着物、男性、着物好き。そんないくつかのキーワードを入れて検索してみる。
 
「着物好き男子と繋がりたい」
 そんなハッシュタグとともにタイムラインに上がってきたのは、着物を着た男性の画像。よく見れば、本で見たような渋い柄ではなくて、小さな模様が入っているブルーグレーの着物に、太めのベルトを二本締めていて、足元はレザーのスニーカーだ。

 え、こんな着方をしてもいいの? 暁生はびっくりして、アカウント名を確認した。「シバの着物街歩き」。なるほど、この男性はシバさんという人らしい。
 シバさんのホーム画面へ飛んでみた。プロフィール欄を読んでみる──着物好き30歳男性です。実家は元呉服屋。もっとたくさんの人と着物を楽しみたいので、気軽にリプして下さい。
 気軽にリプ。引っ込み思案な暁生には難しい反応だ。リプはできないけれど、世の中にはこういう風に男性で着物を着る人が情報を発信してくれている。それを知れただけでも暁生は嬉しかった。

 それから暁生は、シバさんの投稿を見ることが日課になった。毎日ではないけれど、シバさんはいろんな着物と帯を組み合わせて着こなし、それをSNSにアップしている。
 前に見た柄と同じ着物に角帯を合わせてみたり兵児帯に変えてみたりするだけで、まるで印象が違うのも面白かった。
「今日は祖父から譲り受けたアンサンブルをシンプルに。足袋の色と羽織紐の色を合わせて遊んでみました」
 同じ生地で作られている着物と羽織のセットをアンサンブルというのだというのは、暁生はシバさんの投稿で知った。いかにも正統派という感じがする。柴田啓之先生の「男の着物読本」で見たのと似ていた。
 けれど、シバさんは藍色の足袋と青い組紐玉が編み込まれた羽織紐をポイントにして、正統派な着こなしの中にも自分らしさを表現している。
 本を読んだ時は、ルールばかりが多いように思えたけれど、遊んでみる、そんなことも着物ではできるんだ。自分らしさを取り入れてもいいんだ。シバさんの投稿を見ているとそんな風に思えてきて、暁生は勇気が湧いてくるのを感じた。

 シバさんの投稿を見始めて数ヶ月。暁生は思い切って「シバの着物街歩き」のフォローボタンを押した。
 シバさんのSNSをフォローしている男性はけっこういて、暁生はびっくりした。さすがに高校生は見当たらないけれど、二十代前半くらいの若い男性が彼女と着物コーディネートを楽しんでいたり、着物歴の長そうな年齢の人が着物を着てバーでお酒を飲んだり、といったいろんな画像に行き当たる。
 自分が知らなかっただけで、世の中には自分の好きな着物を着て楽しんでいる人がたくさんいる。暁生は目の前が開けたような気持ちになった。

 シバさんのSNSをフォローした翌日。暁生のアカウントに一件の通知が来ていた。
「シバの着物街歩きさんにフォローされました」
 え、え。暁生はその通知を二度見した。自分のアカウントは、苗字の榎波からヒントを得た青海波という波の図柄をプロフィール画像にしてあるだけで、友達に見られてもかまわないような自己紹介しか載せていない。アカウント名は思いつかなくて好きな寿司のネタを付けてしまった。もちろん投稿なんて一回もしたことがない。
 フォロー数もフォロワー数も一桁のこんな正体不明のアカウントを、シバさんがフォローバックしてくれるなんて思わなかったのだ。