暁生はシバさんの返信に「ありがとうございます」と返した。すぐにDMを使うフットワークの軽さを持ち合わせていないので、いったん落ち着いて、聞きたいことをよく考えることにした。

 シバさんはじめフォロワーさんたちは週末や休みの日に着物コーデを楽しむことが多いみたいで、いろんな着物画像がアップされる。
 画像と一緒に着物の種類を説明してくれる人が多いので、見ただけでは分からない暁生にはありがたい。
「お気に入りの小千谷縮です。少し早いけど、今日は蒸し暑いのですっきりと」
「春なので白大島。スタンドカラーのシャツをインして袴を合わせました。ハットがポイント」
「ドクロ柄の浴衣に革ベルトを締めました。これからライブに行ってきます!」
 着物の種類や産地ごとに特徴があると本で読んだ。季節ごとに向いている生地や仕立て方が違っているというのも、暁生には難しい。それが、もう一歩踏み出せない理由のひとつにもなっていた。

 画像で見る人たちは、そういうのを軽々と飛び越えているように見える。暁生はうらやましかった。思い切って挑戦してみる勇気が、どうしても持てない。
 着物を楽しんでいる人たちは、どうやってそこにたどり着いたんだろう。暁生は着物のあれこれを聞く前に、シバさんにまずそれを聞いてみたいと思った。周りに着物のことを話せる仲間がいない暁生は、どこからどうやって飛んでみたらいいんだろう。
 そんなあいまいな質問なんてDMで聞けるわけがない。SNSを見てうらやましく思う毎日は過ぎていき、暁生の周りは春を過ぎ梅雨を終えて夏を迎えていた。

「夏休み、クラスのみんなで遊びに行かない?」
 そんなメッセージが来たのは、高校1年最初の期末テストの最終日だった。海にも山にも面している街。夏はフェーン現象のせいでとにかく暑い。出かけるのは少しおっくうだな……と暁生は返信を保留していた。
 そんな暁生の気持ちを変えたのは、前田さんという女子生徒のコメントだった。
「いいね。夏祭りに行かない? 持ってる人は浴衣着るとかどう?」
 前田さんのコメントに数名の女子がそれいいね、賛成、とコメントやスタンプを送った。男子生徒の反応は薄く、いいねの定型絵文字が数人ちらほら返される程度で、暁生もそれに混じってはみたものの、前田さんのコメントに気持ちが膨らんだ。
 着物のハードルは高くても、浴衣ならいけるんじゃないだろうか。毎日見ているSNSからも浴衣の気軽さは伝わってくる。夏祭りという大義名分があれば、暁生でもハードルを飛び越えることができそうだ。

 夏祭りはお盆が明けてすぐ。帰省や家の用事、塾なんかで参加できない人もいて、最終的に集まれるのは男子が4人と女子が6人の合計10人だ。暁生の浴衣チャレンジが始まった。