体調の悪い日があってギターの練習はすんなりとはいかなかったが、それでも少しずつ練習を重ね、徐々にギターを弾き語りをする感覚が蘇ってきた。
 市民文化祭で僕に割り当てられたステージの持ち時間は8分だ。唄えても2曲となる。

 どの曲を唄うか吟味した結果、ジョン・レノンの『ウーマン』と『イマジン』に決定した。『ウーマン』は、僕に献身的に尽くしてくれる母さんに感謝の気持ちを込めて選曲した。女の子に感謝する詩とメロディーが美しくて僕は好きだ。
 そして『イマジン』を選曲した理由はウクライナの戦争が痛々しいからだ。僕のような社会的弱者だからこそ、平和を訴えかける必要性を感じる。

 唄い続けるにつれ、声が出るようになってきた。
 ギターを弾く度、健康だった頃の追憶が僕を苦しめはしたが、僕は負けない。
 ステージに立つことでかわいそうだと一方的に同情され、さらし者になったとしても僕は構わない。家族だけは、きっと僕のこういう生き方を評価してくれるから。それだけで十分じゃないか。

 市民文化祭の前日、人工透析の処置室に入ると多田さんが先に人工透析を始めていた。わざわざ僕は多田さんの隣のベッドに横たわる。僕は多田さんと何回か会ううちにすっかり打ち解け、仲のいい友だちになっていた。

「あの、体は大丈夫ですか?」
 まだそれだけしか僕は話しかけていないのに、多田さんはくすくすと笑っている。そして僕はまた顔が赤くなる。

「同じ症状でここに通院しているのに、自分よりも私を心配するなんて、克成くんは優しいね」
「そう、ですか?」
 また多田さんは笑う。僕は精神的な障害も影響して、まだ笑うことができない。
 奥で人工透析をしている顔馴染の患者は、いつも通り伏せ目がちにしていた。
 この暗い現場で笑うのは、多田さんだけだ。

「あの、よかったら明日って時間あります?」
 緊張するが、男ならば人生の中でどうしても勝負をしなければいけない時が何度かある、かな? 経験が少ないからはっきり言えないけど、あると思う、多分。

「何? デートに誘ってくれるの?」
 多田さんは大人だから、うまく茶化す。だが僕はひるんではいられない。

「明日僕、地元の北勢市民会館で開かれる市民文化祭でステージ発表をするんです。もしよかったら、来ていただけたら、なんて……」
「何をするの?」
「それは来るまで秘密です」
 また多田さんが笑った。僕もこんな顔をして自然と笑えたらいいな、と思った。

「何時から?」
「予定は午後1時15分頃。たった8分間の戦いです」
「じゃあ、体の具合が良くて車の運転ができそうだったら行くわ」
 勝負あった。僕は見事に多田さんを誘うのに成功した。ただ、体調がいい、という条件付きではあるが。

 人工透析をしていると、体調まで配慮して予定を立てなければいけないから不便だ。でも同じ苦しみを味わっている多田さんが見守っていてくれるなら、ステージで僕は無敵のヒーローになれるような気がする。
 僕はステージに上がる自分の体よりも、多田さんの体が良好であることを願った。