雨に降られた図書館は、あの素敵な友だちとの待ち合わせ場所になった。知らない学校に通う特別な友だちとの、放課後の待ち合わせ場所。わたしはもみじの描かれた傘をさして、友だちはくまのキャラクターの描かれた傘をさして、市立図書館(待ち合わせ場所)に向かう。
 傘の雨粒を払ってエントランスに入ると、休憩スペースに友だちがいた。濃紺色のマットで靴底の水気をとりながら、懐っこく、でもどこかぎこちなく手を振る友だちに手を振り返す。たぶん、おなじようにぎこちなく。
 一枚板の長椅子に座ると、友だちはメモ帳とシャープペンシルを取りだして、「どんな学校に通ってるの?」といった。メモ帳もシャープペンシルも、わたしのほうにはこない。それは使わないの、と訊くことは、しばらく迷って、結局しなかった。あまりいいことではないように思えた。
 普通の、とまずいいそうになって、声を飲みこんだ。言葉は簡単にひとを傷つける。本のなかのひとたちは、何気ないひと言をきっかけに、強い強い絆にひびを入れていた。その様子をページの外から見るたびに、言葉の恐ろしさを思い出した。
 「県立高校」友だちが聞き返すような顔をしたから、もう少しはっきりと「県立高校」と答えた。口もはっきり動かすように意識してみた。
 「楽しい?」
 「あんまり。放課後、ここにくるほうが……」照れくさくて、声も口の動きも言葉がつづくごとにちいさくなった。
 「わたしも学校は好きじゃない。自分が普通じゃないって、思い知らされる」
 しばらく、両開きのドアの向こうから雨音が聞こえてくるばかりの時間が流れた。目の前の友だちには、この沈黙はどんなふうに聞こえているんだろう。
 「学校で、」とわたしはいってみた。「学校で、友だちは?」
 「ううん」と友だちは首を振った。「たぶんおなじ」といって、わたしと自身とを指で示した。「知ってる? 普通、友だちになるために、友だちになってくださいっていわないんだって。なにか、本でそんなせりふを読んだことがある」
 わたしはちいさく笑った。たしかに、わたしたちはおなじかもしれない。知識はほとんど、本から得ている。
 「好きな授業は?」と友だちがいう。「国語と歴史」と答える。少し考えこんで、友だちが申し訳なさそうにメモ帳とシャープペンシルを差しだしてきた。わたしはそれを受けとって、開かれたメモ帳に『国語と歴史』と書いて差しだした。
 「科目は?」
 「全部。古文も現文も漢文も好き。歴史も、日本史も世界史も好き」わたしは友だちに指の先を向けた。「そっちは?」
 「わたしは、勉強は嫌い。小説を読むのも、授業になると楽しくない」
 友だちが話を振ってくれるままに、しばらくお互いの学校の話をした。好きな先生のこと、嫌いな先生のこと、お昼ごはんはお弁当を持っていっているのか学食や売店を使っているのか。嫌いな先生のことについて話せば、そういう先生ってどこにでもいるんだね、というところに着地した。
 「ちょっと飲みもの買ってくる」と友だちが席を立った。友だちが白い自動販売機で買ったのは炭酸飲料だった。わたしは炭酸が苦手だけれど、それをちょっとした話にすることはできなかった。