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再び絵を描き始めるネザサの隣に腰を下ろすと、マサキはちうと戯れながらネザサの持つ道具を見て「あれは」「これは」と問いかけた。

ネザサはどうやらこの辺りで毎日絵を描いているらしく、『華絵 彼岸花』もここで描いたものなのだとか。色の濃い桜の花びらを紙の上に描きながら、ネザサはからからと笑う。その笑顔が年相応に見える反面、手付きは完全に大人顔負けのものだった。

マサキの視線が紙に注がれているのに気が付いたネザサは、クスリと笑うと『華絵 彼岸花』の話を口にした。

「彼岸花はね、初めて絵具を手作りして描いたものなんだ」

「絵具を、手作り……!?」

「うん。高いからあんまり量は作れないんだけど……」

ネザサは絵具を作る手順をマサキに教える。そんな簡単に人に教えてもいいのかとマサキは不安になったが「染物屋さんの人ならみんな知ってるよ」というネザサに、気にすることをやめた。

マサキは自分の知らない知識が自分よりも年下の少女から、溢れんばかりに出てくるのをどこか呆気にとられた気持ちで見ていた。

(……すごいな)

絵を描いたり、絵具を作ったりする技術もそうだが、その熱量は真似しようと思っても到底真似できるものではない。

(こりゃあ、大人たちが血眼になって探すわけだ)

「この墨は、その時の失敗作。水っぽくなっちゃって」

「そうだったのか!」

(墨も手作りとなれば、あんなにき綺麗に具現化したのも頷けるな)

マサキは、今は巾着に仕舞われてしまった先ほどの花を思い出し、笑う。金儲けしか考えていない陰陽師たちよりも、よっぽど彼女の方が素質があるように見える。

二人は他愛もない話を繰り返すと、日没と共に別れた。次に会う約束は特にしなかった。する必要がないと、マサキは思っていたから。

そしてその思惑通り、ネザサと再び出会うまでにそう時間はかからなかった。






僕は目の前に広がる草原に、両腕を広げ大きく息を吸い込んだ。草木の香りが肺の中を満たし、全身を駆け巡っていく。

「うーん! やっぱり田舎はいいなあ」

「ちょっと。失礼ですよ、あなた」

「おや。それはすまないことをした」

妻の言葉に、僕はいかんいかんと広げた腕を元に戻した。都内で生まれ育った僕にとっては広大な草原というのは珍しく、とても心躍る光景だったのだ。

(つい年甲斐もなくはしゃいでしまった)