その店員の容貌はストロベリーブロンドとマシュマロのような肌に、熟れたいちごを思わせるダークレッドの瞳をしており、常に垂れた眉で幼く見える。
彼女はシャルロッテより背丈が少々低く、シャルロッテはその店員を可愛らしく思った。しかしその朗らかな気持ちも一瞬で終わった。
「わあ〜!素敵な騎士様っ!お花が欲しいんですか?」
「私ではなく彼女だ」
「え?えーっと…あなたは付き人さん?」
(はい!?!?)
シャルロッテの今日の格好は、実家の使用人に示しがつくように令嬢らしい装いだった。誰が見ても彼女の風貌が使用人のそれとは違うと明らかだ。
スワードはその言葉に眉を顰め、一歩前に出てシャルロッテを庇った。
「口を慎め。彼女は立派な貴族令嬢だ」
「あっごめんなさい!悪気はないの!あたし小さい頃からいっぱい大変なことあって…色んなこと分かんなくて…」
店員は哀愁漂う表情でスワードを上目遣いで見つめた。しかしそれがまた愛らしいのを見ると、シャルロッテはなぜか焦燥感に駆られた。早くここを出よう、そう思いシャルロッテは店員に早々に注文した。
「あの、わたし薔薇をいただきたいのだけれど…」
「騎士様も苦労してきたんでしょ?」
「赤色を花束にしていただける?本数は…」
「あたしもーっと騎士様のこと知りたいなぁ」
その店員はシャルロッテを空気のように扱い、あろうことかスワードに色目を使っていた。シャルロッテは店員の目つきを見ると、謎の尖った感情が昂って爆発した。
それは所謂堪忍袋の尾が切れた、というものだったが、この時のシャルロッテは袋ごと引き裂いていた。
「あの!薔薇の花束をいただけるかしら!赤い薔薇を99本!リボンはあの緑色にしてくださる!?」
シャルロッテは腹から声を出し、窓際で艶やかに咲く薔薇をビシッと指差した。シャルロッテは精一杯声を出したが、しかし彼女の子猫のような咆哮は花の中に消えていった。それでも3人を取り巻く空気はピキーンと一瞬で凍った。
店員もスワードも目を丸くし、一方の憤ったシャルロッテは産毛を逆立ている。しかし空間が静まるとシャルロッテはハッと我に帰った。
(やだっ!わたしったら何を…!)
シャルロッテは慌てて両手で口元を隠すが凍った空気は解凍されず、すかさず店員が応戦した。
「ひうっ…ふえっ…ひどい…怒鳴らなくても…あたしと騎士様が仲良しになったからって…」
「違います!わたしは別に──」
(別に?じゃあなぜ、わたしはこんなに怒っているの?)
そこでシャルロッテは自身の煮沸された血液に気がついた。それは明らかに感情が昂っている証拠だったが、店員に向けるその尖った謎の感情の正体が分からなかった。
そうしている間も、その店員はいかにもシャルロッテに泣かされたかのように振る舞い、涙に濡れる上気した顔でスワードを見上げた。
シャルロッテはそれを見るとまた尖った謎の感情が昂ったが、しかしスワードは店員に目もくれなかった。
「シャルロッテ」
スワードは名を呼ぶと後ろから覆い被さるようにシャルロッテを抱きしめた。そのまま彼は内臓まで振るわす甘く低い声で囁いた。
「さっさと行こう。君と2人でいられる時間が惜しい」
「あっ…」
シャルロッテが頭上を見上げれば、スワードは優しく微笑んでいた。神経を逆撫でする甘ったるい生花の香りも、スワードのミントとサボンの香りで塗り替えられる。
その笑顔と温もりと香りは「恥ずかしさ」と「トキメキ」の感情を湧かせ、同時に店員に対して昂っていたあの刺々しい謎の感情を消していった。
シャルロッテが店員を見やると、顔をひどく歪めて奥歯を噛み締め、無言で薔薇を剪定し始めた。
そうしてシャルロッテとスワードは花屋という人工花畑で99本の薔薇を待っていた。
店員はアレだが花は実に見事だった。茎は瑞々しく伸び、花はどれも上級のドレスのように咲いている。
気が緩んだシャルロッテが花の鑑賞を楽しんでいると、薔薇を剪定し終えた店員が口を開いた。
「ねえシャルロッテって…もしかして『あの』シャルロッテ・シルト?」
最悪の事態だ。