けれどその喜びは、みんなで歩いている途中あたりからだんだん雲行きが怪しくなってきた。下駄の鼻緒にこすれて、足の指が痛くなって歩きづらい。
 浴衣でも着物でも、足元は下駄が基本だ。この鼻緒をクリアできないと、街歩きができないかもしれない。暁生のテンションは下がっていた。

「もしかして、足痛いんじゃない?」
 クラスのみんなから少しずつ遅れをとっていた暁生に、気づいてくれた人がいた。前田さんだ。
「あ、うん。ちょっと履き慣れてないからかな……。ごめん、気にしないでいいよ」
「よくあることだから、榎波君こそ気にしないでよ。あ、私絆創膏持ってきてるんだ。これを鼻緒とこすれるところに貼ると、痛くなくなるよ」
 ごそごそと小さなポーチをさぐると、前田さんが絆創膏をくれた。
「あ、ありがとう……」
「実はね、私も中学の頃から浴衣を着てるんだけど、下駄の鼻緒痛くなるのはあるあるなんだって。SNSで見た。絆創膏とか、テーピングとか。あと、下駄じゃなくてもスニーカーとかサンダルとかでもいいんだって!」
 しゃがみこんで絆創膏を貼る暁生の頭上から前田さんの言葉が降ってきて、思わず暁生は顔を上げた。下駄じゃなくてもいい。
「いろいろルールはあるけど、楽しく着られるのが一番なのかなって。だから、榎波君が浴衣着てるの見たら嬉しくなったよ」
「う、うん」
「なんかきっかけとかあったの?」

 絆創膏を貼り終わっても前田さんとの会話は続いた。自分のきっかけをだれかに話すのは初めてだ。暁生は言葉に詰まりながら、小学生の頃の機織り体験から着物をかっこ良いと思った気持ちを話した。
「着物か! 榎波君すごいじゃん。私の家はママが華道の先生やっててさ。それで家に着物がたくさんあるからけっこう普通に見てきてるんだよね。私は着れないけど、何回かママに着せてもらったこともあるよ。たしかに着物を着るのは女性の方が多いかもしれないね。男子着物、めっちゃいいと思うんだけどな」
「だけど、やっぱり高校生で着物に興味がある人って変じゃないかなあ……」
「そんなことないと思うけど……。だれか周りで着物着ている男の人いたらアドバイスもらえるんだけどね」
 前田さんの言葉に、暁生はシバさんのことを思い出した。男着物を楽しみましょうと言ってくれたシバさんやフォロワーさんは、もしかしたらこういう凹むような体験もしてきたかもしれない。そのうえでどうやったら楽しく着物を着ることができるか、いろいろと工夫しているのかも。
 そう考えたら、シバさんにDMで相談するハードルが少し下がった気がしてきた。

「今日浴衣着てみて良かった。前田さんありがとう」
「うん。来年は浴衣を着る子、もっと増えるといいな」
「そうだね」

 夏祭りの会場を抜けると花火大会の広場に繋がっていた。暁生はクラスのみんなと打ち上がる花火を見ながら、自分の中で何か新しいものが花火のように湧き起こるのを感じた。