後一カ月と告げられた。そう告げられてもそうか、としか思えなかった。特に体調は悪くないし、前と変わったところはない。私は病気ではないのだ。なら、何なのか。もちろん、後一カ月というのは寿命だ。物心がついた時から、ずっと分かっていた。私は、普通の人間ではない。少し、いやだいぶ変わった力を生まれながらにして持っていた。その力、とは自由に雪を降らせることが出来る、というものだった。遺伝とかではない。私だけが、その力を持っていた。
初めてその力を知ったのは、小学校に入る前の冬の日だった。その年の冬は、例年に比べて暖かかったのだ。私は、一度もホワイトクリスマスを体験していなくて今年こそは、ホワイトクリスマスになって欲しいな、と思っていた。だけど、クリスマス当日やはり雪は降らなかった。それでも諦め切れなくて夜、べランダに出て空を見上げた。そうして願ったのだ。
雪を見させて、と。ホワイトクリスマスがいいの、と。
そうしてしばらくするとぽつ、と何かが頬にあたった。それからぽつ、ぽつ、とそれは降り続けた。何が起こったのかよくわからなかった。雪なんて降りそうにない寒さなのに、気がついたら降り始めていたのだ。雪を見たい、と強く願ってから振り始めたのは、私の想いが神様に通じたのだろう。早くこの奇跡を伝えたくて、両親のところへと走った。
「お母さん、お父さん! 外、雪降ってるよ! ホワイトクリスマスになったよ!」
私のその言葉に今日、雪の予報だっただろうか……というように二人は不思議そうに窓の外を見た。私も窓の外を見た。だけど、そこに雪は降っていなかった。
「降っていないじゃない。夢でも見ていたんじゃないの?」
「夢の中で見られたのならよかったな」
「違うよ! 雪が降って欲しいって、願ったら降ってきたんだよ!」
両親は変なものを見るような目で、私を見た。初めて見る両親のその表情に心臓は、ずきんと痛んだ。そこにいたくなくて、自分の部屋へと走って戻った。
部屋に戻ってから、わけがわからずに泣いた。ついさっきまで、嬉しい気持ちで一杯だったはずなのにどうして。だけど、幼いながらに、なんとなく自分は他の人とは違うものを持っているのかもしれない、と少し思い始めていた。
次の日、図書館に行って色んな本を読み漁った。そして、もしかしてと思うものを見つけた。現実的ではないけれど、物語の中で特殊な能力を持った人々が活躍するお話を読んだ。未来を見る力がある人、空を飛べる人、怪我を治せる人、などなど。その人たちもやはりその力を使いたい、と願うと使えたという人ばかりだった。そうして思ったのだ。こないだ起きた現象は私の特殊能力なのではないか、と。両親には見えていなかった。私が違うことを考えれば、雪は消えてしまっていた。それが証拠だ。信じられないけれど、そう思うしかなかった。それ以外の考えは、思いつかなかったのだ。変な力を持ってしまったものだ。どうせなら未来を見られる力とかが欲しかったなぁ、なんて思う。雪を降らせられる力、なんてなんの役にも立たなさそうだ。
大して良い力でもないのに、この力は使う度に寿命が縮んでいくというデメリットを持っていたことを私は後から知った。
その減り方は不規則で気づいた時には、残り一カ月となってしまっていたのだ。変な力だ、と思いつつも使ってしまっていたということ。子どもの私にとっては、特殊能力がある自分がすごいと思ったのだろう。たくさんの人に、この力を見て欲しくて学校で雪を降らせてみたりした。小学生の頃にそうやって遊んでいたら、もちろん気味悪がられて、中学生になる頃には友達は一人もいなかった。面白がる人はいたけれど、力を使うのをやめられなかった。いじめられたりしたら、雪を降らせて寒い思いをさせた。たくさん雪で、いじめ返した。そんな私を先生たちも気味悪がって、両親が学校に呼ばれたりもした。両親は、先生たちが何を言っているのかよくわからない、という顔をしていたけれど私がいけないことをしている、というのは感じたらしい。私はどうして、いじめられたらいじめ返すのが駄目なのかがわからなかった。そうしていくうちに両親との関係も悪くなっていって、高校生になる頃には、すっかり私の心は荒んでいた。
高校生の中盤頃に、異変が起きた。高校に行っても結局いじめられていて、その日も仕返しに、と思って力を使おうとしたのだ。場所はトイレだった。よくある上から水をかけられる、といういじめだ。水よりももっと冷たい雪で、仕返しをしてやろうと思ったのに。力を使おうとしても使えなくて、苦しくなったのだ。苦しくて、私は叫んだ。だけど誰も助けてなんてくれなくて、トイレの中で一人蹲っていた。吐ける場所が目の前にあるのに、吐くこともできなくて。こんなのは初めてでどうしたらいいのか、わからなかった。しばらくじっとしていたら、その場は治まってくれたけれど、怖くて誰かに相談したかった。病気ではないから、病院に行っても仕方がない。
両親に正直に話してみたら心当たりがあると教えてくれた。父親の知人に、極稀に生まれる特殊な能力を持った人の相談に乗って研究をしている人がいたのだ。そうして、この力にデメリットがある事実を知った。わけがわからずに泣いた。今まで、いったいどれだけの人生を無駄にしてきたのだろう、と。悲しくて、悔しくて、もういっそ今すぐ死んでしまいたかった。もうこの先、生きていたって何をしていたって空しくなるだけだ。どうでもいいことに力を使って、そうして命を削っていた。最初からそうだと知っていれば、こんな使い方しなかったのに、と。今更思っても仕方がないし、どうしようもないけれど。
だから、高校生の私は決めたのだ。もうこの先、絶対に力を使うのをやめよう、と。普通の人間として生きて行こう、と。
大学は私を誰も知らない場所に行って過ごした。その生活は、今まで生きてきた人生の中で一番楽しくて、幸せだった。自分に変な力があるのを忘れられた。友達もできたし、彼氏もできた。
なのに、私はまた使ってしまったのだ。風邪をひいた時に訪れた病院で、一度だけでいいから雪を見たい、と泣いている小さな子どもを見てしまった。どうやらその子は、生まれた時から目が見えないそうだ。私は何を思ったのか、その子に近づき声をかけていた。
「お姉ちゃんが雪、見させてあげようか?」
「え? でも、僕、目が見えないから……」
「大丈夫だよ。目が見えなくても見える雪だから」
自分でも何を言っているのだろうと思う。だけど、本当なのだ。この不思議な力は、どんなところでも、どんな人にでも雪を見させることができるのだ。私が願えば、そこには雪が降る。理由はわからない。どこまでも不思議な力だ。男の子は、不思議そうな顔をしている。私は、そんな男の子の頭を優しく撫でて、目を瞑った。
どうかこの子に雪を
そう強く願った。どのくらい時間が経ったのだろうか。ふわり、と冷たいものが頬に触れた。雪が降ってきたのだ。私と男の子の二人だけの周りに。もちろん、周りにいる人には見えていない。
「雪、見えるでしょう?」
「うん……っ! これが冬になるとふるって言われている冷たくて、でもきれいなものなんだね。みんなが言っていたとおりだ!」
男の子は、嬉しそうにそう言った。その笑顔を見て、私の心は揺れた。もう、絶対に力を使わない、と決めたはずなのに。だけどもし、この子のように雪を見たくても見られない人々が、この世界に存在するのなら、この力を使ってもいいかもしれない、と思ってしまったのだ。今まで良いことに力を使わなかった。この力を見て喜んでくれるものは、いなかった。
「ありがとう……」
「何で、お姉ちゃんがありがとうを言うの? ありがとうは僕のほうだよ!」
その子の『ありがとう』が嬉しくて、暖かくて、命が尽きる残り一ヶ月前に、私は生きる理由を見つけてしまったのだ。あぁ、どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろうか。
「あなたのおかげで私の心はあったかくなったの。だから、ありがとう」
「おねえちゃんかなしいことがあったの?」
「うん、でももう大丈夫だよ」
「そっか! よかった。僕も今、とってもうれしいからほんとうにありがとう、おねえちゃん。あ、ママがきたみたいだからいくね! バイバイ!」
その子は元気よく手を振って、母親の元へと走っていった。どうやら足音だけで、誰の足音なのかわかってしまうようだ。どこかが悪くなると、どこかひとつの力が強くなるというのを聞いたことがあるけれど、本当のことなのだなと知った。
病院で出会った目の見えない男の子の『ありがとう』という嬉しそうな声のおかげで、私は目標を見つけた。
初めてその力を知ったのは、小学校に入る前の冬の日だった。その年の冬は、例年に比べて暖かかったのだ。私は、一度もホワイトクリスマスを体験していなくて今年こそは、ホワイトクリスマスになって欲しいな、と思っていた。だけど、クリスマス当日やはり雪は降らなかった。それでも諦め切れなくて夜、べランダに出て空を見上げた。そうして願ったのだ。
雪を見させて、と。ホワイトクリスマスがいいの、と。
そうしてしばらくするとぽつ、と何かが頬にあたった。それからぽつ、ぽつ、とそれは降り続けた。何が起こったのかよくわからなかった。雪なんて降りそうにない寒さなのに、気がついたら降り始めていたのだ。雪を見たい、と強く願ってから振り始めたのは、私の想いが神様に通じたのだろう。早くこの奇跡を伝えたくて、両親のところへと走った。
「お母さん、お父さん! 外、雪降ってるよ! ホワイトクリスマスになったよ!」
私のその言葉に今日、雪の予報だっただろうか……というように二人は不思議そうに窓の外を見た。私も窓の外を見た。だけど、そこに雪は降っていなかった。
「降っていないじゃない。夢でも見ていたんじゃないの?」
「夢の中で見られたのならよかったな」
「違うよ! 雪が降って欲しいって、願ったら降ってきたんだよ!」
両親は変なものを見るような目で、私を見た。初めて見る両親のその表情に心臓は、ずきんと痛んだ。そこにいたくなくて、自分の部屋へと走って戻った。
部屋に戻ってから、わけがわからずに泣いた。ついさっきまで、嬉しい気持ちで一杯だったはずなのにどうして。だけど、幼いながらに、なんとなく自分は他の人とは違うものを持っているのかもしれない、と少し思い始めていた。
次の日、図書館に行って色んな本を読み漁った。そして、もしかしてと思うものを見つけた。現実的ではないけれど、物語の中で特殊な能力を持った人々が活躍するお話を読んだ。未来を見る力がある人、空を飛べる人、怪我を治せる人、などなど。その人たちもやはりその力を使いたい、と願うと使えたという人ばかりだった。そうして思ったのだ。こないだ起きた現象は私の特殊能力なのではないか、と。両親には見えていなかった。私が違うことを考えれば、雪は消えてしまっていた。それが証拠だ。信じられないけれど、そう思うしかなかった。それ以外の考えは、思いつかなかったのだ。変な力を持ってしまったものだ。どうせなら未来を見られる力とかが欲しかったなぁ、なんて思う。雪を降らせられる力、なんてなんの役にも立たなさそうだ。
大して良い力でもないのに、この力は使う度に寿命が縮んでいくというデメリットを持っていたことを私は後から知った。
その減り方は不規則で気づいた時には、残り一カ月となってしまっていたのだ。変な力だ、と思いつつも使ってしまっていたということ。子どもの私にとっては、特殊能力がある自分がすごいと思ったのだろう。たくさんの人に、この力を見て欲しくて学校で雪を降らせてみたりした。小学生の頃にそうやって遊んでいたら、もちろん気味悪がられて、中学生になる頃には友達は一人もいなかった。面白がる人はいたけれど、力を使うのをやめられなかった。いじめられたりしたら、雪を降らせて寒い思いをさせた。たくさん雪で、いじめ返した。そんな私を先生たちも気味悪がって、両親が学校に呼ばれたりもした。両親は、先生たちが何を言っているのかよくわからない、という顔をしていたけれど私がいけないことをしている、というのは感じたらしい。私はどうして、いじめられたらいじめ返すのが駄目なのかがわからなかった。そうしていくうちに両親との関係も悪くなっていって、高校生になる頃には、すっかり私の心は荒んでいた。
高校生の中盤頃に、異変が起きた。高校に行っても結局いじめられていて、その日も仕返しに、と思って力を使おうとしたのだ。場所はトイレだった。よくある上から水をかけられる、といういじめだ。水よりももっと冷たい雪で、仕返しをしてやろうと思ったのに。力を使おうとしても使えなくて、苦しくなったのだ。苦しくて、私は叫んだ。だけど誰も助けてなんてくれなくて、トイレの中で一人蹲っていた。吐ける場所が目の前にあるのに、吐くこともできなくて。こんなのは初めてでどうしたらいいのか、わからなかった。しばらくじっとしていたら、その場は治まってくれたけれど、怖くて誰かに相談したかった。病気ではないから、病院に行っても仕方がない。
両親に正直に話してみたら心当たりがあると教えてくれた。父親の知人に、極稀に生まれる特殊な能力を持った人の相談に乗って研究をしている人がいたのだ。そうして、この力にデメリットがある事実を知った。わけがわからずに泣いた。今まで、いったいどれだけの人生を無駄にしてきたのだろう、と。悲しくて、悔しくて、もういっそ今すぐ死んでしまいたかった。もうこの先、生きていたって何をしていたって空しくなるだけだ。どうでもいいことに力を使って、そうして命を削っていた。最初からそうだと知っていれば、こんな使い方しなかったのに、と。今更思っても仕方がないし、どうしようもないけれど。
だから、高校生の私は決めたのだ。もうこの先、絶対に力を使うのをやめよう、と。普通の人間として生きて行こう、と。
大学は私を誰も知らない場所に行って過ごした。その生活は、今まで生きてきた人生の中で一番楽しくて、幸せだった。自分に変な力があるのを忘れられた。友達もできたし、彼氏もできた。
なのに、私はまた使ってしまったのだ。風邪をひいた時に訪れた病院で、一度だけでいいから雪を見たい、と泣いている小さな子どもを見てしまった。どうやらその子は、生まれた時から目が見えないそうだ。私は何を思ったのか、その子に近づき声をかけていた。
「お姉ちゃんが雪、見させてあげようか?」
「え? でも、僕、目が見えないから……」
「大丈夫だよ。目が見えなくても見える雪だから」
自分でも何を言っているのだろうと思う。だけど、本当なのだ。この不思議な力は、どんなところでも、どんな人にでも雪を見させることができるのだ。私が願えば、そこには雪が降る。理由はわからない。どこまでも不思議な力だ。男の子は、不思議そうな顔をしている。私は、そんな男の子の頭を優しく撫でて、目を瞑った。
どうかこの子に雪を
そう強く願った。どのくらい時間が経ったのだろうか。ふわり、と冷たいものが頬に触れた。雪が降ってきたのだ。私と男の子の二人だけの周りに。もちろん、周りにいる人には見えていない。
「雪、見えるでしょう?」
「うん……っ! これが冬になるとふるって言われている冷たくて、でもきれいなものなんだね。みんなが言っていたとおりだ!」
男の子は、嬉しそうにそう言った。その笑顔を見て、私の心は揺れた。もう、絶対に力を使わない、と決めたはずなのに。だけどもし、この子のように雪を見たくても見られない人々が、この世界に存在するのなら、この力を使ってもいいかもしれない、と思ってしまったのだ。今まで良いことに力を使わなかった。この力を見て喜んでくれるものは、いなかった。
「ありがとう……」
「何で、お姉ちゃんがありがとうを言うの? ありがとうは僕のほうだよ!」
その子の『ありがとう』が嬉しくて、暖かくて、命が尽きる残り一ヶ月前に、私は生きる理由を見つけてしまったのだ。あぁ、どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろうか。
「あなたのおかげで私の心はあったかくなったの。だから、ありがとう」
「おねえちゃんかなしいことがあったの?」
「うん、でももう大丈夫だよ」
「そっか! よかった。僕も今、とってもうれしいからほんとうにありがとう、おねえちゃん。あ、ママがきたみたいだからいくね! バイバイ!」
その子は元気よく手を振って、母親の元へと走っていった。どうやら足音だけで、誰の足音なのかわかってしまうようだ。どこかが悪くなると、どこかひとつの力が強くなるというのを聞いたことがあるけれど、本当のことなのだなと知った。
病院で出会った目の見えない男の子の『ありがとう』という嬉しそうな声のおかげで、私は目標を見つけた。