「せっちゃん、まだ起きてる?」

「起きてる」

三十センチほど下から聞こえる芳賀の声に、一瞬ひやっとした。
いつもより声が少し低い。

「あのさ、説教するつもりはないけど、あんまり男に気を持たせるようなことしちゃだめだよ。
世の中には力づくで、そういうことする奴もいるから」

「……うん」

「本当に、もうだめだよ。なにかあってからじゃ遅いから」

「わかってるってば!」

突っぱねるように返した言葉は思ったよりも大きかった。
訪れた沈黙に押しつぶされる。

「わかってないから……わかってないから、こうなったんだろ!」

芳賀の大きな声が重い空気を突き破った。

わたしがわかってないから、こうなった?

いったい誰のせいで――わたしがこんなことに、こんな女になったと思ってるんだよ。

「ばか!」

大声を張り上げ、震える唇で玄関まで一直線に向かった。
背後から引き止める声を、全身でシャットアウトして。

開いた扉の先では、ひぐらしがまだ鳴いていた。

――しぶといね。

お前も、わたしも。