スワードは難しい顔で軍の上官のようにシャルロッテに語った。
「いいか?シャルロッテ。風邪を治すには免疫力を高めることが重要なんだ。そのために体温を上げる必要があるが、まずは筋肉を痙攣させて──」
スワードはあれやこれやと風邪の症状や治療法の例を出すものだから、シャルロッテは口を挟む隙が全くなかった。なによりスワードの気迫が凄すぎた。
「要するに、今の君が怪力発動しないのは人生初の風邪を治すために筋力が総動員していて、怪力発動する余裕がないということだ」
「では、わたしは『か弱く』なれたわけでは…」
「ない。断じて、ない」
スワードはしかめ面でキッパリ言い放った。腕を組んで背もたれにギッともたれ掛かるスワードには圧があり、シャルロッテはそれだけで説得力を感じたのだった。
そうして分かりやすく肩を落としたシャルロッテを見たスワードは機嫌を直したようで、微笑む彼は粥を掬って彼女の口に運んだ。
「あのぅ…自分で食べられますよ?」
「これ以上筋肉に負荷をかけたら風邪が治るのに時間がかかるだろう?いいから食べろ」
「はっはい!」
シャルロッテはスワードに差し出された粥をパクリと口に入れた。
「はふっ!」
「ん?どうした?」
「あっいえ。少し熱かったので…猫舌なんです」
シャルロッテはハフハフしながら答えてコップの水を飲んだ。スワードはその様子を見てクスリと小さく笑うと、また粥を掬ってシャルロッテに食べさせる。
「今度はよく冷ましてから食べろ」
「はい!ふーっふーっふーっふーっふーっ」
「ははっ!吹き飛ばしでもするつもりか?」
「違いますよ!猫舌なりの防衛術です!」
スワードは楽しくてしょうがないと言わんばかりにケラケラ笑っていた。
シャルロッテは恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じ、今の自分が「怪力」でないことに胸を撫で下ろした。いつもの自分ならきっと何かしらを壊していたに違いないから。
それからひとしきり笑い終えると、スワードはポツリと言った。
「そうやって顔を赤くしながら物を壊す君が恋しいよ」
それは見たこともない切ない表情で、潤んだ深く青い瞳がシャルロッテを覗き込んだ。
シャルロッテは彼の表情に申し訳なさを感じつつ、その反面でなぜか喜んでしまう自分がいた。
たった1日なのに「恋しい」だなんて。その言葉に深い意味がないことは重々承知だが、それでも初めて男に気にかけてもらえたことが嬉しかった。
そうしてまた顔に血が集まって火照るのを自覚すると、それを見たスワードがベッドを軋ませてシャルロッテの側によった。
スワードの手がサラサラとシャルロッテの頬を撫でる。
「で、殿下…?」
「早く怪力に戻ってくれ」
「え?」
「そうじゃないと私は──」
シャルロッテの鼓動が早くなる。夜の寝室で男と2人きり、しかも相手は王太子。「王国の麗星」と名高い、国1番の男と言っても過言ではないスワードの顔がぐんぐんシャルロッテの顔に近づいた。
その距離はもう目と鼻の先で、彼の彫刻のような美貌にシャルロッテはギュッと目をつぶった。
(ダメ!美しすぎる──!)
「こうしてやる」
「ふぇっ!?」
スワードはシャルロッテの頬をつまんでまるでゴムのように横にびよんと伸ばし、そのまま覆い被さるようにしてベッドに寝かせた。シャルロッテがドギマギしているとしかめ面で言い放つ。
「いいかシャルロッテ・シルト、少しでも風邪をこじらせてみろ。これでは済まさないからな」
「はひっ!?」
「ああ、何をするかって?そうだな…丸焼きにして食べるのはどうだ?ん?」
スワードはシャルロッテを押し倒したまま、その柔らかい頬を伸縮させて弄んだ。
それから熱で惚けたシャルロッテの頭を優しく撫でた。シャルロッテはそれがとても心地良くて瞼がどんどん重くなっていった。
会話が自然と途絶えた2人の部屋に、青く冷たい月明かりが差す。月光に透けたスワードの銀髪と深く青い瞳が聖霊のように美しかった。
「おやすみシャルロッテ」
スワードは優しく囁いてシャルロッテの額にキスを落とし、部屋を後にした。
◇◇◇
そして翌日のこと。
────グワシャーンッ!!
緑が朝露に濡れる清々しい朝の王宮に破壊音が響いた。
衛兵達が血相を変えて集まると、割れた花瓶の横で笑顔の王太子と顔を赤くする令嬢が揉めていた。
「よし、風邪が治って何よりだ。ちゃんと『怪力令嬢』だな」
「治したいのは怪力体質なんですーっ!!」
シャルロッテ・シルトの怪力受難はまだまだ続くのであった。