シャルロッテは戦慄いた。そしてベルナールの後頭部を鷲掴みにし、乱暴に頭を下げさせた。貴族令嬢とは思えぬ見事な一撃だった。


「たたた大変申し訳ございません!破壊的に世間知らずな弟でして…!!」


 ベルナールの態度にシャルロッテが血相を変えると、セバスチャンも慌てて瓶底眼鏡を掛け直した。それからスワードにピントが合うと、セバスチャンは縮み上がってシャルロッテを見た。


(おおお王太子殿下ですと!?なぜ事前に知らせてくださらないのですかお嬢様っ!!)

(断ったのよ!?わたしだって断ったのよ!?)


 シャルロッテと執事はギンギンに据わった目で、互いの言わんとすることを汲んでいた。
 14歳、まだまだ幼い顔でスワードを睨みつけるベルナール。恐れ多くも王太子に「誰か」と問うたベルナールに対し、スワードは恭しく答えた。


「私は…近衛騎士団のソードと申します。王太子殿下よりご令嬢の護衛を拝命いたしました」

「はいっ!?何を仰るんですか殿っ──」


 スワードはすかさず口の前で人差し指を立てた。黙っていろ、そういうことらしい。ベルナールは目前の騎士が王太子だと知らず、不敬極まりない発言をした。


「あー姉上を囲う変態王太子の差し金?」

(ひいいっ!!知らないとはいえご本人に向かってなんてこと言うの!!)

「ええ、変態王太子の差し金です」

「……ふーん」


 スワードはベルナールの不遜な態度を気にも止めず、己の美しさを余すことなく綺麗に微笑んだ。その笑顔とオーラのせいでスワードからは王太子感が全面に出ていたが、世間知らずのベルナールは知る由もない。代わりにシャルロッテとセバスチャンだけが肝を冷やす、いやそれ以上に凍らすだけだった。


「ソード…だっけ?特別に怪力仕様を見せてあげよっか?ついでに姉上の怪力歴史も教えるよ」

「ぜひお願いします」

「はい!?ダメよそんな恥ずかしい!絶対絶対許しませ──」



◇◇◇
 


「ここはビリヤードルーム。姉上が10才の時に道具が怪力仕様になったんだ」


 結局、ベルナールとスワードの圧でシャルロッテは折れざるを得なかった。スワードは騎士ソードを見事に演じ、腰を低くしてベルナールに接した。

 そうして3人はいくつもの怪力仕様の品々を見て回った。怪力歴史は語り手のベルナールも聞き手のスワードも真剣そのもので向き合った。シャルロッテはといえば熱弁される自分の黒歴史、もとい怪力歴史の数々に、ただただ小さくなるばかりだった。

 そんな怪力ツアーも終盤、最後の名所はここビリヤードルームだ。

 この部屋は使われなくなって随分経つ。天井の四隅には蜘蛛の巣が張り、埃が舞ってシャルロッテは咳き込んだ。


「ベルナール様、一体どれが怪力仕様に?」
「全部に決まってんじゃん」

 ──ドゴオッ!!

 ベルナールはスワードの質問を切り捨てると、おもむろにビリヤードボールを落とした。そうしてボールが落ちるとバキッと音が鳴り、見れば床板が陥没していた。
 続いてベルナールはどこからか取り出した巨大な金槌を使い、振りかぶってビリヤードテーブルに打ちつけた。しかしテーブルにはかすり傷1つ付かない。
 今度は細長いキューを手にし、剣のように振り下ろした。それでもテーブルを叩いたキューは、折れ曲がることなく健在だ。
 スワードは膝をつき、床に沈むボールを片手で手に取った。


「昔ゲームに勝った姉上が喜びまくってさ。そん時にぶっ壊して、仕様変更されたんだよね」

「鉄ではないな。ドラフラムですか?」

「そ。3つともドラフラム製、父上がわざわざ取り寄せたんだ」

「これだけあれば屋敷をあと2軒は買えますね」

「うちの姉上はそんだけ金がかかるってこと」


 圧倒的な差はつくものの、ドラフラムはオリハルコンに次ぐ硬度を誇る鉱石だ。
 それゆえにドラフラムは武器におあつらえ向きの希少な材質で、王国の多くのドラフラムは王宮騎士団のために採掘された。ゆえに国内の市場に流通することは滅多に無く、ドラフラムを欲するなら大金をはたいて他国から輸入する他なかった。
 言ってしまえば、怪力仕様は「大金」そのものであった。

「でもまあ、普段の姉上はこれを持てないし、男が使うにしてもめちゃくちゃ重くて疲れるじゃん?だからうちでビリヤードする奴はいなくなったんだよね」

「安易に仕様変更してもダメということですね」

「まーね。姉上の怪力は色々複雑で面倒だから」


 ベルナールはスワードを見上げ、またも睨みをきかせた。その弟の無礼な態度で全身鳥肌が立ちっぱなしのシャルロッテは、スワードをこっそり上目で見た。スワードは「王国の麗星」らしく完璧に微笑んでいた。

 ──どっち!?

 シャルロッテはその笑顔を見て背筋が凍った。ベルナールとの会話が楽しくて生まれる笑顔か、あるいは苛立ちを落ち着かせるための笑顔か。普通に考えて、9.999(以下略)%後者だろう。シャルロッテは与えられるであろう罰をあれこれ想像しては吐き気を催していたのだった。

 そうして各々が口を閉じると、何かがこちらに突進してくる音が聞こえた。部屋の中がビリビリと振動で揺れ、そして勢いよくドアが開いた。

 ──バンッ!!

「いらっしゃいませお客様ああああ!!」

 今しがた屋敷に到着したシルト侯爵だった。生意気に腕を組むベルナールと、その隣で行儀よく控えめに立つスワード。
 それを見た侯爵は油切れをして軋むドアの如く、首をギシギシと回し、涙目でシャルロッテを見つめた。

 シャルロッテは侯爵に目で語った。

(お父様、時すでに遅しです)

 シルト侯爵はその場で崩れ去るのだった。

 それから騎士…に扮した王太子のおもてなしが始まろうとしていた。