あれから五年の月日が経ち、かなで達はもう高校三年生になった。
 陸を追いかけて同じ高校を受験し、今でもそばにいることができている。
 そしてかなでは、今も陸を『推し』と称して大好き、という気持ちを伝え続けている。

 高校最終学年で同じクラスになれたのは、本当に幸運なことだった。
 担任と学年主任をさんざん困らせてしまったので、その分勉強は頑張らなくてはならない。
 あまりにもかなでがしつこく嘆願するので、元担任の高村は、陸に「成海をなんとかしてくれ」と泣きついたらしい。
 陸からほどほどにね、と注意をされたので、かなでも少しは自制した。それでも同じクラスにしてくれた先生達には、感謝の気持ちでいっぱいだ。

「今年の年間予定表を配ったけど行き渡ったか? 見てもらうと分かると思うけど、今年は文化祭と体育祭、どちらも開催するから忙しい年になる」

 新担任の中原が教室を見渡しながら説明する。
 中原はまだ教師としては若いが、授業中は厳しく、普段は優しく、とメリハリのあるタイプで、生徒からも評判がいい。
 人気若手俳優と少し顔立ちが似ているところも、女子生徒から好かれる理由のひとつだろう。

 年間予定表には、六月に文化祭、十月に体育祭の文字が記されている。
 本来ならば、文化祭は三年に一度、体育祭のない年に行なわれる。
 しかし昨年度は感染症が流行した影響で、文化祭が延期になってしまったのだ。
 その結果が、文化祭と体育祭を両方開催する、という今年のハードスケジュールなのだろう。
 かなでは大きくため息をついた。

「あれ、どうしたのかなちゃん。おっきなため息ついちゃって」
「蓮くーん。文化祭を今年にずらすなら体育祭はなしでいいじゃんと思ってね……」
「あー、かなちゃんは運動嫌いだもんね」

 中性的な顔立ちの蓮が、くすりと笑う。それだけで周りからかっこいい、と声が上がるのだから大したものである。
 隣の席に座る咲夜は、かなでをバカにするように笑う。

「かなでは運動が嫌いなんじゃなくて苦手なんだろ」
「うるさいなぁ。できないものはできないの!」
「まあまあ。さっくんはあんまりかなちゃんのこといじめたらダメだよ」
「蓮くん優しいー! 持つべきものは優しい友達だよねっ」

 かなでは笑顔で蓮に両手を伸ばす。抱きつくわけではないが、そのフリをして見せただけだ。
 蓮は慣れた様子でかなでの頭をぽんぽんと撫でてくれる。
 大きな手は爪先まで手入れされていて、かなでよりもよっぽど美意識が高いかもしれない。
 聞いたことはないけれど、もしかしたらおしゃれ好きな恋人がいたりするのだろうか。それとも単純に、蓮自身の美容への関心が高いのか。
 後で蓮に聞いてみよう、とかなでが思っていると、丸めたノートで頭を思い切り叩かれる。犯人はもちろん、隣に座る咲夜だった。

「痛いんだけど!? 何すんのよねぎちゃん!」
「ムカついたから」
「はああ!? さっきの蓮くんの言葉、聞いてなかったわけ!?」

 怒りをあらわにするかなでだったが、ケンカは第三者によって止められる。

「おいそこ三人。さっきからうるせえぞ。話聞いてないだろ」

 苛立ち混じりの中原の声に、かなでは慌てる。蓮は平然としているし、咲夜は不機嫌そうだ。斜め前に座る陸は、呆れたような顔でかなでを見ていた。
 先生に怒られることよりも、陸に呆れた顔をされる方がよっぽどダメージが大きい。
 さっきまでの元気はどこへやら。
 しゅん、と落ち込んだかなでに、担任は無情な言葉を投げかける。

「じゃあ先生の話も聞かないくらい新生活も余裕な三人。実行委員やってもらうからな」
「実行委員……?」
「ちょうど今、文化祭と体育祭の実行委員を決めようって話だったよ」

 陸が優しく教えてくれるけれど、内容は全くもって優しくなかった。
 実行委員なんて、忙しいに決まっている。
 かなでは人前に立つのが苦手だし、たとえ一時期でもクラスをまとめるなんて、考えるだけで冷や汗が出る。

「九条は野球部で忙しいだろうから体育祭の実行委員な。それならできるだろ」
「げっ! いや、まあ文化祭よりはいいっすけど……」
「じゃあ白石と成海が文化祭実行委員に決定。おめでとう、拍手ー」

 全然おめでたくない!
 かなでが泣きそうになっていると、蓮の金髪が揺れて、かなでの方を振り返る。

「よろしくね、かなちゃん」
「蓮くん……あんまり頼りにならないと思うけど頑張るね……」

 せめてもの救いは、一緒に委員をやる相手が蓮だということだろう。
 見た目は派手だが、蓮はまじめな性格だ。少なくとも委員の役割を放り出して帰ったりすることはないだろう。
 俺にできることがあったら手伝うよ、と陸が声をかけてくれたので、少しだけかなでの心が軽くなる。
 出会った頃から変わらず、陸の存在は今もかなでの背中を押してくれるのだった。