二度と学校に行くつもりが無い訳ではなく、退学するつもりも無いのだと、その後、連絡を取り合う中で亜美花ちゃんは言っていた。
ただ会いたい気持ちが落ち着くまで、気が済むまで自分の気持ちと向き合いたいから行動に移しているだけなのだと。けれどそのせいで彼氏さんとは喧嘩が続いているらしい。
仕方ない事だと亜美花ちゃんは力無く笑っていた。
『私のしている事が間違ってるなんて分かってる。迷惑を掛けてる事も、心配して怒ってくれてる事も。だけどまだ心が納得出来ないの』
「うん」
『いつ終わるんだろうね。いつ……私は、一人になるんだろう』
「……一人じゃないよ。学校で二人も心配してるよ」
『……うん』
亜美花ちゃんは自分の心と向き合うので一杯一杯な様だった。それほどまでに彼氏さんの存在は亜美花ちゃんにとって大きなもので、何とも代え難いものなのだろう。
初めて亜美花ちゃんと話した日。彼氏がいなくても生きていけるもの?と聞かれたけれど、冗談でも、馬鹿にするつもりでも無く純粋な気持ちから出た質問だったのだろうなと今では思う。亜美花ちゃんの世界は彼氏さんの存在があってこそのものだから、いなくなった世界なんて想像がつかなかったのだろう。
けれど今、それが現実になろうとしている。分かっていても心がついてこないと言われて、何も否定する気持ちは湧いてこなかった。だって彼女は今人生の節目に立たされているのだから。
——私もだ。
「私も、明日お母さんに会う事になって——」
一人で不安だよ。亜美花ちゃんに会いたいよ。
……でも、そんな事今の亜美花ちゃんには言えなくて。
「——お互い、頑張ろうね」
そう言って、互いに頷き合った後、通話を切った。
私達は今、同じきっかけの先に続く、自分達で選んだ別々の道の上に立っている。
この道の先がどうなっているのかはまだ誰にもわからない。けれど同じ不安定な道の上に立つ人が存在する事を知っている今は、少しだけ気持ちが楽だった。
「……頑張ろう」
一人ぽつりと呟くと、目を閉じる。次に目を開けた時にはもうカーテンの隙間から白い光が差し込んでいて、明日がやって来た事がわかった。
今日が——始まる。
お母さんと会う約束をしたのは平日の学校帰りの時間帯。休日に会うとなるとその時へ備える時間も、終わって一人ぼっちになる時間も多くなる事が嫌だったので、自分から提案した。お母さんと二人で夕飯を食べて帰宅後、すぐに寝る。それくらいが丁度良いと思った。学校にいる間は忙しくて気が紛れるだろうし。
授業が終わるチャイムが鳴ると、「じゃあ今日はここまで」という先生の声掛けで、日直が号令を掛ける。それからばたばたと各々の予定通りに動き出す生徒達の中、小さくスマホが震えたのに気がついて、きっとお母さんからだろうなと少し重たい気持ちで画面を見ると、そこには亜美花ちゃんの名前が表示されていた。
日中に連絡があるなんて珍しい。最近はすっかり夜に連絡を取り合うようになっていたから。
“校舎裏来れる?”
校舎裏……? 今送られて来たって事は亜美花ちゃん、今そこに居るの……?
“すぐ行くね”
送信したと同時に私は急いで教室を出る。放課後のがやがやとした空気の中で誰に気にされる事も無く、ひっそりと冷え切った様に校舎の陰になっている裏側まで回ると、壁に寄りかかる様にしてぽつんと立っている亜美花ちゃんの姿があった。
「亜美花ちゃん!」
声を掛けて駆け寄ると、はっと顔を上げた亜美花ちゃんの目が真っ赤に泣き腫れている事に気がついた。
「華菜ちゃん……ごめん、お母さんに会うのに。一人で居られなくて……どうしても、華菜ちゃんに、会いたくて……」
「ううん、お母さんは大丈夫。会いに来てくれて嬉しいよ。どうしたの?」
「あの……あのねっ、私、彼氏と別れる事になった……っ」
「え!」
ぼろぼろと涙を溢しながら私に抱き着く亜美花ちゃんをそっと受け止める。声をあげながら大きくしゃくりあげるその背中はとても華奢で、このまま放っておいたら消えてなくなってしまう様な気すらした。
「このままじゃお互いに駄目になるって、わ、私の為にもならないからって、」
「うん」
「お互いの為に、ここで終わりにしようって……!」
「……うん」
「私、また捨てられちゃった……っ、私が間違えてばっかりだから、だからお母さんも彼氏も私を捨てるんだ! お父さんだってちっとも私をわかろうとしてくれない、誰も分かってくれない! 私はいつもずっと一人っ、」
「私が居るよ!」
「……っ、」
「私が、私が居るよ。そんな事言わないで……」
「……華菜ちゃん……」
「ごめんね」と、掠れた呟きが聞こえてきて、それに大丈夫だよと伝えたくて、泣き続ける亜美花ちゃんの背中をそっと撫で続けた。少しでもその心に届きます様に。温もりとなって心を包み込めます様に。早く涙が止まります様にと——……。
「……もう、大丈夫」
「本当?」
「うん」
校舎の瓦礫だろうか。落ちている剥き出しのコンクリートに並んで座って水道で濡らしたタオルを手渡すと、受け取った亜美花ちゃんは泣き腫らした目を冷やしながらそう言った。
「あー……大泣きして頭痛い」
「大丈夫? 頭痛薬あるよ?」
「あはは、大丈夫大丈夫。泣き虫だから慣れてる」
「……そっか」
亜美花ちゃんが泣き虫だなんて知らなかった。笑顔でやり過ごす裏で、本当はいつも泣いていたのだろうか。今日みたいに、今みたいに、何度も、何度も。
「本当は全部わかってたんだ。私が遠恋なんて無理な事も、このままだと彼氏とそうなるんだろうなって事も。でも、頭ではわかっていても、やっぱり正しい方にいけなかった。ほんと最悪。なんでいつもこうなんだろう」
「…………」
「でもね、後悔は無いんだ。だって自分の中の全力は尽くしたから。感情任せの現実が見れない大きな駄々をこね尽くしたからもう、大丈夫」
「…………」
「大丈夫。大丈夫なの、私。だって華菜ちゃんが居るし。華菜ちゃんが居てくれれば私、大丈夫」
「……もしかして、ずっとそうやって言い聞かせてきたの?」
「…………」
「そうやって傷に蓋をして、過ぎた事として前だけを向いて。ずっと、自分は大丈夫って」
やり過ごす毎日だよと亜美花ちゃんは言っていた。そんな自分と私を比べて、私の事を強いと言ってくれた。
——けれど、そんなことない。
「すごいね、亜美花ちゃんは。すごく強い」
「違うよ。ただ他の人に寄りかかって見ない振りしてるだけだよ」
「違う。そうじゃなくて、それは辛さを抱えながら生きていく方法を知ってるって事だよ」
きょとんとした表情で私を見る亜美花ちゃんはきっとわかってない。
「人のせいにするのが一番簡単なのに、亜美花ちゃんはいつも原因は自分にあるって言う。自分の中にだけおさめて、じゃあそんな自分はどう生きていけばいいのかなって、前だけを向いて考えられる人。自分の傷を弱さとして受け止めて生きていく方法を自分で考えられる人」
「…………」
「それってすごい事だよ。そんな事が出来る人なかなか居ないよ。私には出来ないし、出来なかった」
「……でも、今だってこうやって華菜ちゃんの存在に縋って……依存してると思う。私、すごい依存体質だなって思ってて、それがすごくみっともないなって思ってる」
「良いんだよ。良いよって言ってくれる人なんだから頼って良いの。彼氏さんもそうだったんでしょ?」
「! ……うん」
俯いた亜美花ちゃんがぼんやりと足元の小石を眺める。それは彼氏さんとの思い出に想い馳せている様な瞳だった。
「あのさ、私は詳しく知らないけど、聞いてる限り亜美花ちゃんが立ち上がれる様になるまで隣で支えてくれたんだろうなって思うよ。別れる事になった原因だって本当に亜美花ちゃんの事を思ってるからだなって感じたし。一緒に駄目になってしまったらきっと、未来で辛い思いをするのは亜美花ちゃんの方だと思うから」
「…………」
「亜美花ちゃんの事を本当に考えてくれてる人だから、だからきっと今なら大丈夫だって切り出したんだと思う。現に今、亜美花ちゃんは泣き止んで、一人ぼっちでもないでしょ?」
「……そう、かも……」
はっとした亜美花ちゃんが手に持ったタオルに目をやり、私の方を見た。
「そうかもしれない。私、華菜ちゃんの事よく話してたんだ。学校に行きやすくなったのもそのおかげだって……だからだったのかな。大丈夫だって、信じてくれてたんだ、こんな私を」
「うん。そうだよきっと」
「気付かなかった、そんなこと言ってくれなかったから……言ったのかな。私が聞く耳持たなかっただけ? わかんないや……」
「……じゃあ聞きに行く?」
落ち着いた今ならもう一度彼氏さんと話し合う事も出来るだろうと思い、そんな提案をする。けれど亜美花ちゃんは驚いた顔をした後、それに小さく首を振った。
「良いの。どっちにしろ私はきっと会えないのは無理だし、信じて貰えたならそんな私を大事にしたいと思う。ありがとう、華菜ちゃん。華菜ちゃんが居なかったらそんなこと絶対にわからないままだったから……こんなに清々しい気持ちになんてなれなかった」
そしてもう一度、「ありがとう」と、真っ直ぐに私を見つめる彼女に告げられて、私の心も同じ様に清々しさできらきらと輝く様な心地だった。
良かった。私にも亜美花ちゃんを支える事が出来たのだ。こんな私にも——。
「! 待って! 華菜ちゃんお母さんに会うんじゃなかったっけ⁈」
勢い良く立ち上がった亜美花ちゃんが顔を真っ青にして私を見る。そう、実はもう集合時間には大遅刻である。でもタオルを濡らしに行くついでに遅くなる旨は伝えてあるので何の問題も無かった。だからそれを亜美花ちゃんに伝えようとすると、
「どうしよう……最悪だ! ほんと私って最悪、なんでいつもこう自分の事しか考えられないの? こんな話明日だって良かったのに、なんで今日の今したの? どうしよう、どうしよう! 私のせいで華菜ちゃんがお母さんに会えない……っ、」
もう大パニックでそれどころじゃない状況になっていて、思わず笑ってしまった。するともちろん亜美花ちゃんから「笑い事じゃないよ!」とお叱りの言葉を頂いて、「違う、私のせいだごめん!」と謝罪の言葉も頂いて、でもこんな亜美花ちゃん見るの初めてで、つい笑いが止まらない。
「ふふっ、焦り過ぎ!」
「そりゃそうだよ! 私今華菜ちゃんの大事な時間無駄にしちゃったんだよ⁈」
「してないしてない。全部私の大事な時間だから大丈夫」
「でもそんなの私が耐えられない!」
「あー、じゃあさ、亜美花ちゃんの時間ちょうだい。一緒に行こう」
「いいよ! どこ!」
間髪入れずにそう返す亜美花ちゃんにまた大笑い。もうなんか、なんでも出来る気がする。亜美花ちゃんが居てくれるならきっと。
ただ会いたい気持ちが落ち着くまで、気が済むまで自分の気持ちと向き合いたいから行動に移しているだけなのだと。けれどそのせいで彼氏さんとは喧嘩が続いているらしい。
仕方ない事だと亜美花ちゃんは力無く笑っていた。
『私のしている事が間違ってるなんて分かってる。迷惑を掛けてる事も、心配して怒ってくれてる事も。だけどまだ心が納得出来ないの』
「うん」
『いつ終わるんだろうね。いつ……私は、一人になるんだろう』
「……一人じゃないよ。学校で二人も心配してるよ」
『……うん』
亜美花ちゃんは自分の心と向き合うので一杯一杯な様だった。それほどまでに彼氏さんの存在は亜美花ちゃんにとって大きなもので、何とも代え難いものなのだろう。
初めて亜美花ちゃんと話した日。彼氏がいなくても生きていけるもの?と聞かれたけれど、冗談でも、馬鹿にするつもりでも無く純粋な気持ちから出た質問だったのだろうなと今では思う。亜美花ちゃんの世界は彼氏さんの存在があってこそのものだから、いなくなった世界なんて想像がつかなかったのだろう。
けれど今、それが現実になろうとしている。分かっていても心がついてこないと言われて、何も否定する気持ちは湧いてこなかった。だって彼女は今人生の節目に立たされているのだから。
——私もだ。
「私も、明日お母さんに会う事になって——」
一人で不安だよ。亜美花ちゃんに会いたいよ。
……でも、そんな事今の亜美花ちゃんには言えなくて。
「——お互い、頑張ろうね」
そう言って、互いに頷き合った後、通話を切った。
私達は今、同じきっかけの先に続く、自分達で選んだ別々の道の上に立っている。
この道の先がどうなっているのかはまだ誰にもわからない。けれど同じ不安定な道の上に立つ人が存在する事を知っている今は、少しだけ気持ちが楽だった。
「……頑張ろう」
一人ぽつりと呟くと、目を閉じる。次に目を開けた時にはもうカーテンの隙間から白い光が差し込んでいて、明日がやって来た事がわかった。
今日が——始まる。
お母さんと会う約束をしたのは平日の学校帰りの時間帯。休日に会うとなるとその時へ備える時間も、終わって一人ぼっちになる時間も多くなる事が嫌だったので、自分から提案した。お母さんと二人で夕飯を食べて帰宅後、すぐに寝る。それくらいが丁度良いと思った。学校にいる間は忙しくて気が紛れるだろうし。
授業が終わるチャイムが鳴ると、「じゃあ今日はここまで」という先生の声掛けで、日直が号令を掛ける。それからばたばたと各々の予定通りに動き出す生徒達の中、小さくスマホが震えたのに気がついて、きっとお母さんからだろうなと少し重たい気持ちで画面を見ると、そこには亜美花ちゃんの名前が表示されていた。
日中に連絡があるなんて珍しい。最近はすっかり夜に連絡を取り合うようになっていたから。
“校舎裏来れる?”
校舎裏……? 今送られて来たって事は亜美花ちゃん、今そこに居るの……?
“すぐ行くね”
送信したと同時に私は急いで教室を出る。放課後のがやがやとした空気の中で誰に気にされる事も無く、ひっそりと冷え切った様に校舎の陰になっている裏側まで回ると、壁に寄りかかる様にしてぽつんと立っている亜美花ちゃんの姿があった。
「亜美花ちゃん!」
声を掛けて駆け寄ると、はっと顔を上げた亜美花ちゃんの目が真っ赤に泣き腫れている事に気がついた。
「華菜ちゃん……ごめん、お母さんに会うのに。一人で居られなくて……どうしても、華菜ちゃんに、会いたくて……」
「ううん、お母さんは大丈夫。会いに来てくれて嬉しいよ。どうしたの?」
「あの……あのねっ、私、彼氏と別れる事になった……っ」
「え!」
ぼろぼろと涙を溢しながら私に抱き着く亜美花ちゃんをそっと受け止める。声をあげながら大きくしゃくりあげるその背中はとても華奢で、このまま放っておいたら消えてなくなってしまう様な気すらした。
「このままじゃお互いに駄目になるって、わ、私の為にもならないからって、」
「うん」
「お互いの為に、ここで終わりにしようって……!」
「……うん」
「私、また捨てられちゃった……っ、私が間違えてばっかりだから、だからお母さんも彼氏も私を捨てるんだ! お父さんだってちっとも私をわかろうとしてくれない、誰も分かってくれない! 私はいつもずっと一人っ、」
「私が居るよ!」
「……っ、」
「私が、私が居るよ。そんな事言わないで……」
「……華菜ちゃん……」
「ごめんね」と、掠れた呟きが聞こえてきて、それに大丈夫だよと伝えたくて、泣き続ける亜美花ちゃんの背中をそっと撫で続けた。少しでもその心に届きます様に。温もりとなって心を包み込めます様に。早く涙が止まります様にと——……。
「……もう、大丈夫」
「本当?」
「うん」
校舎の瓦礫だろうか。落ちている剥き出しのコンクリートに並んで座って水道で濡らしたタオルを手渡すと、受け取った亜美花ちゃんは泣き腫らした目を冷やしながらそう言った。
「あー……大泣きして頭痛い」
「大丈夫? 頭痛薬あるよ?」
「あはは、大丈夫大丈夫。泣き虫だから慣れてる」
「……そっか」
亜美花ちゃんが泣き虫だなんて知らなかった。笑顔でやり過ごす裏で、本当はいつも泣いていたのだろうか。今日みたいに、今みたいに、何度も、何度も。
「本当は全部わかってたんだ。私が遠恋なんて無理な事も、このままだと彼氏とそうなるんだろうなって事も。でも、頭ではわかっていても、やっぱり正しい方にいけなかった。ほんと最悪。なんでいつもこうなんだろう」
「…………」
「でもね、後悔は無いんだ。だって自分の中の全力は尽くしたから。感情任せの現実が見れない大きな駄々をこね尽くしたからもう、大丈夫」
「…………」
「大丈夫。大丈夫なの、私。だって華菜ちゃんが居るし。華菜ちゃんが居てくれれば私、大丈夫」
「……もしかして、ずっとそうやって言い聞かせてきたの?」
「…………」
「そうやって傷に蓋をして、過ぎた事として前だけを向いて。ずっと、自分は大丈夫って」
やり過ごす毎日だよと亜美花ちゃんは言っていた。そんな自分と私を比べて、私の事を強いと言ってくれた。
——けれど、そんなことない。
「すごいね、亜美花ちゃんは。すごく強い」
「違うよ。ただ他の人に寄りかかって見ない振りしてるだけだよ」
「違う。そうじゃなくて、それは辛さを抱えながら生きていく方法を知ってるって事だよ」
きょとんとした表情で私を見る亜美花ちゃんはきっとわかってない。
「人のせいにするのが一番簡単なのに、亜美花ちゃんはいつも原因は自分にあるって言う。自分の中にだけおさめて、じゃあそんな自分はどう生きていけばいいのかなって、前だけを向いて考えられる人。自分の傷を弱さとして受け止めて生きていく方法を自分で考えられる人」
「…………」
「それってすごい事だよ。そんな事が出来る人なかなか居ないよ。私には出来ないし、出来なかった」
「……でも、今だってこうやって華菜ちゃんの存在に縋って……依存してると思う。私、すごい依存体質だなって思ってて、それがすごくみっともないなって思ってる」
「良いんだよ。良いよって言ってくれる人なんだから頼って良いの。彼氏さんもそうだったんでしょ?」
「! ……うん」
俯いた亜美花ちゃんがぼんやりと足元の小石を眺める。それは彼氏さんとの思い出に想い馳せている様な瞳だった。
「あのさ、私は詳しく知らないけど、聞いてる限り亜美花ちゃんが立ち上がれる様になるまで隣で支えてくれたんだろうなって思うよ。別れる事になった原因だって本当に亜美花ちゃんの事を思ってるからだなって感じたし。一緒に駄目になってしまったらきっと、未来で辛い思いをするのは亜美花ちゃんの方だと思うから」
「…………」
「亜美花ちゃんの事を本当に考えてくれてる人だから、だからきっと今なら大丈夫だって切り出したんだと思う。現に今、亜美花ちゃんは泣き止んで、一人ぼっちでもないでしょ?」
「……そう、かも……」
はっとした亜美花ちゃんが手に持ったタオルに目をやり、私の方を見た。
「そうかもしれない。私、華菜ちゃんの事よく話してたんだ。学校に行きやすくなったのもそのおかげだって……だからだったのかな。大丈夫だって、信じてくれてたんだ、こんな私を」
「うん。そうだよきっと」
「気付かなかった、そんなこと言ってくれなかったから……言ったのかな。私が聞く耳持たなかっただけ? わかんないや……」
「……じゃあ聞きに行く?」
落ち着いた今ならもう一度彼氏さんと話し合う事も出来るだろうと思い、そんな提案をする。けれど亜美花ちゃんは驚いた顔をした後、それに小さく首を振った。
「良いの。どっちにしろ私はきっと会えないのは無理だし、信じて貰えたならそんな私を大事にしたいと思う。ありがとう、華菜ちゃん。華菜ちゃんが居なかったらそんなこと絶対にわからないままだったから……こんなに清々しい気持ちになんてなれなかった」
そしてもう一度、「ありがとう」と、真っ直ぐに私を見つめる彼女に告げられて、私の心も同じ様に清々しさできらきらと輝く様な心地だった。
良かった。私にも亜美花ちゃんを支える事が出来たのだ。こんな私にも——。
「! 待って! 華菜ちゃんお母さんに会うんじゃなかったっけ⁈」
勢い良く立ち上がった亜美花ちゃんが顔を真っ青にして私を見る。そう、実はもう集合時間には大遅刻である。でもタオルを濡らしに行くついでに遅くなる旨は伝えてあるので何の問題も無かった。だからそれを亜美花ちゃんに伝えようとすると、
「どうしよう……最悪だ! ほんと私って最悪、なんでいつもこう自分の事しか考えられないの? こんな話明日だって良かったのに、なんで今日の今したの? どうしよう、どうしよう! 私のせいで華菜ちゃんがお母さんに会えない……っ、」
もう大パニックでそれどころじゃない状況になっていて、思わず笑ってしまった。するともちろん亜美花ちゃんから「笑い事じゃないよ!」とお叱りの言葉を頂いて、「違う、私のせいだごめん!」と謝罪の言葉も頂いて、でもこんな亜美花ちゃん見るの初めてで、つい笑いが止まらない。
「ふふっ、焦り過ぎ!」
「そりゃそうだよ! 私今華菜ちゃんの大事な時間無駄にしちゃったんだよ⁈」
「してないしてない。全部私の大事な時間だから大丈夫」
「でもそんなの私が耐えられない!」
「あー、じゃあさ、亜美花ちゃんの時間ちょうだい。一緒に行こう」
「いいよ! どこ!」
間髪入れずにそう返す亜美花ちゃんにまた大笑い。もうなんか、なんでも出来る気がする。亜美花ちゃんが居てくれるならきっと。