
するとドワーフ娘は、いきなりレトの腕を捻り上げる。すごい力だった。
「わかった。骨を二三本くらいへし折ってやるから、それを自分で治せたら、僧侶か回復担当でパーティーに入れたげる」
「嫌ですよ!」
とうとう付き合いきれなくなったレトは、素早い体術で捻られた手の主導権を取り返し、あまりダメージの出ないやんわりした投げ技・押さえ技でカウンターする。
ドワーフ娘は目を白黒させた。
「ほら、力任せだから、そういうことになる。力だけはそっちの方がちょいとありそうだけど(変身前のレトと比べれば)」
レトはため息。なんだか、コンビのお姉さんが心配する理由がわかった気がしたからだ。
「だったらさ、腕相撲しよう」
負けず嫌い発言?
しかしレトは、集中すれば身体の一部分だけ変身中に近いパワーも出せる。変身後ならこの娘よりは力比べや取っ組み合いしても正面から蹂躙できそうだろうか。
結局は変身してお相手し、何度も挑んでくるので、レトは翌朝にちょっとだけ腕が筋肉痛気味だった。このドワーフ娘のガッツと根性だけは買って良いと思ったこと
お相手はなぜか全身筋肉痛らしく動きがぎこちないのを(昨晩の腕相撲で必死の全力だったらしい)、ちょっとだけ可愛い・微笑ましいと思ったが、とりあえず口にするのはやめておく。
「ねえ、筋肉痛を治す回復魔法ない?」
「ない」
魔法使いのお姉さん、妹分のやんちゃに笑顔。
傍目にレトも、ほのぼのと心が温かかった。
「はあっ!」
レトは村の河原で能力解放(人狼変身)の練習。
気合いを入れれば、グリーンのローブに包まれた身体が一回り筋肉で膨れ、背丈も少し伸びるようだ。顔立ちは「狼」でなくレトリバーなのだが。
だんだんコントロールできるようになってきていて、突発的な偶然頼りでなく、自分の判断で変身できるようになったのは進歩か。
変身後の基本形態が二足歩行タイプであるために、そのまま人間の衣服を着用し続けられることや(膨張を考えてゆったりめに仕立て)、あのトラに貰った大剣などの人間用の武器を存分に使えるのは利点だろう。
彼の姉などは四足獣になってしまうために衣服が邪魔になり、移動速度が高く動物的な俊敏な戦い方ができる反面で、物理的に動物のような行動しかとれない(二足歩行・直立タイプに変身する練習もしているが上手くいかないそうだ)。「便利でいいね」と弟を羨んでいたが、姉の場合は付属の固定装備・先天の魔法が攻撃向きであるから、人間形態でもそれなりに強い。変身を必要とするのはよほどの強敵や窮地だけだろう。
(でも、ビジュアルがなあ。姉さんの狼姿は美々しいしかっこいいのに、僕はなんでこんな。どうして、耳垂れてるんだろう?)
流れる川面に映った、やたらと温厚で人懐こそうな己のレトリバーな狼男の顔。
深刻というわけなないが、心に引っかかるものがある。無念と苦悩のような何か。
気をとられて油断していたのは村だからか。
接近してくる二人に気付かず。
見知った顔の、ドワーフの戦士娘とエルフの魔法使いのお姉さんがこちらに歩いてくる。葦の繁みにしゃがみ込む。意図を察したときには手後れで、二人して「お花摘み」。
(まずい。用足し中に出くわしたら、あとで面倒そうだ)
逃げるタイミングを逸してしまった。
こちらに気付いているのか、おそるおそる少しだけ頭を巡らせて様子を窺う。目敏くこっちを見つけたのはドワーフ娘。同世代で気が強い女の子だった(よく耳をからかわれ)。
聞こえてくる霊妙音、漂い来る異臭。関与や詮索すべきでない。しかし走り出して逃げるには手後れ。下手に動いたらそれでバレる。
下品なラッパ音。
レトは犬のおすわり姿勢で硬直中。
「あれ、あんな犬いたっけ?」
「森から迷い込んだんじゃない?」
どうやら、繁みで身体が隠れているので、犬だと思っている?
よし、犬のふりをしてやり過ごそう。
そう腹をくくりかけた直後に、背後から両耳をはしっ!とつかみ摘ままれた。女の人の手?
「やっぱり! レト君でしょ?」
「ええっ!」
ドワーフ娘が驚きの声で少し睨む。
背後にいたのは、目の前にいると思っていたエルフのお姉さんだった。嫌いではないものの、出くわしたタイミングが気まずい。
「ど、どうして?」
「魔法で「有心残像」なんてテクニック。残像のコピーだけ残しておいて、短距離テレポートであなたのう・し・ろ!」
にっこりして耳をやんわりひっぱる。
ぐうの音も出ない。
だが彼女が切り出したのは意外な話だった。
「ちょうどよかったり。誘おうとして探してたから。そろそろお年頃なんだし冒険パーティー組むでしょう? レト君、私たちと組まない?
うちの相方って、強い戦士だけど脳筋ちゃんだから。レト君は回復魔法も使えて器用だし、男の子だから。この気が強過ぎる考えなしが勢いで突っ込んで行ったりするのに着いてて止めたり守って見ててあげると安心かな。
あの罠師さんやお姉さんとも、チームA・Bみたいな掛け持ちでいいから。お姉さんには前から話してあるし、彼とたまには二人きりがいいときは弟預けるって」
「は? それじゃ私がバカみたいじゃん」
脳筋扱いされたドワーフ娘が抗議の口を挟む。
だが年上エルフはしれっとして答えた。
「あたらずしも遠からずかな。慌てて突っ込んでくから、いっつもハラハラしちゃう。いっつも生傷つくってあとで回復でしょ。重傷や死んだらどうするのよって、いっつも言ってるのに」
「うう」
ドワーフ娘が口を尖らせる。だが猪突猛進の自覚はあるらしい。
「あなただって女の子なんだし」
「だけど戦士だから」
「それはそうだけど、あんたの横着ぶり後ろから見てると心配なのよ。レト君、どう? この子とツートップの前衛で面倒みてあげてくれない?」
「あ、はい」
どうやら姉が承諾済みらしいということもあって、肯定気味に頷く。彼女自身は姉とは同年齢の親しい友人。
昨日の晩くらいにも姉は「あなた、あの子のこと綺麗とか言ってたわね。あの子もまんざらじゃないみたいだから、仲良くしてきたら?」などとほのめかしていた。
「でも、トラにも聞いてみないと」
それが、村の名物パーティー・チーム「レトリバリック」の発端だった。
レトはてっきり自分などトラや姉のオマケのように思っていたのだが、複数チームの複合であることや「村の氏族出身だから」「取りまとめ役と事務員に向く」「男の子だから」などの理由で、実質の代表リーダーにされることになる。
それにトラは村の傭兵のような面もあり、単独行動も多いため、その間のレトや姉の所属チームがあるのも案外に歓迎だったらしい。
2
「腕試ししないと。私はまだ認めてないからね! 相撲とボクシングで勝負してテスト」
すっかり(別の意味で)やる気のドワーフ娘。ひょっとしてさっきの「禁忌の遭遇」を根に持っているのだろうか? 三白眼でレトを不敵に見据えている。
けれど、相撲もボクシングも、女の子を相手にやってはいけない気がする。抱きつき合いも男女では意味合いが変わってくるし、女の子の顔面を拳骨で思い切り殴るのは。
「それ、本気で言ってる?」
「本気!」
手のひらを拳で叩く女戦士、脳筋のゆえん。
困り果てたレトが目で救いを求めると、さすがにエルフのお姉さんがたしなめてくれた。ペシッと相棒の後ろ頭を手で叩く。
「レト君、困ってるでしょ! ほら、こんなふうなのよ、うちの相方って。いくら戦士でも、考えなしっていうか、向こう器だけ強いっていうか。女の子なのに」
「だってえ」
「戦士でも、賢い奴は賢い。その子の性格が天然なんでないだろうか?」
会話を端で聞いていたトラが横槍する。
するとドワーフ娘は一目置く感じで言った。
「そりゃ、あなたは戦士でも賢い部類かもだけど。色々できてオールマイティっぽいし」
「俺は魔術者だが。強いて言えば魔法戦士。それに器用といえばレトもだぞ。回復系は俺より得意で資質がある感じだが」
するとドワーフ娘は、いきなりレトの腕を捻り上げる。すごい力だった。
「わかった。骨を二三本くらいへし折ってやるから、それを自分で治せたら、僧侶か回復担当でパーティーに入れたげる」
「嫌ですよ!」
とうとう付き合いきれなくなったレトは、素早い体術で捻られた手の主導権を取り返し、あまりダメージの出ないやんわりした投げ技・押さえ技でカウンターする。
ドワーフ娘は目を白黒させた。
「ほら、力任せだから、そういうことになる。力だけはそっちの方がちょいとありそうだけど(変身前のレトと比べれば)」
レトはため息。なんだか、コンビのお姉さんが心配する理由がわかった気がしたからだ。
「だったらさ、腕相撲しよう」
負けず嫌い発言?
しかしレトは、集中すれば身体の一部分だけ変身中に近いパワーも出せる。変身後ならこの娘よりは力比べや取っ組み合いしても正面から蹂躙できそうだろうか。
結局は変身してお相手し、何度も挑んでくるので、レトは翌朝にちょっとだけ腕が筋肉痛気味だった。このドワーフ娘のガッツと根性だけは買って良いと思ったこと
お相手はなぜか全身筋肉痛らしく動きがぎこちないのを(昨晩の腕相撲で必死の全力だったらしい)、ちょっとだけ可愛い・微笑ましいと思ったが、とりあえず口にするのはやめておく。
「ねえ、筋肉痛を治す回復魔法ない?」
「ない」
魔法使いのお姉さん、妹分のやんちゃに笑顔。
傍目にレトも、ほのぼのと心が温かかった。