――2011年1月1日(土曜日)。

「千家様、新年明けましておめでとうございます」
『おめでとうございます!』

 三つ指立てた猿渡夢夢の号令で、総勢50名の一族が僕に新年の挨拶を行う。

「う、うん。明けましておめでとう。今年もよろしくね……」

 あれよあれよと言ううちに上座に座らせられ、殿様気分を味わい、足がすくむ。

「迫力がすごいな……」
「さっ!千家様!お注ぎいたします!ささっ!」
「いや!さすがにお酒は――!」
「《《おとそ》》です、さぁどうぞどうぞ!」
「……は、はぁ。ぐび――」
『カシャ!』

 ――30分後。案の定、気分が悪くなり部屋で横になる。

「う、気分悪い……」
「情けないのぉ。わしでも2杯はいけるぞ?」
「僕とたいして変わらないじゃないか」
「ねぇさまの方がすごいに決まってるわ!ちょろいも千家!」
「黒子、ちょろいもって何だよ……え?黒子?有珠?いつの間に」
「端っからおったではないか。貴様が上座で鼻の下を伸ばしてる写真を撮っておったのじゃ。ほれ」

 有珠が携帯の画面を僕に向ける。顔が真っ赤で焦点が合っていない僕の写真をなぜか待受画面にしている有珠。

「何で待受なんだよ……」
「魔除けじゃ」
「なんでやねん」
「ねぇさまにツッコミなんて100年ちょっと早いわ!覚悟しなさい!千家!」
「よいよい、黒子。こやつはアレなのじゃ」
「ねぇさま!千家はアレなのですか……かわいそう……」
「アレって何だよ!気になる!――うぅ、大声出したら気分悪い……」

 トイレに行き部屋に帰ってくると、夢夢も来ていた。なぜかドブロクを片手に持っているが触れないでおこう。

「有珠様、黒子様、おかえりなさいませ」
「うむ。こっちは相変わらずの様じゃな」
「はっ!特に問題なく進んでおります」
「はぁ、少し楽になった。それで、白子の居場所はわかったのか?」
「あぁ、黒子よ。説明せい」
「はい!ねぇさま!」

有珠の指示で、黒子が地図を広げる。

「このかみのこはる神社を始点とし、出雲大社、伊勢神宮、石上神宮を周り、すべての術式を解除したのよ。これで全国で災害が同時に降りかかる事は無くなったわ。だけど……」
「だけど?」
「そのひずみは余りに大きいわ。3ヶ月後に迫る災害は以前の比では無いかもしれない」
「ちょっと待ってくれ!3ヶ月後?そんな大きな災害が来るのか……?思い出せない……!」
「そうじゃろうな。貴様の記憶はすでにリセットされておる。もう未来の記憶はほとんど残って無かろうて。ただしここから先は貴様にも何が起こるかだけは説明しておく。信じるかどうかは貴様次第じゃ」
「信じるかどうか……?それはそうか。3ヶ月後に災害が起こると言っても誰も信じてくれない……僕は有珠や黒子の存在を知っているから、信じられるけど普通は世迷い言と言われてもおかしくないのか……」
「そう言う事じゃ。わしらにはそれを止める手立てはない。その災害が起き、未来と違う結果が起きた場合に修正するだけに過ぎぬ」

 しばらく、思考が止まる。結局は聞いても何も出来ないのか?災害は起こるべくして起き、それが自然と言われればそれ以上の言葉はない。それに逆らう事など到底出来やしない。ただ、僕に出来るのは――

「僕に出来ることを教えてくれ」
「うむ、覚悟をしろよ。貴様は歴史を少なからず変えてしまった。その代償が緑子の死じゃ。わしら修復者(リストーラル)に関わるという事は、究極の選択を迫られる事になるじゃろう……」
「究極の選択……」
「黒子、『生還の念珠』を」
「はいっ!ねぇさま!」

黒子が黒い念珠を僕に渡してくれた。

「それを手首に付けておくと良い。災いから身を守ってくれるじゃろう」
「念珠に書いてあるこの文字は?」
「神はかみのこはる神社、出は出雲大社、伊は伊勢神宮、石は石上神宮じゃ」
「なるほど。ご利益がありそうだ」
「それと出雲大社でわかったのじゃが、貴様はやはり鍵持者(キーホルダー)じゃった。そして南小夜子が時追者(トラベラー)なのじゃ」
「え?え?今……小夜子がどうとかって……」
「詳しくは後で猿渡に話しておく。貴様の出来ること、それは南小夜子を死なせぬ事じゃ」
「……小夜子を死なせない?と言うことは死ぬ未来がまだあるのか……」
「鋭いの、その通りじゃ。貴様は命がけで南小夜子を助けねばならぬ。それが後々この世界の人々を助ける事になるであろう」
「何だかわかったようなわからないような……。だけど僕に出来る事ならばそうするよ」
「そうじゃな。わしらはこれから白子を見つけて、正さねばならん。あやつは緑子を手にかけてから自我を忘れておる。猿渡よ、千家を命に代えても守るのじゃ」
「はい、有珠様。この命、千家様の為に使います」
「うむ。良き働きじゃ」
「おいおい、僕の為に死ぬとかはやめてくれ。後味が悪いじゃないか」
「千家よ。いや、春彦よ。この世界を正す為には少なからず犠牲がある。しかし、その小さな波紋が大きな波紋となり、世界はまた正しい時間軸で動き出す。貴様はその役目を全うせねばならぬ」

有珠が神妙な面持ちで、頭を深く下げ土下座をする。

「お、おい!有珠!頭を上げてくれ!」
「千家春彦よ。よろしゅうおたのもうします」
「おたのもうしますわ」
「もうしますでござるよ」

黒子も夢夢も、有珠に合わせて頭を下げる。

「皆、やめてくれよ。僕がもう死ぬみたいな……ほら!頭を上げて――」
「……さて。飯を食うか」
「おいっ!切り替え早いな!!」
「何じゃ貴様。女子が頭を下げるのに興奮するタイプかえ?」
「ねぇさま!こいつは変態ですわ!今、やらしい目でねぇさまを見ていました!」
「千家様……私に手を出し、有珠様にまで手を出されるとは……情けないでござる」
「ちょっと待てい!!」

 ――そんな事を言いつつも昼過ぎには酔いも冷め、遅ればせながらも皆で初詣へと向かう。
 屋敷からほど近い白蛇神社にはたくさんの屋台が並び、大勢の人で溢れかえっていた。

「有珠!黒子!迷子になるぞ!僕の側を――!」
「黒子!行くぞ!まずはイカ焼きじゃろ!たこ焼きじゃろ!それからイカ焼きじゃ!」
「はい!ねぇさま!」
「て……もう!有珠!先に行くなっ!」

すぐに有珠と黒子は人混みへと消えていく。

「千家様、追いかけますか?」
「いや……そのうちどこかの屋台にいるだろう。お参りを先に済ませよう」

 のろのろと人並みに流され、ゆっくりと本殿へと向かう。屋台の列と参拝客でごった返し、なかなか進まない。さらに本殿前の石段まで来るとそこからはいよいよ動かない。

「千家様、混んでるでござる。いっそ全員叩き斬って……」
「おいおい、夢夢。それはやめとけ」
「おや?あそこの列……車椅子?千家様、もしや西奈様では?」
「そんな理由はないだろう。この人混みの中、来れるわ……真弓!?」

 右側2列隣に見える車椅子に真弓が座っている。車椅子を支えているのは美緒だった。

「え?春彦君?」
「真弓!美緒!今、そっちに行く!ちょ、ちょっとすいません!通ります!」
「おい!にいちゃん!割り込むなよ!」
「すいません!すいません!」

人混みを押しのけ、並んでた列を右方向に向かう。

「ふぅ!人混みやばいな……」
「春彦君!」

真弓がパッと笑顔になる。

「美緒、車椅子で石段は上がれないだろう?」
「そうなのよ、今、誘導員さんが人連れてくるって」
「真弓、おぶってやるから乗りな。夢夢、車椅子を運んでくれ」
「承知しました」
「え!ちょ!春彦君!恥ずかしいよ!」
「いいから、いいから。この人混みに車椅子でいたら危ないよ」
「う……うん」

そう言うと、真弓は僕の背中に寄りかかる。

「立つよ、せぇの……!」
「ひゃっ!」

 正直、重い。そんな事は口が裂けても言えない。僕の筋力不足なのだ。真弓が重いわけではない。ここは踏ん張ってでも……と、足がぷるぷるするのがわかる。

「千家様……」

 夢夢が片手で車椅子を持ち、空いてる片手で真弓のお尻を持ち上げる。

「ひゃっ!」
「西奈様、すみません。後ろにひっくり返ると危ないので支えさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」

 夢夢が後ろから持ち上げてくれたおかげで幾分、軽く感じる。一歩一歩階段を上る。

「ふぅふぅふぅ……」
「春彦、もうヤバそうじゃん……大丈夫なの?」

美緒が先頭に立ち、道を確保してくれる。

「だ、大丈夫……このくらい……ふぅふぅふぅ……」

情けない、体を鍛えておくべきだった。

「もう少しです、千家様」
「あぁ……ふぅふぅふぅ……」

何とか階段を上りきり、車椅子に真弓を預ける。

「ぷはぁ……はぁはぁはぁ……よ、余裕だっただろ?」
「ぷっ!春彦、それは無理がある!あははは!」
「ちょっと!美緒!春彦君頑張ったんだから、笑わないの!」
「ごめんごめん!つい!」
「もう!」
「千家様、お手を――」
「あぁ、夢夢ありがとう」
「きゅん」
「ん?夢夢、どうかしたか」
「何でも御座いません」

 本殿にたどり着きお参りを済ませ、おみくじを引く。僕は案の定『末吉』。真弓が大吉、美緒と夢夢が吉だった。

「真弓は帰りはどうするんだ?」
「17時に母さんが迎えに来てくれる予定なの」
「17時?まだ2時間近くあるぞ?」
「ふふ、春彦君知らないの?」
「これは知らないな、春彦。ちゃんと調べて来いよぉ」
「え?美緒も知ってるのか?何?」
「春彦君、今日はここの駐車場で16時から『Akane』のソロライブがあるのよ?何でも地元感謝ツアーとかで回ってるらしいの!」
「まじかっ!!」
「ふふ、春彦君もAkaneちゃん好きなんだ!」
「あぁ、大ファンだ」

 ――Akane、2010年の夏にデビューしたシンガソングライター。そう言えば地元が隣町だったか。僕達はライブ会場の駐車場へと向かった。