試合が終わっても、しばらくの間は泣き続けていた。スタンド席で応援していた東星学園の生徒たちは、みんな同じように泣いたりはしゃいだりしている。
 ようやく会場の興奮が落ち着いてきた頃、引率の教師陣が生徒たちに呼びかけ、バスへと移動した。

 生徒たちが乗りこんでしばらくしても、バスは出発しなかった。
 甲子園優勝という快挙を成し遂げたので、理事長や校長だけでなく、教師たちも忙しいのかもしれない。

 会場の熱気に当てられながらの応援、それに勝利への感動で号泣したせいか、かなでは疲れ切っていて、窓に寄りかかりながらうとうとしていた。
 とん、と隣に座る蓮が肩を叩き、かなでは目を覚ます。
 どうしたの? と訊ねると、蓮は嬉しそうに笑いながら窓の外を指差した。

 そこには、試合に出場していたメンバー、ベンチで準備をしていた部員、それからスタンドで応援をしていた者も含め、おそらく全ての野球部員が整列していた。
 バスの中が騒がしくなり、みんな慌てて窓を開ける。かなでも周りに倣って窓を開けると、爽やかな風が髪を揺らした。

「本日は暑い中、応援ありがとうございましたっ!」

 部長らしき人がキャップをとり、大きな声でお礼の言葉を口にする。
 部員たちがそれに続き、ありがとうございました! と声を揃え、全員が頭を下げた。

 停車しているたくさんのバスから拍手とお祝いの言葉が飛び交い、野球部員たちは照れたように笑う。
 甲子園優勝で、インタビューなどもあったはずだ。きっと慌ただしかっただろう。
 それでも、応援をしてくれた人たちに直接お礼が言いたい、と言って、合間を縫って駆けつけて来てくれたのかもしれない。

 かっこいいなぁ、野球部。

 かなでがそんなことを考えながら眺めていると、陸と咲夜が二人で何やらひそひそ話している。
 二人はたくさん並ぶバスを一つ一つ見て回り、かなでたちの乗るバスの前で立ち止まった。

「さっくん、りっくん、お疲れ。優勝おめでとう!」
「おー! 蓮わざわざありがとな!」
「なるも応援ありがとね」
「うん! 二人ともすっごくかっこよかったよ!」

 笑いながら伝えた素直な感想に、陸と咲夜は顔を見合わせて笑った。
 そんな反応をされるとは思ってもみなかったので、かなでは蓮の方を振り返り、「私、変なこと言った?」と訊ねる。
 言ってないよ、と答えながらも、蓮もどこか楽しそうに笑っていた。

「いや? 甲子園で優勝しても、かなではいつも通りだなって話!」
「ん? え、ダメだった?」
「ダメじゃないよ。なるはそのままでいいよ」

 陸がそう言ってやわらかく笑うので、かなでもつられて笑顔になった。
 それからふいに思い出して、咲夜に借りていた帽子を窓から乗り出して返却する。

「帽子! ありがとね!」
「おー。使った?」
「ちょっと借りた! それ、前に使ってたやつなのに、よく持ってきてたね」

 最初に受け取ったときは、かなでのせいで咲夜の帽子がなくなるのでは、と心配した。
 しかしよく思い返してみれば、かなでが借りた帽子は、中学生のときに咲夜が使っていたものだ。
 その証拠に、帽子のつばの裏側に、かなでの字でメッセージが書かれている。
 さくやがんばれ! と平仮名で書かれたそれは、確か咲夜が中学のときに所属していたチームで、初めてレギュラーをとったときに書いたものだ。

 懐かしいものを持ってるな、とかなでは感心した。
 帽子を受け取った咲夜は、くるくると指でそれを回しながら、お守りみたいなもんだよ、と目を逸らして呟いた。

「そろそろ集合みたいだから。蓮もなるも、本当にありがとね。気をつけて帰って」
「疲れただろうからバスで寝て帰れよー」
「陸くんと咲夜こそ、ゆっくり休んでね!」
「二人とも本当におめでとう!」

 最後に言葉を交わし、陸と咲夜は野球部の輪の中に戻っていく。
 野球部に見送られながら、学園のバスは発進した。