じゃあ行くよと亜美花ちゃんの手を引き校舎裏を離れる。どこにでも着いて行きますといった顔で行き先を聞いてくる亜美花ちゃんに、これから一緒にお母さんに会いに行くよと伝えると、さすがの亜美花ちゃんも目を丸くして困っていた。でも嫌だとは一言も言わずにぎゅっと手を握り返してくれたので、私はその手から温かな勇気をもらった。
 ——この後お母さんに会ったらなんて言おう。
 まずはお母さん達が離婚して悲しかったと伝えたい。でも今はもう大丈夫なのだと言うつもりだ。なぜなら亜美花ちゃんが居るから。亜美花ちゃんのおかげだと、そこでとても素敵な私の友達なのだと紹介しよう。
 お母さんは亜美花ちゃんを見てびっくりするかもしれない。でもきっとわかってくれる。だって私のお母さんはすごく真面目な人だから。それってきっと私と同じ考え方をしている人だって事だから。だって私はお母さんの娘で、お母さんは私のお母さんだ。離婚して家族じゃなくなったって、お母さんから生まれて血が繋がっている事実に変わりはないのだから、私と同じ様にお母さんも亜美花ちゃんの事が好きになるはずだ。
 そんな私と似ている真面目なお母さんにはきっと、一人で悩んで抱えてきた事があるのだろう。その結果が離婚に繋がってしまったのかなと今はなんとなく想像する事が出来る。だって、きっと私も悩みを一人で抱えて潰れてしまうタイプだろうから。
 でも今の私には亜美花ちゃんが居る。私はもう一人じゃないし、前の向き方を教えてもらった。頑なになっていた私の心に寄り添ってくれる人に出会えたから、だから大丈夫なのだと、そんな話をお母さんにしよう。一緒に亜美花ちゃんに聞いてもらおう。
 私は今、毎日が楽しいのだと——。


「……華菜ちゃんのお母さん、良い人だったね」
「うん。変わらなかった」
「私も今度、お母さんと真面目な話しよっかな」
「一緒に行こうか?」
「そうしよ」

「じゃあ手土産を用事しないと……」と呟くと、「真面目か」と亜美花ちゃんは笑った。
 ——亜美花ちゃんの手を引き、学校を出た後。
 時間も時間なので学校の最寄駅からすぐのファミレスで会う事になり、先に席についていたお母さんに声を掛けるとお母さんはとても喜んで迎えてくれた。
 そして私の後ろから気まずそうに登場した亜美花ちゃんに驚くかなと思ったけれど、すんなりと受け入れてくれて、いつも仲良くしてくれてありがとうと私に代わってお礼をしてくれる。その姿がなんだか懐かしくて、そういえばいつもお母さんは私の友達を大切にしてくれたなと当たり前に思っていた事実に感動した。
 すると、なんだろう。色々考えていた伝えたい言葉がすんなりと口から出てくる様になり、まるで毎日の食事の時に一日にあった事を報告する様に、これまでの出来事に関する私の思い、考え、そして亜美花ちゃんとの出会いから今日までの事。話したいと思っていた事全てを話し切る事が出来た。
 亜美花ちゃんも初めはガチガチに緊張していたものの、私とお母さんの様子を見て次第に緊張が解れていき、最後には三人で楽しく夕食の時を過ごす事が出来た良い時間となってその場を終える事が出来たのだった。

「思ったより私の話が出てきてびっくりした」
「それはそうだよ。私が今、こうやって笑っていられるのは亜美花ちゃんのおかげなんだから」
「大袈裟」
「ううん。もし亜美花ちゃんに会えないままお母さんに会ってたらきっとお母さんを責める事ばかり言っちゃってたと思う。私の事なんで捨てたの?とかってさ。でもね、今はなんか、その気持ちが無いの。全く無いって訳ではないけど……なんだろう。きっと私は捨てられた訳じゃなくて、お母さんにとってこの選択肢を選ばざるを得ないくらいの何かがあったのかな……みたいな、なんか寄り添う気持ち。亜美花ちゃんに出会う前の私だったらってお母さんに自分を重ねて想像出来るくらいの余裕が出来たからかもしれない。それくらい亜美花ちゃんとの出会いで私、救われたの」
「……それは私の方だよ。華菜ちゃんが居たから……なんか、一つ乗り越えられた様な気がする」

 大きく漕いだブランコをぴょんと亜美花ちゃんが飛び降りる。今、夜の公園で私達はブランコに乗っていた。なんだか離れがたくて別れをぎりぎりまで引き延ばしている事、亜美花ちゃんは気づいているだろうか。それとも同じ気持ち?
 じっと見つめる先、亜美花ちゃんが振り返る。それはいつもの亜美花ちゃんの笑顔よりもう少しだけ涙を堪える様な表情だった。

「華菜ちゃん、ありがとう。華菜ちゃんが居てくれたから私、今はちゃんと正しい場所まで戻って来られたと思ってる。彼氏の事も、私の考え方じゃ辿り着けない答えだった。今の私は全部全部華菜ちゃんのおかげ」
「私も。私もいつもそう思ってる。私達、お互い正反対で良かったよね。間違いを見つけあえるっていうか、支え合って前へ引っ張りあっていけるっていうか。なんだか今は自分の事も受け入れられる様になった気がするんだ」
「……うん。私も」

 両親の離婚から卑屈になっていた私の事を真面目なのだと言ってくれて、それが私らしさだと亜美花ちゃんが教えてくれたから、今の私は両親の離婚を経験し、真面目に向き合えた自分として新しい自分を受け入れられている。
 そんな私らしさを見つけてくれて、私らしさに救われてくれる人が居るのなら——私は私で良かったのだと、どん底だったあの日から今日までの自分の全てを受け入れる事が出来るのだ。
 私が私らしく生きてきたから、私は亜美花ちゃんという素敵な人に出会う事が出来た。
 同じ辛さと悲しさ受け入れてきた私達は、支え合いながらこれからも新しい未来に一つずつ進んでいくのだろう。

「明日学校来るよね?」
「うん、もちろん。明日からもよろしくね!」

「こちらこそ!」と答えながらブランコを飛び降りる。二人で見上げた夜空の星はきらきらと、まるで私達の明日の様に輝いていた。