バスケ部もすぐに解散となるとのことだったので少しだけ待って一緒に帰ることにした。佐々木さんだけは別方向なので少し名残惜しくもあったが四人で歩き始める。
 
 真人君と伊織は自転車だが徒歩の私と美月に合わせて自転車を押して歩いてくれている。

 私も自転車は一応持っているし乗れないわけではないのだけれど、私の家から桜高校までの距離は一キロ弱くらいなので歩けない距離ではないし、乗れないわけではないけれどお父さんから自転車はやめておきなさいと言われているので徒歩で通学している。

 私は乗れないわけではないけれど美月は乗れないらしく、二キロ弱の距離を徒歩で通学しているらしい。

 今日の試合のミニ反省会を真人君と伊織が行って、次の二月初旬にある大会は遠方で行われるため、見に行くのは泊まりがけになってしまうし難しいという話をしたところで真人君とはお別れになってしまった。

 私たちとの分かれ道から自転車に乗って走り出す真人君の大きな背中を三人で見送ると、ゆっくりと私たちの家の方向に歩き出しながら伊織が呟いた。

「真人はこれから昼飯食べた後、練習するんだろうな。皆、祝勝会で焼肉からのカラオケだっていうのに。ストイックな奴だよ」

 真人君の家の地下にある半面のバスケットコートの思い出が蘇る。初めて真人君のバスケを生で見た衝撃は今でも、これからも絶対に忘れられない。

「真人君らしいね。あれ、でもバスケ部の一、二年生って何人いたっけ?そんな大勢でいきなり押しかけたら迷惑じゃない?」

「俺と真人除いて三十人プラスマネージャー四人で三十四人だけど、大丈夫だよ。年明け早々予約してあるんだ」

「じゃあ、もし負けたとしても行くの?」

「まあな。そんときは暗くて湿っぽい食事会になっただろうな。まあ誰も負ける気はしてなかったけど」

「真人君はともかく伊織はいいの? 行かなくて」

「行くつもりだったけど、昨日断った。一人くらいなら減ってもキャンセル料とかいらないらしくて助かった」

「何で断っちゃったの? 行けばいいのに。ベンチ外の人も皆行ってるんでしょ?」

「別にいいだろ。なんとなくだよ」

 私の右隣りの車道側を歩いていた伊織はぶっきらぼうに言って私の前に出た。顔を見せたくなくなるのは照れている証拠だが、そんなに照れる要素はあっただろうか。

 私が考えていると左隣を歩く美月がひらめいた。漫画などでよく見る電球のマークが現れたかと錯覚するくらいハッとした表情になる。

「もしかして、詩織のことが心配だったから?」

「う……」

「う?」

「うるさい! そんなわけない!」

 伊織は顔を赤くして、押していた自転車にまたがり走り去ってしまった。しかし少しだけ私たちから遠ざかったところで一旦停止して振り返り「気をつけて帰って来いよ!」と言い残し、再び自転車を漕いで行ってしまった。

 声を荒らげて怒鳴る伊織を見たのはいつが最後だっただろうかと思うくらいには久しぶりの光景で、私は呆気にとられてしまった。そんな伊織から大きなダメージを追ってしまったのは美月の方だ。

「どうしよう。私、怒らせちゃったかな」

 今にも泣きそうな目で美月が私を見る。美月はどんな顔をしても可愛いなぁと思うが、悲しい顔をさせた伊織は懲らしめてやらねばならない。

「大丈夫だよ。伊織は昔から照れると逃げ出すの。図星突かれて照れただけ」

 私がそう言うと美月はすぐに安堵の表情になる。切り替えが早いのも美月の良いところだ。

「なら良かった。嫌われたりしたらどうしようかと思ったよ」

「大丈夫。伊織は私が好きな人を嫌いになるわけないし、私が嫌いな人を好きになることもないから。だから絶対に美月のこと嫌いになんてならない。それに私は美月のこと大好きだから伊織もきっと美月のこと大好きになるよ」

「詩織……」

「美月……」

 美月と別れることになる交差点に差し掛かるところで私たちは向かい合って両手を一つに握り合った。

 佐々木さんとは少しだけ仲良くなれて、これからも仲良くやっていけそうだ。伊織のことは信頼しているし、生涯助け合っていきたいと思う。真人君といると嬉しいし、楽しいし、ドキドキするし、別れるのが惜しくなる。

 でも、それよりも美月は私にとって特別だ。高校生になってからずっと一人だった私に舞い降りた希望と言う名の天使。彼女の恋を成就させてあげたいと思うし、大人になったら私の家の隣に伊織と一緒に住んでもらって家族ぐるみの付き合いをしたいとも思う。

 私の家に真人君がいたら最高だなと思うけれど、大人になる頃には真人君は二メートルくらいになっていそうだから天井とか色々高くしないといけないので、物件探しは大変そうだ。

 なんて妄想をしながら美月と別れて自宅に到着し、伊織より遅く帰ってきたことを心配するお父さんをいなしながら自分の部屋に向かうと、私の部屋の前で荷物を傍らに置きながら体育座りをする伊織がいた。

 私たちの部屋につながる廊下は節約のために基本的に電気をつけず、陽も当たらないので昼間でも薄暗く伊織がまるで真っ黒な負のオーラをまとっているかのように錯覚する。

「何してんの? 寒くない?」

 私の問いかけに反応して伊織が陰鬱な顔を見せた。

「……その、悪かったな。大きな声出して」

 小中学生の頃だったらこういうときは意地を張ってすぐに謝ることはなかっただろうけれど、高校生の伊織はその頃とは大違いに落ち着きがあって優しい人間になっているので素直に謝ってくれた。

「詩織のことが心配だったんだ。それを当てられて驚いたし、恥ずかしかった」

「心配してくれてるのはすごく感謝してる。でも謝る必要があるのは私に、じゃないよね。フォローはしたけど、驚いてたし言っちゃいけないことを言っちゃったんじゃないかって心配してた」

「……ああ、そうだな」

 立ち上がって自分の部屋に向かう伊織を見送りながら私も自分の部屋に入った。