「あっ、すいませーん!」

 前方からバタバタ走ってきた中学生くらいの男の子に、思いきり身体をぶつけられた。軽くふらつき、男の子の手に握られていたビニールバッグが視界に入る。その中央に印字されたロゴマークに、あ、と霧が晴れた。

「あの、映画はどうですかっ」

 くるりと彼女の方を向いて早口に言った。すると彼女のほうも

「はいっ。映画、いいですねっ」

 と早口に答えた。

 彼女の鼻の頭は汗でぺかりと光り、バッグのショルダーを握る手にはぎゅっと力が込められていた。スカートの裾だけが軽やかに揺れている。

「ええと、観たい映画はありますか? 好きな映画のジャンルは?」

 尋ねると、彼女は困ったように小さな声で

「……とくには」

「恋愛、アクション、SFのなかだったらどうですか」

「そうですね……ええと、ええと」

 彼女の視線は答えを探すように宙をさ迷い、鼻の下には薄っすらと汗が浮かんでいた。探しているのは「彼女の答え」ではなく、「相手がよろこぶ答え」なのだろう。