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「映画、おもしろかったです。ありがとうございました」
映画が終わって近くの喫茶店に入ると、彼女は涙でずぶ濡れになった顔をハンカチで拭いながらお礼を言った。
「こちらこそ、つき合ってくれてありがとうございました」
同じく涙を拭いながら言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
ラブコメ映画は予想外に泣けるもので、周りの客は嗚咽をもらしながら見入っていた。この様子からすると、彼女もしっかり心を掴まれたのだろう。選択肢がなかったとはいえ、映画を選んだ身として、ほっと胸を撫でおろす。
「どのシーンが気に入りましたか?」
カフェオレを一口飲んで尋ねると、彼女は待ち合わせのときよりもずっとほどけた表情を見せた。
「ラストのシーンです。主人公と男の子がようやく結ばれて」
「あれはよかったですね」
「ええ、ほんとうに」
「隣の席の人がおならなんてしなければ、もっとよかったんですけどね」
「えっ?」
「聞こえませんでした? アニメみたいないい音で、ぷうって鳴ってましたよ。ちょうど主人公がキスするタイミングで。せめてもっと違う場面まで我慢してほしかったですよ。だってキスシーンですよ? 一番の見せ場ですよ?」
拳を握り締めて言うと、彼女はぽかんと口をあけたまま固まった。
しまった。彼女に熱弁することじゃなかった。
ようやく気づき、一気に全身から汗が噴き出す。
「あ、あの、すいませんっ。変なこと言って」
彼女は、ふっと息をもらしてから、身体を折り曲げて大きく笑った。テーブルの上で揺れるふたつのカフェオレ。今日はじめての彼女の笑顔。
こんな顔で、笑うんだ。
じっと見ていると、視線に気づいた彼女はぴたりと笑うのをやめて唇を噛んだ。まるで、笑うことが許されていないかのように。
焦燥感に襲われ、気づけば自分も唇を噛んでいた。