今日は朝から快晴だが気温は低く、昨日の雪が解けて道路が一部凍結しているかもしれない。うちの小さな庭の駐輪スペースには私のほとんど乗っていない自転車の隣に伊織が毎日乗っている自転車が停められていた。
つるつるの地面を考慮してさすがの伊織も徒歩で学校に向かったようだ。門扉を開けて家の敷地外に出ると門塀に寄りかかってスマホを見つめる伊織がいた。
私に気づきスマホを鞄にしまう。
「おはよう」
「お、おはよう。朝練は?」
「今日はない」
二週間後には大会があるはずなのにそんなわけない。でもそれを指摘する気にはならなかった。私たちはまるでいつもそうしていたかのように並んで歩き出す。
「美月さん、昨日の夜から熱が出て今日は休むってよ。インフルかもな、最近流行ってるし」
「なんで伊織が知ってるの? 私も知らないのに」
「詩織にメッセージ送っても既読がつかないし電話も繋がらないからって俺に連絡くれたんだよ。真人も同じようなこと言ってたし、電源でも切ってたのか?」
「あ、そうだった。ごめん」
慌ててスマホの電源を付けると確かに美月や真人君からメッセージが届いている。
「おい、お前どんくさいんだから歩きスマホとかやめろよな。転んで怪我して歩けなくなっても置いてくぞ」
伊織の指摘はもっともだったので大人しく立ち止まってメッセージを確認した。美月からの私を心配するメッセージ。朝には熱が出て学校に行けなくなったことも送られてきている。真人君からは浅慮だったことへの謝罪とこれからのこと。
「真人はなんだって?」
「自分のせいでこんなことになってごめんって。あと、放課後話がしたいって。伊織は何か聞いてないの?」
「……詩織と直接話がしたいってことは聞いてたけど、内容までは聞いてない」
学校で真人君と話をする機会はほとんどなかった。いつもメッセージや電話ばかりで面と向かって話すことは実はあまりしたことがない。
だから話ができることは嬉しいはずなのに真人君が私のことを好きだと知って心躍るはずなのに、再び歩き出した私の足取りは重い。学校に近づくにつれてその足取りは重くなっていく。
もしも伊織が一緒じゃなかったら、家に引き返していたかもしれない。伊織は私の足取りに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
学校に着いて、昇降口に向かう。さっと上履きに履き替える伊織とは対照的に、私は自分の下駄箱の前で少しだけ躊躇してしまった。だがこのまま立っているわけにもいかない。恐る恐る下駄箱の小さな扉を開け、中を確認する。
上履きが入っているだけでおかしなところはない。上履きも特に変わりない。安心して小さく息を吐き、上履きに履き替え、伊織と並んで教室に向かって歩き出す。たくさんの視線を感じながらも何事もなく教室までたどり着くことができた。
一年一組の教室は今の学校の中で唯一の安息の地。佐々木さんは私よりも早く来ていて大石さんと秋野さんと小畑さんもいて話をしていたが私を見るや否や抱き着いてきた。伊織はそれを見て自分の教室へと向かったようだ。
「わっどうしたの? 佐々木さん」
「い、いや、なんとなくこうしたくて」
佐々木さんはいつも香水のような強い香りがしていたけれど今日はシャンプーの良い香りがかすかにするだけだ。そして長く綺麗な髪の内側に染められていた茶色もなくなっていて綺麗な黒髪になっている。
「蘭々、もう隠さなくなってんじゃん」
「女同士なのをいいことに何しでかすか分からないから気をつけてね春咲さん」
大石さんと小畑さんが佐々木さんをいじる。軽口を言い合える関係なんだと思うけれどそんな軽い口調とは裏腹に佐々木さんは私を強く抱きしめる。
「佐々木さん?」
「ずっとこうしてみたかったってのも少しはあるんだけど……やっぱり色々心配で、大丈夫かなって。今日顔を見れてよかった」
そう言って佐々木さんはヘアピンで留める気にもならなかった私の前髪を分けて目を露出させ、私と見つめ合う。佐々木さんはヘアピンを取り出して私の前髪を留めてくれた。
きっとこれは佐々木さんなりのエール。佐々木さんの顔は眼鏡をかけているだけでなく、いつもと少し印象が違う気がした。
「ねー、春咲さんってSNSとかやってるー?」
「え、うーん、一応アカウントはあるけど全然いじってない。めんどくさくて通知とかも来ないようにしてるし」
「そっかー、使わなくて平気ならそれがいいよねー」
唐突に秋野さんが尋ねた。何かSNSで嫌なことでもあったのだろうか。
「じゃーそろそろ教室戻るねー」
もうすぐ朝のホームルームが始まる時間となって秋野さんと小畑さんは自分の教室へ、私たちも自分の席へと着いた。
授業の合間の休み時間毎に伊織は一組の教室まで様子を見に来た。ふらっと現れては私の様子に変わりないことを確認するとふらっといなくなる。
しかし四時間目の後の昼休みは事情が違った。授業が終わり今日は美月が休みだからお昼ご飯をどうしようかと考えていると、伊織が教室に入ってきて私の手首を掴んで教室から連れ出した。
伊織が私を連れてきたのはバスケ部用の体育館の中にある男子バスケ部の部室だった。意外と言っては失礼かもしれないが男子の運動部の部室にしてはかなり綺麗だし、嫌な臭いもしない。漫画では大抵臭くてごちゃごちゃしていてとてもじゃないがご飯を食べる環境ではなかったはず。
私が驚いていると伊織が「三年の女子マネージャーの先輩に厳しく教えられたんだ」と苦笑いしながら理由を教えてくれた。大勢の男子を統制できている辺りものすごく優秀な人なのではないかと思う。
部室には長椅子が二つあったがそのうち一つに隣り合って座り、お互い一言もしゃべらずに、お母さんが作ってくれたおかずは同じだけど量が二倍くらい違うお弁当を食べた。
量が二倍違うのに食べ終わるのは伊織の方が早いのは、私に食欲がなかったからだ。私は結局食べきれず、残りは伊織が平らげた。
そのとき、部室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。伊織よりも少し大きいくらいの身長にボリュームのあるポニーテールで、大きい、と言うのが第一印象だった。
「あら、伊織と……ああ妹ちゃんか。残念、スキャンダルだと思ったのに」
「あ、日夏先輩。こんちは」
つるつるの地面を考慮してさすがの伊織も徒歩で学校に向かったようだ。門扉を開けて家の敷地外に出ると門塀に寄りかかってスマホを見つめる伊織がいた。
私に気づきスマホを鞄にしまう。
「おはよう」
「お、おはよう。朝練は?」
「今日はない」
二週間後には大会があるはずなのにそんなわけない。でもそれを指摘する気にはならなかった。私たちはまるでいつもそうしていたかのように並んで歩き出す。
「美月さん、昨日の夜から熱が出て今日は休むってよ。インフルかもな、最近流行ってるし」
「なんで伊織が知ってるの? 私も知らないのに」
「詩織にメッセージ送っても既読がつかないし電話も繋がらないからって俺に連絡くれたんだよ。真人も同じようなこと言ってたし、電源でも切ってたのか?」
「あ、そうだった。ごめん」
慌ててスマホの電源を付けると確かに美月や真人君からメッセージが届いている。
「おい、お前どんくさいんだから歩きスマホとかやめろよな。転んで怪我して歩けなくなっても置いてくぞ」
伊織の指摘はもっともだったので大人しく立ち止まってメッセージを確認した。美月からの私を心配するメッセージ。朝には熱が出て学校に行けなくなったことも送られてきている。真人君からは浅慮だったことへの謝罪とこれからのこと。
「真人はなんだって?」
「自分のせいでこんなことになってごめんって。あと、放課後話がしたいって。伊織は何か聞いてないの?」
「……詩織と直接話がしたいってことは聞いてたけど、内容までは聞いてない」
学校で真人君と話をする機会はほとんどなかった。いつもメッセージや電話ばかりで面と向かって話すことは実はあまりしたことがない。
だから話ができることは嬉しいはずなのに真人君が私のことを好きだと知って心躍るはずなのに、再び歩き出した私の足取りは重い。学校に近づくにつれてその足取りは重くなっていく。
もしも伊織が一緒じゃなかったら、家に引き返していたかもしれない。伊織は私の足取りに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
学校に着いて、昇降口に向かう。さっと上履きに履き替える伊織とは対照的に、私は自分の下駄箱の前で少しだけ躊躇してしまった。だがこのまま立っているわけにもいかない。恐る恐る下駄箱の小さな扉を開け、中を確認する。
上履きが入っているだけでおかしなところはない。上履きも特に変わりない。安心して小さく息を吐き、上履きに履き替え、伊織と並んで教室に向かって歩き出す。たくさんの視線を感じながらも何事もなく教室までたどり着くことができた。
一年一組の教室は今の学校の中で唯一の安息の地。佐々木さんは私よりも早く来ていて大石さんと秋野さんと小畑さんもいて話をしていたが私を見るや否や抱き着いてきた。伊織はそれを見て自分の教室へと向かったようだ。
「わっどうしたの? 佐々木さん」
「い、いや、なんとなくこうしたくて」
佐々木さんはいつも香水のような強い香りがしていたけれど今日はシャンプーの良い香りがかすかにするだけだ。そして長く綺麗な髪の内側に染められていた茶色もなくなっていて綺麗な黒髪になっている。
「蘭々、もう隠さなくなってんじゃん」
「女同士なのをいいことに何しでかすか分からないから気をつけてね春咲さん」
大石さんと小畑さんが佐々木さんをいじる。軽口を言い合える関係なんだと思うけれどそんな軽い口調とは裏腹に佐々木さんは私を強く抱きしめる。
「佐々木さん?」
「ずっとこうしてみたかったってのも少しはあるんだけど……やっぱり色々心配で、大丈夫かなって。今日顔を見れてよかった」
そう言って佐々木さんはヘアピンで留める気にもならなかった私の前髪を分けて目を露出させ、私と見つめ合う。佐々木さんはヘアピンを取り出して私の前髪を留めてくれた。
きっとこれは佐々木さんなりのエール。佐々木さんの顔は眼鏡をかけているだけでなく、いつもと少し印象が違う気がした。
「ねー、春咲さんってSNSとかやってるー?」
「え、うーん、一応アカウントはあるけど全然いじってない。めんどくさくて通知とかも来ないようにしてるし」
「そっかー、使わなくて平気ならそれがいいよねー」
唐突に秋野さんが尋ねた。何かSNSで嫌なことでもあったのだろうか。
「じゃーそろそろ教室戻るねー」
もうすぐ朝のホームルームが始まる時間となって秋野さんと小畑さんは自分の教室へ、私たちも自分の席へと着いた。
授業の合間の休み時間毎に伊織は一組の教室まで様子を見に来た。ふらっと現れては私の様子に変わりないことを確認するとふらっといなくなる。
しかし四時間目の後の昼休みは事情が違った。授業が終わり今日は美月が休みだからお昼ご飯をどうしようかと考えていると、伊織が教室に入ってきて私の手首を掴んで教室から連れ出した。
伊織が私を連れてきたのはバスケ部用の体育館の中にある男子バスケ部の部室だった。意外と言っては失礼かもしれないが男子の運動部の部室にしてはかなり綺麗だし、嫌な臭いもしない。漫画では大抵臭くてごちゃごちゃしていてとてもじゃないがご飯を食べる環境ではなかったはず。
私が驚いていると伊織が「三年の女子マネージャーの先輩に厳しく教えられたんだ」と苦笑いしながら理由を教えてくれた。大勢の男子を統制できている辺りものすごく優秀な人なのではないかと思う。
部室には長椅子が二つあったがそのうち一つに隣り合って座り、お互い一言もしゃべらずに、お母さんが作ってくれたおかずは同じだけど量が二倍くらい違うお弁当を食べた。
量が二倍違うのに食べ終わるのは伊織の方が早いのは、私に食欲がなかったからだ。私は結局食べきれず、残りは伊織が平らげた。
そのとき、部室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。伊織よりも少し大きいくらいの身長にボリュームのあるポニーテールで、大きい、と言うのが第一印象だった。
「あら、伊織と……ああ妹ちゃんか。残念、スキャンダルだと思ったのに」
「あ、日夏先輩。こんちは」