*九日前
香苗:雪くんの憧れる街の話を聞きたい 
雪:かなちゃんの生まれ育った街のことを聞きたい

「僕の憧れる街かぁ。やっぱり四季がある場所かな」

 雪くんの住むこの島は永遠に夏の島。一年中ひまわりが咲いていて暑い。雪はもちろん、桜や紫陽花、紅葉など季節を代表とするような花もテレビとかでしか見たことがないようだ。私は、今まで日本にそんな場所があるなんて思いもしなかった。日本は四季があって、それにあわせて花が咲いて、散って、夏は暑くて、冬は寒くて、夏は海に入って、冬は雪遊びをして、それが当たり前だと思っていた。そこが日本の誇れるところだって。なのに、この島にはそれがない。
「大昔に日本人がアメリカに桜を送って桜が見れるっての知ってさ、何で? って思ったんだよね。アメリカに送る前に、同じ日本であるこの島に送ってよって。でも、仕方ないんだよね。この島ってほとんど知られていないから……」
「そう、なんだね……。私も、ここに来るまでこの島について知らなかった。だけど、この島に来てとても綺麗なところだなって思ったよ。今までこんな綺麗な景色見たことなかったから」
「かなちゃんの住んでいた街には海なかったの?」
「なかったよ。見渡すばかり高いビルがあって、人がたくさんいて常にうるさい街だった。周りなんて気にする人はいなくて、みんな  自分のことで精一杯。何でそんなに急いでいるんだろうって感じの人ばかりが街を歩いたり走ったりしていたよ」
 そんな街が私は嫌いだった。理解できなかった。他人にぶつかっても謝りもせず、ひたすら前を急ぐ。満員電車から降りる時、すみませんと声をかけているのにどかない人たち。通行の邪魔になるようなところで、広がってしゃべっている人たち。そんな人たちばかりで、絶対こんなところで死にたくないって思っていたのだ。
「大嫌いな街から出たくて、そして夢をみつけて、私の夢を叶えてくれる人がどこか遠い静かな街にいてくれたらいいなって思って、尾立先生と協力してそうして雪くんとこの島と巡り逢えたんだ」
「そっかぁ。かなちゃんも自分が生まれ育った街が嫌いだったんだね。僕と同じだ。安心した……」
 そう言って雪くんは笑った。そんなところで共感を得るのは、おかしいのかもしれないけれど私も嬉しかった。今まで会う人みんな、自分の生まれ育った街が好きだという人ばかりだったから。私はおかしいのだろうか、とずっと悩んでいたから。
「私もすごく安心した……それからね、雪くんはこの島が嫌いかもしれないけれど私は好きだよ」
「僕も、かなちゃんと巡り会えたから少しは好きになれた、かな」
私たちは二人、何気なく窓の外を見た。そこにはずっと、ずっと、遠くまで広がる青い空があって、何も知らないその青い空が少し憎く思った。こうして穏やかな時間を過ごしている今も少しずつ、少しずつ、私たちの命は終わりへと近づいているのだ。

*八日前
香苗:雪くんの好きな人、もしくは好きだった人の話を聞きたい 
雪:かなちゃんと付き合っていた人の話を聞きたい

「私と付き合っていた人の話か……。とても素敵な人だったよ。私がやりたいと思っていること、信じていることを残りの人生すべてをかけて全力でやってきたらいいって言ってくれたんだ。迷う必要は無いって。自分の信じた道を突き進んでいきなって。そうして最期に笑えたなら、どんな人よりも人生勝ち組だろうって彼は言ってた」
 その言葉が何よりも力強かった。こんな身体に生まれてしまった私は、この先の人生で何をしたってもう普通の人の人生に敵いはしないって思っていたから。だけど、彼は身体なんて関係ないって言ってくれた。それが本当に嬉しかったのだ。
「それはとっても素敵だね。僕も今、すごく力もらったよ。残りの人生もっともっと楽しんでやろうって思いが湧き出てるよ! 僕にもね、そんな生きる力をくれた人がいたんだ。かなちゃんも知っている人だよ」
「その人が雪くんの好きな人?」
「うん。この夢待合室を作ってくれたかがやん」
 雪くんの言うかがやん、本名加賀谷望海さん。四十歳の独身でかっこいい女性。
「好きな人って言っても恋愛としての好きではないよ? そうだなぁ、僕にとったら生んでくれた本当のお母さんよりもずっと、お母 さんだと思える人で尊敬し憧れである大人って感じかな……」
 夢待合室に来て最初に出会い、それから雪くんのことを今までずっと育ててくれた人。無愛想だけれど、いつも暖かかったと笑った。
「僕ね、一度生きる意味を見失って自殺しようとしたことがあったんだ。その時に止めてくれたのもかがやんだった。これから最期の日まで、笑って生きていれば絶対に素敵なことが起こるはずだからって。私が貴方に素敵なことを起こしてみせるからってそう言って、生きてって泣いてくれたんだ。その素敵なことって、今思えばかなちゃんとの出会いだったのかもしれないね」
 そんな雪くんの言葉に、私の瞳からは涙が零れ落ちた。そして同時に私たちをめぐり合わせてくれた加賀谷さんと尾立先生にありがとう、を何度も心の中で伝えた。

*七日前

 昨日の話も踏まえて私たちは、お互いにとって大切な人たちに手紙を書くことにした。手紙を書きながら私たちは思い出話を語り合い、お互いの知らない二人の新しい一面を知られたりして、とても素敵な時間を過ごした。

*六日前

「歌詞が完成したから録音しておこう。作曲が出来ないのが本当に申し訳ないけど……」
「ううん! 何回か読んでなんとなく浮かんだメロディーをアカペラで歌うよ。僕昔からなんとなく浮かんだ言葉で、適当に歌うの好きだったから、ちゃんとした歌詞があるだけですっごく嬉しい!」
 雪くんは、きらきらとした瞳でそう笑った。一時間読みこむ時間が欲しい、と言われたので了承した。その間に、小説のラストスパートを書き上げた。そして一時間後、初めて私は雪くんの歌声を聞いた。とても透き通っていて、綺麗で惚れ惚れしてしまうそんな歌声だった。自分の書いた歌詞を歌ってくれている人がいる。それがとても嬉しくて、幸せだった。それから録音したCDを綺麗に包んで引き出しの中にしまっておいた。小説も何とか完成して、茶封筒に入れて一緒にしまった。

*五日前

 生きている内に完成させておきたかったものが何とか完成した私たちは、最期の願いを告げた。まだ時間はある。だけど、この願いを叶えてしまったら、何が起きるかはわからない。だけど、それでも、最期にどうしても叶えたいものがあった。
「嫌だったら嫌だって言っていいからね」
「嫌なんて言わないよ」
「……私、この島を雪くんと一緒に歩いてみたい。私たちを巡り合わせてくれたこの島を一緒に歩きたいんだ」
それは雪くんの命を縮めると、許されないとわかってはいる。
「僕も同じこと思ってたよ。大嫌いだったこの島を、かなちゃんと出会って好きになれた。最期に好きになれたこの島を、二人で一緒に歩きたい」
 行こう、と雪くんは私に手を差し伸べた。差し伸べられたその手を握ってしまった。それから外へと出た。久々の外に、雪くんは嬉しそうに楽しそうに笑ってくれていた。私も笑っていた。一人でこの島に来たあの日、不安でいっぱいだった。だけど今は隣に雪くんが居て、一緒に笑っている。たった数日で、こんなにも周りの空気が変わるなんて思いもしなかった。偶然なのか気を使ってくれたのかもともとなのか、その日私と雪くん以外島内を歩いている人はいなくて、二人きりの世界だった。最初で最後の二人きりの外の世界。そこは暑くて、だけど時々吹く潮風が気持ち良くて、海の匂いが心地よい素敵な空間だった。
「ねぇ、雪くん。好きだよ」
「うん、僕もかなちゃんのことが大好きだよ」
「その好きは、加賀谷さんに対する好きとは違う?」
「もちろん違うよ。ラブの方の好き。かなちゃんと一生一緒に生きていきたかったなぁ」
 雪くんは、そう言って空を見上げた。私は、そんな雪くんの手を強く握りしめた。
「どうして、私たちは生きられないんだろうね……」

 その日の夜、必然的に雪くんの体調は急変した。私たちの行いに加賀谷さんは何も言はなかった。雪くんも私を責めたりしなかった。その日の夜からベッドから起き上がることができなくなり二人で料理をすることは、もう二度となくなってしまった。それは私が招いてしまった結果だから、落ち込んだりしてはいけない。
「そろそろ雪が見たい頃じゃない?」
「うん準備ができたならお願い、したいな」
「わかった。そしたら今晩、最期の願い叶えるね」
 約二週間前に私たちは出会って、お互いの残りの人生今までやりたくてもできなかったことをしていこう、という雪くんの案に乗って毎日を普通の学生のように過ごしてきた。文化祭のように一緒に協力をして一つのものを作って、夢の話をして過ごした街の話をして好きな人の話をして……そうして、お互いがお互いを好きになって、少しの間だったけど、恋人同士になれた。普通の人のように過ごしてきた。だけど、そんな夢のような時間ともそろそろお別れをしなくてはいけない。今晩、私の力を必要としてくれている人のために自分の命を使う。雪くんだって、私の願いを叶えてくれた。
 きっと今晩力を使えば、もう二度と歩くことはできなくなるだろう。だから、力を使う前に引き出しの中にしまっておいたCDと茶封筒と大切な人たちに書いた手紙を、綺麗において加賀谷さんにメッセージを残した。
『ここに置いてあるものを私たちが死んだ後、届けるべき場所へと届けてください。お世話になりました。お願いします』と。
「準備はこれで大丈夫かな……」
 最後に、二人で過ごしたこの部屋を隅々まで見て回った。暖かい笑顔で出迎えてくれた玄関、お揃いの歯磨きセットが並んでいる脱衣所、昨日まで一緒に並んで、料理をしていたキッチン。お互いの夢や色んなことについて、たくさん語り合ったダイニングにある机。昨日以外ここに来てから、この部屋を出ることはなかった。それでも飽きるなんて全然なくて。たくさんの思い出ができてしまった。残りの二週間が、こんなにも楽しい時間になるなんて思いもしなかった。すべては雪くんのおかげ。
「ありがとう、雪くん……」
「か、なちゃん……? もう、大丈夫なの?」
「うん。後は、雪くんの願いを叶えるだけ」
 そのために私は、この島に来た。この力を必要としてくれている人がいると知った時、とても嬉しかった。あぁ、今まで生きていて良かったと心から思った。雪くんの願いを叶えるために私はここに来たのに、今までずっと私の方が幸せな想いをたくさんしてきてしまった。やりたかったことが、たくさんできた。知らなかった想いをたくさん知られた。普通の人と違う体質を持って生まれてしまったばかりに、普通の人生を送れなかった。だけど、それよりもずっと大切なものを手に入れた。たったの二週間。その時間は、きっとどんな時間よりも勝る素晴らしい時だった、と胸を張って言えるだろう。
「ねぇ、雪くん。最期にキスしても良い?」
「うん、もちろん!」
 雪くんの笑顔は、とても眩しくてどうしてこの笑顔が失わなければならないのかとこの世界を憎んだ。憎んだってどうしようもないことだけど、でも憎まずにはいられない。
「かなちゃん、大丈夫だよ。僕たちきっとまた、巡り合えるよ。だから、キスしてお別れしよう?」
「……うん、そうだよね。来世でも絶対雪くんのこと見つけるから。その時は、また恋しようね」
「うん!」
「雪くん、大好きだよ。それから、二十歳のお誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、出会ってくれて本当に、本当にありがとう」
 そう言って、私たちはそっと触れるだけのキスを交わした。

 私は、涙を零しながらすべての力を使って願った……。

 どうか、雪くんに真っ白で美しい雪を見させてあげて

 ふわり、と掌に冷たいものが落ちてきた。白い、小さな粒。それは私の最後の力。今まで降らせてきたどんな雪よりもずっと美しい雪。
「ゆき、くん、みえてる……?」
さっきまで何ともなかった身体から、一気に力がなくなっていった。期限まで時間はあるのに。これが確定はできない、ということなのか。力を使った途端、寿命は急激に縮んでしまう。私の命は、もうそんな小さなものになってしまっていた。
「みえてるよ、かなちゃん……ゆき、とってもきれいだしつめたくてきもちがいいね」
 私は、そう告げる雪くんの元へと倒れこんだ。動きにくい手で何とかその手を見つけ出し、毎晩していたようにそっと握りしめた。雪くんも握り返してくれた。
 その手は、とても暖かくてこれから死に逝く人の手のぬくもりとは思えなかった。
「ぼく、いまはじめてじぶんのなまえをすきに、なれたよ……。こんな、にも、きれいなものとおなじなまえだったなんて、とてもほこりに、おもうよ……」
 私にはもう、何かを伝える力は残されていなかった。だけど、まだ雪くんの声はよく聞こえる。
「ほんとうに、ありがとうね。かなちゃんにであえたことで、ぼくはいきていてよかったってこころからおもえた、よ……だいすき、だよ。かなちゃん」
 ぽたり、と冷たいものが頬にあたる。それがまだ降り続いている雪なのか、涙なのか、わからない。両方なのかもしれない。冷たくて気持ちがいいなぁ、なんて思いながらうっすらと目を開いた。雪くんの愛らしい笑顔が見えた。
「ゆ、きくん、とあえて、よかった……わたしも、だいすきだよ」
『ありがとう』

最期に聞こえたのは、アイドルになることを夢見た少年の美しい感謝の言葉の声だった。